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【連載小説】#12「あっとほーむ ~幸せに続く道~」裸の付き合い

↓12話から、翼視点でお話がすすみます!↓
↓頭の中でイメージを膨らませながら読んでみてください🥰↓

前回のお話(#11)はこちら

前回のお話:
『三人暮らし』がしたい――。父親である彰博にその旨を伝えると案の定、渋い顔をされた。それが通常の男女の暮らしと異なることを理解しているのか、また万が一めぐが妊娠しても三人暮らしを継続できるのか……。次々飛んでくる問い。結局、三人は彰博を説得することが出来なかった。しかしここで彰博の方から一つの案が提示される。それは野上家での『五人暮らし』だった。大人の二人は「めぐと一緒に暮らせるなら」と、その提案を呑む。こうして新しい暮らしが始まるのだった。

十二

 バットを振りかざした父に「出ていけ!」と言われた。理由はもちろん、「五人暮らし」を始めると言ったからだ。

 父は、俺が従妹いとこのめぐちゃんを愛しているってだけでも嫌な顔をしていたのに、一緒に暮らし始める――それも、あろうことかアキ兄の家で――と聞いて大いに憤慨しているのだ。

 長らく実家ぐらしの俺が、家を出て新生活を始めようというのだから応援してくれたっていいようなものを、どうしてああいう態度しかとれないのだろう。実父ながら本当に嫌になる。

 ちなみに母は、アキ兄なら信頼できる、と新生活を始める俺の背中をそっと押してくれ、少ない荷物をまとめる手伝いをしてくれた。おかげで暗い気持ちを引きずることなく、もう一つの「野上家」に合流することが出来たのだった。

 いつのころからか、俺の本当の親はアキ兄とエリ姉なんじゃないか、と思うようになった。顔立ちも性格もアキ兄に似ているとよく言われるし、こっちの家にいるほうがずっと落ち着くからだ。

 その、居心地のいい方の「野上家」で暮らせる――。アキ兄の夢のような提案に乗っからない手はなかった。

「兄貴は昔からああなんだ。説得は僕がしておくから、翼くんは気にせずに暮らせばいい」

 荷物をまとめてやってきた日の晩、アキ兄はそう言ってくれた。が、そんなことをして余計にこじれるのは嫌だった。

「説得なんてしなくていいよ。父さんのことだ、俺が何をしても文句を言う。いつものことだよ」

「それもそうか……。まぁ、何か言ってきたときは僕らが間に入るから」

「ありがとう。やっぱりアキ兄たちのほうが優しいなぁ。なんで二人の子供じゃなかったんだろう。めぐちゃんが羨ましいよ」

「何言ってるのさ。君だって僕らの子供みたいなもんだよ。この家で暮らす以上はね」

「うわぁ、涙でそう……。じゃあ、めぐちゃんと一緒に寝るのも許可してくれる? 子供同士ってことで」
 うまいこと話を誘導できると思いきや、ここはアキ兄。感情で動く人じゃない。あっさり断られる。

「それはダメ。我が家の部屋の都合上、君には鈴宮と同じ部屋を使ってもらうと決めたんだから。何度頼まれても、これだけは譲れないよ」

「鈴宮は嫌がってるけど?」

 そう言うと、アキ兄は俺を玄関の外まで連れ出した。他の家族には聞かれたくない話が始まるんだろうか。それとも父の時のような仕打ちを受けるのだろうか。身構えていると、アキ兄が小さな声で言う。

「……一緒に暮らすって決めたんでしょ? それが君の望みなんでしょ? だったら、鈴宮相手に表出ひょうしゅつする人格をちゃんと手懐てなずけなきゃいけないよ」

 ドキリとした。俺の中に存在するいくつもの人格のことは、誰にも明かしたことがない。これまで何度か多重人格を疑われることはあった――そしてそのたびに誤魔化ごまかしてきた――けれど、こんなふうにはっきりと言われたことは一度もなかった。

「……いつから気づいてたの?」

「これでも心のプロだからね。今の仕事に就き始めた頃からそうじゃないかと思ってたよ」
 なるほど。アキ兄の前では一つも嘘がつけないって訳か。アキ兄は続ける。

「心配するほどのことじゃないからえて伝えてはいなかったんだけど、コロコロと性格が変わると信頼が得られないのも事実だ。わかってるとは思うけど」

「そこで演劇が役に立つんだよ。おかげで、めぐちゃんの前では『従兄いとこの野上翼』を、職場では『幼稚園の先生』って言う役を演じ切れてる。……でも、どういうわけか鈴宮の前ではブレちゃうんだよなぁ。おじさんのくせに、あの美顔は反則。時々口説きたくなっちゃう……」

「なるほど。人格が不安定になるのは、鈴宮限定か……」

「……なぁ、アキ兄。この話はめぐちゃんとエリ姉にはしないでもらえる?」

「もちろん。でも、鈴宮には?」

「……俺から話す。だって、同じ部屋で寝起きするんだぜ? 昨日も話したように、鈴宮のことは人として好きだから嘘はつきたくないし、自分を偽りたくもないんだ。前もって事情を話しておけば、『ライバルの野上翼』を演じている時に『男を口説き落としたくなる野上翼』が現れても変な誤解を招くことはないはず」

 納得してくれたのか、アキ兄は頷いた。

「わかった。僕は黙っているよ。ただし、君でも手こずるようなら――つまり、人格が暴れ出して止められなくなってしまったら――、そのときは容赦なく止めに入る。場合によっては、僕の口から女性陣に真実を告げることになるかもしれない」

「……オーケー。そうならないように頑張るよ」

「大丈夫。鈴宮だって自分の中の『悪魔』をコントロールできるようになってきたんだ。役者を志していた君に出来ないはずがない。僕は信じてるよ」

 鈴宮の話になって、少し気が楽になる。
「なぁんだ。やっぱり気づいてたんだ」

「うん。……同類だから気になるんでしょ、鈴宮のこと。だから、放っておけないだよね?」

「アキ兄は何でもお見通しだなぁ」

「君も鈴宮も『心の闇』を抱えている。その二人を、僕は引き受けると決めた。だから我が家では安心して素の翼くんをさらけ出すといい」

「……信じて、いいんだよね?」

「もちろん」

 その力強い言葉に勇気づけられる。ほんの一時間ほど前、バットで殴られそうになったときに感じた恐怖や不安はもうなくなっていた。

 この家の居心地の良さは、なんと言ってもアキ兄の心の広さにある、と改めて思う。決して怒らず、うろたえず、何が起きても冷静に話し合ってくれるとわかっているから、アキ兄の周りには人が自然と集まるんだ。

 宣言した以上、俺も自分の中の『傍若無人な人格』をなんとかしなきゃいけない。それが解決しなければ、めぐちゃんと家族を続けることも出来なくなってしまう。それだけは勘弁。

「なんだ、外にいたのか。映璃とめぐが探してたぜ?」
 そこへタイミングよく鈴宮が姿を現した。

「分かった、今行くよ。あー……。鈴宮はこのまま残ってくれる? 翼くんから話があるみたいなんだ」

 アキ兄は俺と鈴宮が話す場をうまいことセッティングして、自身は室内に戻った。

「何だよ、話って」
 鈴宮は腕を組んだ。
「中で話せないのか?」

「そうだよ。これはまだ……めぐちゃんたちには言えないことだ」

「……長い話は苦手なんだ。手短に頼む」

「オーケー」
 こっちだって長々と話すつもりはない。

 俺は本当に重要なことだけを端的に伝えた。話を聞いた鈴宮は「ようやく腑に落ちたよ」というと、なぜか俺を風呂に誘った。

◇◇◇

 風呂って言っても、近所にある銭湯だ。とはいえ、自宅に風呂があるのにわざわざ入りに来たこともなく、訪れるのはこれが初めてだ。鈴宮もそうらしい。

「一度来てみたかったんだよなぁ」

「で、誘うのは俺なの?」

「お前だからいいんじゃないか」

「うわっ、マジでイヤらしいんだけど!」

「早速でたな。だけど、お前のそういう発言は、いわば『演技』なんだろ? 『野上翼』の本心じゃないんだろ? だったら、おれは何も気にしないよ」

「……俺を信用しようってわけ?」

「……お前もおれを信じてくれたからな。お互い様だよ」
 そう言って脱衣所に向かう。

◇◇◇

 浴槽は思っていたより広く、客もそこそこ入っていた。
 身体を洗い、肩を並べて湯船に浸かる。寒さと緊張でコチコチだった身体が、熱い湯の中でほぐれていく。

 俺が風呂の縁に肘を掛けてリラックスしている隣で、水泳のコーチをしている鈴宮が潜水を始める。いつ上がってくるのかと思うほど、長い間潜っている。ようやく上がってきたと思ったら、顔が真っ赤になっていた。

「……こんな熱い風呂でよく潜水が出来るなぁ」

「水中にいるのが好きなんだよ、おれは」

「前世は魚だな、きっと」

「ああ、たぶんな」

 冗談を言い合い、さらに緊張がほぐれた俺は、さっきまで聞けなかったことを尋ねてみようか、という気になる。

「……なんで風呂になんか誘ったんだよ?」

「ざっくばらんに話せるだろ? それに……」

「それに?」

「今日からおれたち、家族だしな」

「ああ、そうか……」
 妙に納得してしまった。

 これまで、実の親にだって自分の腹の内をきちんと伝えたことはなかった。あんな親だし、話したってまともに聞いてくれないと決めつけてもいた。だから、実家での居心地は悪かった。なのに、他に行く場所もないからと、仕方なく家にかじりついていた。

 自分は変わり者で、受け容れられないのは仕方のないこと。長い間、そう思って生きてきた。でも、勇気を出してアキ兄と鈴宮に俺の「核心」を語ったら、とたんに居場所が出来た。身体と心、両方とも安心できる場所が。

(ありがとう、アキ兄。やっぱり、俺の居場所は「野上家」だ。)

 提案した三人暮らしは実現しなかったけど、アキ兄の話がなかったらきっと風呂に誘われることはなかっただろう。そして、俺がいくつもの人格を持っていることも伝えられずにいただろう。アキ兄には感謝の言葉しかない。そして、鈴宮にも。

「家族になったんなら、あんたのこと、悠斗って呼ぶわー」

 安心しきったまま、軽いノリで言う。彼は少し驚いた様子だったが、「まあ、いいけど」と了承してくれた。

「じゃあ、そっちも翼でいいよな? 野上家で世話になるのに、お前のことを野上って呼ぶのは違和感しかなくてさ」

「だよなー。決着つくまでって言ってたけど、もういいよな?」

「ああ、構わないよ、それで」
 熱いな、出るか。悠斗はそう言って立ち上がった。

◇◇◇

 身体が冷めないうちにと、急ぎ足で家路につく。隣を歩く悠斗をちらりと見る。昨日までライバルだった彼と、今日から同じ家、同じ部屋で生活するのかと思うと、なんだか不思議な感じがする。

「めぐと映璃にはまだ伝えないのか? えーと……。『複数役者』だってこと」
 悠斗が唐突に言った。

「そのうちに。今日あんたに伝えたのはほら……。同じ部屋で寝なきゃいけないから。お互い、変な気持ちで一晩を過ごしたくはないだろ?」

「そうだな……。うん、話してくれてよかったよ」

 家が見えてきた。今日からあそこが俺の「居場所」。悠斗と、野上家四人で暮らす、新しい生活は一体どんな日々なのだろう。想像したら、今からワクワクしてきた。

 しかし悠斗の一言のせいで、一気に現実に引き戻される。
「そう言えばお前、引っ越しの割にずいぶん身軽だったけど、寝床はどうするつもりだ?」

「え? そんなの、アキ兄が用意して……」

「あいつに甘えは通用しないぞ? いっとくけど、おれは自分で持ってきてるからな?」

「マジ?」
 それは盲点だった。

「じゃあ、今晩だけ来客用の布団を……」

「あいつが首を縦に振るかな……」

「それがダメならしょうがない。……悠斗くん、一緒に寝よ♡」

「100%断る」
 つい、甘え声ですり寄ったら案の定、全力で拒否される。

「どうしてー? たった今、裸の付き合いをしたばっかりじゃないか。今度は肌と肌を……」

「よーし。そんなに肌と肌がいいんだったら、明日にでもプールに来い! おれが手取り足取り、泳ぎ方を教えてやる!」

 そんなのは冗談と分かっているはずなのに、悠斗は真面目な顔で言い迫った。さすがの俺もたじろぐ。

「プ、プール……? いや、俺、泳げないんだけど……」

「ほう、それは鍛え甲斐があるな」

「それだけは勘弁してー!」
 逃げるように家に駆け込む。後ろで大笑いする悠斗の声が聞こえた。



(続きはこちら(#13)から読めます)


【再掲】登場人物紹介:

野上翼のがみつばさ
彰博の甥。父親は野上路教みちたかで、元川越学院高(K高)野球部主将。彰博、映璃のことを兄姉のように慕って育つ。従妹のめぐのことを妹以上に可愛がっており、家族さえ認めてくれれば結婚したいとも思っている。幼稚園教諭。二十七歳。
鈴宮悠斗すずみやゆうと
彰博、映璃とは高校の同級生。二十代のころ水難事故で娘を亡くし、それを機に離婚。その後は独身を貫く。八年前に母の危篤の知らせを聞いて帰郷し、それ以来川越で暮らしてきた。現在四十六歳。
野上のがみめぐ:
零歳の時、彰博、映璃の養子となる。八歳のとき悠斗と出会い、それ以来「友だち」として交友を深めてきたが、実は早くから好意を寄せていた。高校一年生。十六歳。
野上彰博のがみあきひろ
めぐの養父。悠斗とは高校時代の同級生。彼が娘を亡くしてからと言うもの、放っておけずに何かと気にかけている。スクールカウンセラー。四十六歳。
野上映璃のがみえり
めぐの養母。生まれつき子どもが産めない体だったため、少しでも子どもに関われたらと、幼稚園教諭の職に就いた。そうするうちにやはり自分でも育てたいと思うようになり、養子をもらい受けた。幼稚園教諭。四十六歳。


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