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【連載小説】#2「クロス×クロス ―cross × clothes―」 倒錯カップル

前回のお話(#1)はこちら

過去に自身が放った暴言を思い出したミーナは、その時一緒にいた元彼に連絡を取ります。が、なんと元彼は女装姿で彼女を待っていたのでした。
「自分を変えたいなら、ミーナも男装してみたら?」 と提案され……。

不思議世界の第2話は以下からどうぞ。


ミーナ

夏休みが終わろうとしている。所属しているソフトボール部の夏の大会は準々決勝で敗れたから、三年の私はそれを機に引退となった。本来ならば部に顔を出す必要もないんだけど、周りの大人たちが、そろそろ受験勉強モードに入れと無言のプレッシャーをかけてくるのがうっとうしくて、元部長だったのをいいことに、時々部活に出てはバットを振ったり投球練習をしたりして今日まで過ごしてきた。そんな折に告白されちゃったから、唯一の逃げ道だった部活にも顔を出しづらくなっている状況だ。

部活動以外の居場所がないのは塁も同じらしく、高校野球の地区予選敗退後は、プロ野球の球場でビールの売り子をして暇を潰してきたらしい。

「相変わらず、友だちいないんだね……」

「そっちもな」

友だちの一人くらいいる、と反論しかけて口をつぐむ。お互いに寂しさを埋め合わせる格好で付き合い始めたのを思い出したからだ。動機がそれだから、喧嘩は日常茶飯事。例の件がなくても、遅かれ早かれ別れていただろう。なのにまたこうして再会し、気づけば彼の兄とその恋人が住むアパートまでやってきている私がいる。なんとも皮肉な話だ。

最寄りのK駅から電車で二十分。Y駅近くにそのアパートはあった。インターフォンを鳴らすとすぐに中から返事がして、塁によく似た顔の男性が姿を現した。

「いらっしゃい。待ってたよ。どうぞー」

塁のお兄さんは私を見ても嫌な顔一つせずに奥へ通してくれた。慣れた様子で先に入る塁の後ろにくっついていく。

まず部屋に入って驚いたのは、大量のねこグッズ。まるでどこかのお店に入ってしまったかのようだ。よくよく見ると、塁のお兄さんの着ているTシャツもねこのイラスト入りだ。

「おい、ミーナ。この程度で目ん玉丸くしてんじゃねえよ」
 圧倒されていると気づいたのだろう、塁に突っ込まれてしまった。

「あ、うん……。聞いていたよりずっと……『ねこ』だったからつい。でも、大丈夫」

「ホントか? あ、かおり姉さん。今日はお世話になりまーす」

私の反応に疑いの目を向けていた塁だが、奥の部屋にいた人に気づいて挨拶をする。塁の肩越しに見ると、小柄な「男性」の姿が見えた。一瞬頭がこんがらがったが、「ああ、この人が例の彼女さんか」と悟る。

「あの……あのときは酷いことを言ってしまってごめんなさい」
 私は、彼女さんとお兄さんに向き直って深々と頭を下げた。怒られるのには慣れっこ。だけど二人はそうしなかった。

「いいんだ、もう。むしろ、あの一言がきっかけで、おれはかおりさんとの距離を縮めることが出来たんだ。感謝してるくらい。だから謝らないで」

お兄さんは「ねー?」と言って、かおりさんの肩にもたれた。男装のかおりさんに寄りそう様は、さながら同性カップルのようだ。

「えーと、お兄さんは……恋愛対象が男性だと聞いてるんですが……。かおりさんはお兄さんの要求に沿おうとしてるってことなんですか? つまり、男になりきろうと?」

私は思いきって尋ねた。かおりさんはクスクスッと笑う。

「話せば長くなるのだけれど。……実は、わたしには兄がいたの。その兄が亡くなる直前にいった言葉が――僕の分まで生きろ、といった言葉が――ずっと頭の片隅に残っていてね。正直、重かったのよ。だけど、あるとき遺品を整理していたら、兄の服に目が留まって、なぜか唐突に『着てみたい』って思ったの」

「えっ、亡くなったお兄さんの服を着たんですか?」

「ええ。そうしたら……これまでずっと重荷に感じていた遺言がスッと受け容れられるようになったのよ。ああ、わたしは兄の分まで生きなくていい。兄と一緒に生きればいいんだと。それ以来、この格好をするようになったというわけ。だから、純さんのためにしているというあなたの予想は、残念ながらはずれね」

「だけど、男装のかおりさんは普段と違う。会ったことはないけど、やっぱりお兄さんのとおるさんなんだろうな、って思う瞬間があるよ」
 塁のお兄さんは何度もうなずいた。

「それって、亡きお兄さんが乗り移ってるんじゃ……」

「それでもいいのよ。そばにいてわたしを守ってくれてる。そんな気がするから」

「そうなんだ……。私とは全然、男装の目的、違ったな……」
 もっと男性のようになりたい願望があるのだとばかり思っていたから、話を聞いて正直戸惑った。自分の持っている動機が不純であるかのようにさえ感じた。

けれども、かおりさんは言う。

「いろいろな人がいるわ。純さんのような人もいるし、わたしみたいな人間もいる。一人として同じ人は存在しないのよ。それにね、男と女の枠にとらわれる必要だってないの。わたしはこれが、兄のしていた格好で、兄を思い出すきっかけになるから着ているに過ぎない。もし、純さんが『おれのために男の格好をして』と言ってきても、わたしは嫌だと言うでしょうね。だってそれは見た目にとらわれていると言うことですもの」

「うん。だって、かおりさんはかおりさんだもん。おれは、もちろん外見も好きだけど、どちらかと言えば内面に惹かれてるわけで、だから男好きのおれでもかおりさんとは一緒にいられるんだと思ってる」

「兄が憑いてるせいかもしれないけれどね」
 二人は、あの世の人を話題に笑い合っている。何がどうなっているんだか……。

「さて、と。わたしたちの話はこれくらいにして……。ミーナさん、だっけ? さっそく着替えてみる?」

おろおろしている私を見て、かおりさんが助け船を出すように言った。私はこくんと頷く。「こっちへいらっしゃい」と誘われて間近に立つ。

「……あら、思っていたよりずっと背が高いのね。純さんの服の方がいいかしら?」

並んで立つと、私が女にしては馬鹿にデカいと気づいたようだ。おそらくかおりさんは、自身の兄の服を、と考えていたのだろう。が、かおりさんが着ている服のサイズはどうみても小さい。塁のお兄さんも慌て出す。

「えっ、でもおれは横幅あるから、スリムなミーナさんにはブカブカだと思う……」

そう言ったお兄さんの視線が塁に向く。それに合わせてかおりさんの視線も、私のそれも塁を見る。

「へ? な、なんでみんなしてオレを見るんだよ……? ま、まさか……なあ?」
 着ている服をぎゅっとつかむ塁を見て、お兄さんがにやりと笑う。

「塁、女装するんだよな? ちょうどいいじゃん」

「や、やめろよ、兄ちゃん。よりによってミーナに服を貸すなんて……。それに、貸しちゃったら、裸のオレはどうすりゃいいんだよ? ……え、もしかして……?」
 慌てふためく塁の姿があまりにも可笑おかしくて口元が緩む。何だか急に楽しくなってきた。

「私はそれでいいよ。塁の服を着る。塁は私の服を着て」

「……うっそーん!」

***

なんで元カノと服の交換っこをしてるんだ、オレは。わけが分からない。だけど、悔しいことにミーナの服はオレにぴったりで、兄所有のカツラとメイクをしたら、ぱっと見、誰もが女と疑わない容姿になってしまった。

ミーナの方も、細身のオレが着ている服を見事に着こなし、長い髪さえなかったらイケメンそのものだった。

(それにしてもミーナ、足なげーな。何でオレのジーパン履きこなしてんだよ……。)

オレから見ても美しい容姿だ。まるで宝塚の男役みたいに見える。オレの方は、五分丈のブラウスに膝丈のボックススカートから真っ黒けの四肢を見せる羽目になってるってのに……。

「いいじゃん、塁。似合ってる」
 兄ちゃんが言った。

「ぜってー嘘だろ。顔がにやけてる」

「いやいや、本当に似合ってるってば。自分で思ってるより悪くないよ、ほら」

全身鏡の前に立たされる。前回ミーナに筋肉隆々の足を指摘されたのが気になっていたけど、しばらく見ているうちに、これはこれでありなんじゃないか、と思えてきた。

「へえ。何だか私を見てるみたい。不思議な感覚」
 ミーナがオレを見てしみじみ言った。
「私たち、まるで入れ替わっちゃったみたいね」

「なんだよぉ。この前はオレの女装見てドン引きしてたくせに、いざ自分も男装してみたら楽しくなってきたって顔してるぜ?」

「そうね。このまま家に帰ったらどんな反応をされるかと想像したら楽しいよ」

「あー……。まあ、ある意味、楽しいかもな。オレの場合は白い目で見られただけだったけど、ミーナの親は怒りそう」

「怒られるくらいならまだマシじゃないかな。今度こそ家を追い出される可能性もある。まあ、気にしないけどね」

ミーナは同居している継母と不仲で顔も会わせたくない、と交際中から常々言っていた。詳しいことは分からないけれど、親が再婚するといろいろ大変らしい。

いや、そうでなくても親子ってのは、理想が高すぎたり、型にはめようとしたりするとうまくいかない。うちの親だって、兄ちゃんが同性愛者だと公言してもなお、しばらくの間は受け容れずに異性愛を強要していた。オレはそれをずっと見てきたからこそ知っている。思い込みや押しつけはつくづく人を不幸にするって。

兄ちゃん自身、同性しか愛せないという思い込みに捕らわれていたみたいだけど、かおりさんと過ごす時間の中で思い込みは外れたらしく、今では異性といるのに幸せそうにしている。

かおりさんは兄ちゃんを変えてくれたし、愛し愛される努力が出来る人。だからかおりさんには本当に感謝してるんだ。本人は否定しているが、男装を始めたのはやっぱり兄ちゃんのためだと思う。兄ちゃんは本当にいい人と出会ったものだ。

さっきからミーナは、全身鏡の前で前を向いたり後ろを向いたり、顔をのぞき込んだりしている。

「ねえ、塁。男装するの、気に入っちゃったから、家に帰ったらお互いの服を何枚か交換っこしようよ。服、たくさん持ってるでしょ?」

極めつけにそんなことを言う。もっと恥じらいを持ってくれたら面白かったのに、こうもノリノリじゃ、こっちが萎えてしまう。

……まあ、いいか。兄ちゃんを心底見下した発言をしたミーナの考えが少しでも修正されたのなら、それだけでも連れてきた意味はある。なんだかんだで、あの日のことはオレのずっと引っかかっていたから。

「分かったよぉ。ったく、付き合ってたときもわがままなやつだと思ってたけど、相変わらずオレを振り回してくれる」

「なによ。誘ってきたのはそっちじゃない」

「泣きついてきたのはミーナの方だろ?!」

「泣いてなんかいないってば!」

「まあまあ二人とも落ち着いて」

危うく喧嘩になりそうなところをかおりさんに制される。なんでミーナといるときはこうなっちゃうんだろう。兄ちゃんたちみたいに穏やかなカップルがうらやましい。

ミーナとにらみ合っていると、かおりさんがチラリと部屋の時計を見た。
「ねえ。もしこのあと時間があるなら、東京散歩でもしない? とっても面白いわよ」

「東京散歩? ……もしかして、この格好で?」

「そう」
 かおりさんは、ふふっと笑った。


続きはこちら(#3)から読めます


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