なぜ #あの夏に乾杯 は私たちの心をとらえたのか

8月が終わり、投稿コンテスト『#あの夏に乾杯』の応募が締め切られた。応募数4111件。エンドレスで秀作が公開される、本当に愉しいコンテストだった。私の観測範囲内だけでも、めちゃくちゃ盛り上がっていたと思う。

なぜ、#あの夏に乾杯 は盛り上がったのか?

・そもそも夏はエモい
・ビールで乾杯はエモい
・いま夏だから書きやすい、思い出しやすい
・夏休みは時間があって書きやすい etc…

そんな「お題自体のとっつきやすさ」がありつつ、今回のキモはコンテスト運営の妙味にあるように思う。

キリン公式アカウントによる、4回の『投稿作品ピックアップ』

このピックアップが応募者の創作欲と競争心を刺激しつつ、応募作品の多様性とクオリティを底上げしたのではないか。

この記事では、ピックアップ記事で紹介された作品を中心に完全なる独断と偏見で選んだ推し作品を紹介しつつ、時系列を追ってコンテストの経過を振り返ってみたい。(謎の立場…(一般ユーザーです))

序盤:多様な「お題」の解釈

7/8に始まったコンテスト。第1回目の「投稿ピックアップ」は8/2で、この時点で既に1000件集まっている。

ここで『予想していなかった角度からの投稿が多く、毎日デスクの前で唸っております。』と書かれている通り、この初期ピックアップ5本がお題の解釈の多様性を示しつつ、「普通にこのくらいの水準のやつがもう来ているのでみなさんがんばって」というメッセージにもなっていた。

そもそものお題は設定は、かなり自由だ。note公式のお題記事より:

学生時代の夏に地元で聞いた懐かしの “あの音楽” 、夏フェスでみんなで飲んだ “あのビール” 、旅行先で偶然見つけた “あの景色” ……など、みなさんの “あの夏” にまつわるエピソードを、文章やイラスト、マンガなどで、noteで自由に投稿してください。

しかし、自由なほど裾野は広がるが、実はある程度の縛りがあったほうが書きやすい。よね?

そこに、初期のピックアップ作品がいくつかの視点を提示してくれていたと思う。例えば、まつしまようこさんの『ほんとうの敵と戦う1分間。』

夏の王道、部活モチーフ。ガチの陸上部、400m走。10代のストーリーであるこの作品に、必然的にアルコールは登場しない。でも、このディープで爽やかな作品を読んで、スポーツに捧げた夏に思いを馳せながらの乾杯は、めちゃ美味しくなりそうだ。

直接的に乾杯を描かなくてもめっちゃいい作品は評価されるというのが一つのヒントになる。「アルコール縛り」では書ける話の幅がどうしても狭くなってしまうが、そうじゃない可能性が提示されたと思う。

同じく、ちゃこさんの『【「時間が解決する」という綺麗事によって、世界は何度でも再生する】 』も乾杯要素がないけど、これは冒頭の描写がめちゃくちゃ綺麗。雨の夜と対比させることで際立つ、暑い夏。「蒸した」「汗」「うちわ」「日の光」そして、失恋の涙。


これら序盤の作品が、「乾杯」=お酒のエピソードという切り口にとらわれず、個人個人が持っている多様な「忘れられない夏」のモチーフ——部活、お祭り、花火、初恋、失恋、友情、育児……といった広い可能性の中に、無限の書くヒントがあることを認識させてくれたと思う。

中盤1:「対比」と「融合」の視点

2回目のピックアップ投稿は8/9。この時点で応募件数は2000件に届く勢い。

この頃、3つの「お手本作品」が公開されている。

この「お手本」のクオリティのはんぱなさ。改めて読み返すと、浅生鴨さんの《音楽/表現/夢という青春モチーフ×ビールの「苦み」》、りょかちさんの《夏休みの帰省・旅の切り口×失恋の「苦み」》、どちらもディープで複雑な味わいがあり、「参考作品」としての機能性も高いと思う。

そしてスイスイさんの『わたしが滅亡しかけた夏夜』

この作品のスゴいところについては既に「スイスイさんの圧倒的な筆圧はどこから来るのか」という記事を書いた。

2つの「共感ポイント」が、ヒントとして提示されたと思う。

①過去(かつての青春)と現在(大人でこその幸福)のビビッドな《対比》
⇒思い出のストーリーを描きつつ、今、前を向く力になる作品は強い。

②フィクション(小説)とノンフィクション(エッセイ)の《融合》
⇒実体験を踏まえたリアリティのある小説は読まれる。100%エッセイではなく少し虚構を混ぜることで書きやすく、面白くなる(何%が実話なのかは読み手にはわからない(「小説と実話の境目って融けていないか」という記事にも書いた)


《過去と現在の対比》という点は、2回目のピックアップに入っている、ありのすさんの『夏生まれに贈る、全力ビール』では既に鮮やかに描かれていた。新婚夫婦のストレートな愛情と、料理に熟達した子育て家族のバランス感覚。BBQ、焼肉、ビール、ゴーヤチャンプルー、枝豆、ビール。料理という乾杯の引き立て役の美味しそう具合は、「瞬殺飯」ありのすさんの本領発揮だ。エッセイでここまで爽やかに書き切れることに感服。

子育て中のいつの日も、夏を全力で。
私は彼の誕生日に愛を誓う。

中盤2:「乾杯」のパワーの再発見

3回目のピックアップは8/16。

ここで、宿木雪樹さんの『消えない泡』が登場する。

場面転換の量が多くて、ふだんnoteを読んでいる感覚だと3本分ぐらいのストーリーが詰め込まれた密度だ。仕事、恋愛、結婚。親との関係性、兄弟との関係性、恋人との関係性。特に30代読者にはめちゃくちゃ切実に響く話ではないだろうか。そして内面への掘り下げが深くて痛い。(話の筋としても、失恋話と見せかけて復活ハッピーエンドに着地させたのが見事だと思った。救われる)

この作品を読んで、あらためて乾杯というテーマのもつ力に気づいた。

乾杯は、ひととひとをつなぐ行為であって、乾杯シーンを通じて登場人物の距離を縮めたり、距離の遠さを際立たせたりする効果がある。アルコールは自分の理性と感情、内面と外との境界を曖昧にする道具であり、変化の媒介になる。

乾杯の要素がなくても良い作品はたくさんあるが、乾杯をうまく描くとめちゃくちゃいい作品になる。それが「#あの夏に乾杯」というお題の真価だと感じた。

終盤:統合された作品の美しさ

4回目の投稿ピックアップが8/23。ラスト1週間、締切間際のかけこみ投稿を刺激する最後のリマインドだ。もう本当に、どのピックアップ作品もうまい。

そして、この最後のピックアップが公開される直前に、わたしの本命推しであるサトウカエデさんの『8分間のサマー・トレイン』が公開された。

この作品は公開前に、後半のエピソードが大幅にリライトされている(その経緯はこのnoteに詳しい)。最終的に、実体験がちょろっと混ざった短編小説という形をとりつつ、「いろいろ見えてないからこそ一本気な10代の恋」と「いろいろ見えている中で、今あえて夫と手を繋ぎたくなる気持ち」の対比、カレーを引き立て役にしたIPA(グランドキリンから黄緑の缶が発売中ですw)の存在感、そして主人公「私」から見える事象と心象のディテールが美しく統合されていると思う。終盤の作品はこうでなくっちゃ。


もう一つピックアップ外の推し作品を挙げるなら、「ヨーグルトのある食卓」グランプリ受賞者・奥村まほさんの『あの夏、一緒に焼き鳥を食べた大人たちは、きっとすごい人たちだった。』。ひとりで焼き鳥屋に入る作者の孤独——『でもなぜだろう。満たされなかった。/こんなに美味しいのに。願いが叶ったのに。』で終わるビターな展開……と見せかけて、後半の明るく温かい人々の描写への転換。東京・下町(門前仲町が舞台とのこと)の夏らしい描きかたが、うまい。

さいごに:結果発表を楽しみに

4000件という量の応募があった背景に、「投稿ピックアップ」による継続的コミュニケーションを通じた、お題の解釈の変化という面白さがあったのではないか、というのが、この記事で書きたかったことだ。作品を投稿するクリエイターがどれだけ、先行作品を意識して書いたかはわからないけれど。


この記事で言及した数本の作品は、本当に一部の「もう、良いってわかっている作品」に過ぎない(ラストの2本も平山高敏さんがtwiitterで拾い上げ済み、編集部のおすすめにも入り、スキがたくさんついてる)。だから、いちnoteクリエイターとしては、9月下旬の結果発表を通じて、4000件の中からまだ知らない作品に出会えることを本当に楽しみにしている(この選考の労力たるや。。。。)。

優れたnote仲間たちの入賞を心から祈願しつつ(自分が1本応募した作品のことは完全に記憶から封印している)、結果発表後もそれぞれの受賞作品をじっくり読み込んで、推しポイントを掘り下げてみたいと思う。


実は私も本業でまれにアワード/コンテスト運営をやることがあり、盛り上げるしくみの設計や、継続的な情報発信、応募者とのコミュニケーション、授賞決定プロセス… といった仕事が、色々けっこうしんどいことは少し知っているつもりだ。

(所属先がAWRD.comを運営しているので、実はいろいろなクリエイティブコンテストが発生しているが、自分が関わったアワード企画はいまのところROHM OPEN HACK CHALLENGE 初年度の1本だけ)

だから、何重にも楽しめるnote投稿コンテストを良い感じにハンドリングしてこられたキリンさんチームの仕事には、心からの敬意を表したい。

ありがとうございました。結果発表、本当に楽しみにしています。

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