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【連載小説】「愛のカタチ」#7 本当のワタシ

前回のお話(#6)はこちら
夏休みのある日のこと。凜と斗和は偶然にも、斗和の義兄である大介が見知らぬ若い女と腕を組んでいる現場を目撃してしまう。エマに事実を報告するが、彼女は驚く様子もなく『いつものこと』と落ち着き払っている。結婚したらいつも一緒でなければならない、仲良くしていなければならない、と思い込んでいた凜はショックを受けるが、そのことがきっかけで自身の常識や価値観を疑うことになる。

こんなにも覇気のない鶴見さんをみたことがなかった。29人の目が自分に向けられているのだから仕方がないとは思うけれど、今の様子を見る限り同じ人物とは到底思えなかった。

「それで、注文できてなかったミスを取り返す方法、考えてくれた?」

胸の前で腕を組み、斗和が嫌みっぽく言った。昨日からずっとこんな調子である。鶴見さんは反論もせずに黙ったままうつむいている。それを見た斗和は舌打ちをした。

「そういう態度、良くないと思うんだよな。ミスしたらまずは謝るのが常識ってもんだろう? でないとみんなの怒りも収まらないよ」

そうだ! そうだ! とあちこちから声が上がる。鶴見さんの弱みにつけいってるみたいで何だか嫌な感じだった。もう黙っていられない。

「……ねえ、高野。今日集まったのはエプロンをどうやって用意するか、みんなで考えるためじゃなかった? こんなふうによってたかって、鶴見さんを謝らせるためじゃないはずよ」

普段は優しい斗和がみたこともない形相で私を睨む。そんな甘っちょろいこといってる場合じゃないだろう! と言いたげな目だった。

けれど、私が口火を切ったからだろうか。それもそうだよね、という声がちらほら聞こえた。その声を力に変え、私は昨晩考えてきたことを言う。

「どこかに注文するとなったら間に合わないかもしれない。けど、うちのクラスって手芸部多かったじゃない? 手芸部の人たちの力を借りたらなんとか用意できるんじゃないかな」

「後藤さあん! その言葉を待ってたわあ!」

手芸部の一人が目を輝かせながら私にハグしてきた。彼女は手芸部の部長さんだ。力強く抱きしめられて苦しい。ようやく離れた彼女は満面の笑みを浮かべている。

「ずっと、本当は私たちで作りたかったよねっていってたの。偶然とは言え、こんなチャンスがめぐってきて私は嬉しい! みんな、やれるよね?」

群衆の中にいた、五人ほどの手芸部員たちが手を取りあってうなずく。

「おい、それじゃあ鶴見の罪を許すことになるじゃないか! おれは認めねえぞ」
 斗和はまだ鼻息を荒くしていた。私はきっぱりという。

「もちろん、鶴見さんにも手伝ってもらうわ。提案した私も。それならいいでしょう? 鶴見さんも、それでいいよね?」

 突然話を振られた彼女は一瞬目を丸くして私を見たが、
「……あなたの意見に従うわ」
 と言った。斗和はまだ何か言いたげだったが、それ以上は言ってこなかった。


🍀✂🍀✂🍀

 私たちはさっそく生地の買い出しに行き、裁断、縫い合わせの作業に取りかかった。幸いにして、集めていたお金は代引きで支払う予定にしていたため手元に残っていたし、エプロンのデザインも決まっていたから、もたつくことはなかった。

「……どうして私をかばうようなことをしたの?」

 家庭科室で裁断作業をしている時、隣にいた鶴見さんが言った。手芸部の人たちは、テーブル一つ分離れたところでしゃべりながら作業をしているから、おそらく私たちの会話は耳に入らないだろう。

「かばったわけじゃないよ。誰だって失敗することはあるのに、それをみんなで責めるのは良くないと思ったから」

「……あなたがあの場であんなふうに発言したので驚いたわ」

「言ったでしょ? 今度のことで変わりたいんだって」

「……あなたって変な人よね。同じクラスになってからずっと思っていたことだけど」
 鶴見さんが私を見る目がちょっとだけ和らいだ気がした。

(今なら話してもいいかもしれない……。)

そんな衝動に駆られた私は、思いきって自分のことを話し始める。

「私、嫌なことは嫌だってはっきり言わないと気が済まない性格でね。時々あんなふうにぶちまけては問題を起こして嫌われてきた経緯があるの。そのせいで、中学までの同級生はみんな、私のことを『怒らせると怖いやつ』だと思って離れていった。

……さすがにこのままじゃ良くないと思って高校ではおとなしくしてきたけど、やっぱり本質は変えられないみたい。だから、変な人だって思った鶴見さんの感覚は正しいよ」

「自己分析は出来ているようね。でも、あなたみたいに我慢を知らない人、はじめてだわ。高校生にもなって、まだそんな子供っぽい思考を持ち続けているなんて。もう少し自我を抑えて大人の作ったルールに従った方が身のためよ。でないと、本当にはみ出しものになってしまうから」

その言葉に私は違和感を覚えた。ここでも私の本質が顔を出して反論し始める。

「……本当に大人の決めたとおりにしていれば、はみ出さない生き方をしていればそれでいいのかな? 私はそう言うのって、窮屈でなんか嫌。

『言うとおりにしていればいいんだ!』

……って、親が子供を支配しようとする時に使う言葉みたいじゃない? 私、父親にそんな言葉を投げかけられるときは本当にうんざりする。だからいつも喧嘩しているの」

「親と喧嘩? 信じられないわ」

鶴見さんは本当にびっくりしている様子だった。呆れているのかもしれない。「でもね」と前置きしてから続ける。

「こんな私だけど先日、ある人の話を聞いて気づいたことがあるの。それは、誰しも自分だけの価値観や常識を握りしめ、信じて生きてるってこと。

私もこの17年間、自分の信念を振りかざして生きてきた。自分と対立する意見を持つ人とはわかり合えないんだと思い込んできた。でも、鶴見さんが言うようにやっぱりそれって子供っぽい考え方だったって気づいたの。

相手には相手の考え方がある。だけどそれを否定するんじゃなくて、ああそういう考え方もあるんだねって受け止める。これからはちゃんとそういう発想を持とう。そしてお互いに納得できるまで話し合おうって思ったんだ」

「……もしかして、それで私を擁護したの?」

「擁護って言うか、鶴見さんにも鶴見さんの考えがあって発言や行動をしていると思ったから」

鶴見さんはうつむき、しばらくの間、裁断を終えた布を見つめていた。まるで時間が止まってしまったのではないかと思えるほど、長い沈黙が続いた。私が最後のエプロンの裁断を終えた時、

「……私、あなたがうらやましかった」
 彼女はぽつりと呟いた。
「『こうしたいんだ』ってはっきり言うことの出来るあなたがうらやましかったし、妬ましかった。……私は親や先生から嫌われないよう、いい子でいるよう振る舞うことでしか居場所を見つけられなかった人間だから」

「鶴見さん……」

「自分勝手な振る舞いをするなんて、私にとってはあり得ないこと。だからそういう人を見るとイライラするし、糾弾したくなる。

……でも、あなたに言われて私も気づいたわ。そうした感情が湧いてくるのは私自身、本当は自由に振る舞いたいと思っているのに、抑え込んできたからだって。

……私の両親だって不仲よ。いつだって互いのあら探しをしては怒りをぶつけ合ってる。そんな姿を見て育てば、一つの問題もない、完璧な自分であろうと努力するのは当然のこと。

けれど……。

完璧を演じることで両親の機嫌がよくなるなら……と、両親の顔色をうかがっているうちに、いつの間にか自分の感情に蓋をしていたみたい。

私は嫉妬していただけ。みんなが楽しそうに文化祭の話で盛り上がっているのに、素直に加われない自分にも腹が立っていた。高野君が役をくれたとき、ありがたかった。任された以上はちゃんとやるつもりだったのに、こんな失態をしてしまうなんて、本当に自分が情けないわ。……迷惑をかけるくらいなら、ネット注文が苦手なことを正直に伝えておくべきだった」

これが彼女の本心……。気づけば、何度も頷きながら聞いていた。

やはり、彼女も彼女なりに悩み、苦しんでいた。そして完璧にこなせる人間なんていないのだと知る。今まで遠い存在だった鶴見さんが急に近い存在に感じられた。

「……親の笑顔のために頑張れるなんて、すごいよ、鶴見さん」

「勘違いしないで、私には嫌われる勇気がないだけ」

「私に嫌われる勇気はあるのに?」

「……そうね、あなたに言えるんだから、親にだって言えるわね、きっと」

初めて鶴見さんが笑った。わかり合えたような気がして私も笑い返す。そこへ向こうのテーブルにいた手芸部員たちが集まってくる。

「裁断は進んでる? ……わあ、鶴見さんの裁断、きれい! さすが、クラス委員。優等生は違うなあ」

「私、優等生でも何でもないわ。ただ、手先は器用だからこういう作業に向いてるだけ」

「へえ、じゃあさ、ミシン縫いも一緒にやってもらえる?」

「ええ、もちろん」

「頼もしい! ミシンは倉庫に置いてあるから、よろしくお願いしまーす! あ、後藤さんもどんどん進めちゃっていいからね!」

進捗具合に満足した彼女たちは再び元いた場所に戻り、手を動かし始めた。

「手芸部の子たち、鶴見さんのこと信頼してるみたいね」
 私が言うと、彼女はため息交じりに、「どうかしら?」と言った。
「いずれにせよ、一枚でも早く完成させましょう。高野君も気をもんでいるでしょうから」

「そうだね」

それから先は、ただひたすらに目の前のエプロン作りに励んだ。この手作りエプロンを着た男子たちの姿や、用意したクッキーが次々に売れていく様子を想像しながら。


続き(#8)はこちら

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