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【連載小説】第四部 #3「あっとほーむ ~幸せに続く道~」レイカ


前回のお話(#2)はこちら

前回のお話:

ゴールデンウィークに催されるミニライブで、地元出身の歌手・レイカが登場すると知った翼はめぐを誘う。レイカは水沢庸平の実姉である。それを知っためぐは孝太郎にも声をかけ、一緒に行く約束をする。

その後、まなと一緒に洋菓子店「神様の樹」を訪れためぐは、木乃香とともに神社に赴く。すると不思議なことに神社の神木がまなに語りかけ、葉を一枚落とす。神社の娘でもある木乃香は、その葉をお守りにするといいと言ってめぐに手渡した。

ミニライブにはたくさんの人が集まった。翼たちは運よく最前列で聴くことが叶う。かつてレイカの歌に励まされた翼たちはその歌声に聴き入ったのだった。

6.<孝太郎>

 父の影響で野球を始めた僕はその面白さにのめり込んだ。中学生の時に父を亡くしてからは更に熱中し、人生のすべてを野球に捧げる覚悟で生きていた。その様子があまりにも狂気じみていたために、周囲の人間からは「野球の鬼」とか「鬼部長」などと呼ばれていたほどだ。

 プロ選手になってからは尚更、感情を置き去りにするようになった。そうしなければ最前線で活躍し続けることなど出来ないと信じていたからだ。

 すべては、勝つため。

 そんな僕が突き進んでいた道に漂っていたのは、死に神にあとをつけられているような切迫感と絶望感だった。しかし、それを感じていたにもかかわらず、歩みを止めようとしなかった僕は病んでいたとしか言いようがない。

 無論、そんな精神のまま死んでも後悔はしなかっただろうが、今は死に急がなくてよかったと思っている。なぜなら、選手として使い物にならなくなった僕の能力を別の形で活かす場が見つかったからだ。

 一人では決して見つけられなかったであろう道に、僕はいま、一歩を踏み出そうとしている。庸平が何を言おうと言うまいと、僕は僕の道をゆくと決めたのだ。

 僕を突き動かしている原動力に名前をつけるつもりはない。だがもし、母がまだ生きていたらこう言っただろう。コウにも想い人が出来てよかった、と。

 ギターの調律を終えた麗華さんはすぐに二曲目を弾き始めた。それは、彼女の名を世に広めるきっかけとなった『ファミリー』だった。

 この原曲を一番に聴いたのが僕だと知る人物はいない。『ファミリー』のもととなった曲は僕をイメージして作られたもので、父の死のショックから立ち直れていなかった僕は、激しく心を揺さぶられた。高校三年生の時だった。

 高校野球人生を終えたら父の後を追うつもりでいた僕を、もうちょっと生きてみようかという気にさせてくれた『ファミリー』は、僕の人生に転機を与えた曲。ことあるごとに思い出される一曲なのである。

 
  #

夢中でボールを追いかける 
その背中は小さく
ころんでばかり いつでも傷だらけ
守れる強さがほしかった
だけど 会えばけんかになって
互いに 意地っ張りでね

「君が好き」素直な気持ち
伝えられないまま 流れゆく時間とき
忘れないで ずっと
ともに過ごした日々を 家族の愛を

   #

夢中でボールを追いかける 
その背中は大きく
いつの間にか 私を追い越した
重なる 君の父の姿
似てる けれども同じじゃない
君は 大人になったんだ

「ごめんね」と「ありがとう」を言うよ
ごまかしてた気持ち 立ち止まって今
忘れないよ ずっと
ともに過ごした日々は いつまでも鮮やかに

愛をくれた人は いつでも心の中
君は生きていいんだよ 今を

   #

「君が好き」素直な気持ち
今なら伝えられるかな あふれる想い
歌に乗せて そっと
共に生きよう これからずっと……

   #


 麗華さんの歌声は相変わらず美しかった。かつての僕のように感涙している人も多かった。しかし、今の僕には涙を流すほどの感動はなかった。

 僕自身が父の年齢を超えてしまったから?
 父の死を乗り越えたから?
 プロの選手として最後までやりきったから……?

 たぶん、すべてが当てはまる。

 あらゆる困難を経験した僕にとって、麗華さんの歌詞は克服した出来事の羅列に過ぎない。だから一字一句なぞっても正面から受容できたのだろう。

「……先輩。実はこの歌、おれにとって思い出の曲なんですよ」
 間奏の最中、隣で聴いていた野上クンが唐突に言った。

「関わり方が分からなかった息子と和解した日に、歌ってくれたんですよ、そいつ、、、が。あのときはまるで自分に語りかけられているかのように感じたもんです。今でもあんまりうまく話せないけど、この歌を聴くと、息子のことをもっと理解してやらなきゃって思うんです」
 彼は一列前にいる翼クンに聞こえないよう、独り言のように呟いた。

「君にとってこの歌が彼との絆を思い出すきっかけになるなら、思い出したときだけでも優しくしてやるといい。しないより、する。それが君のモットーだろう?」

「そうですね」

「……僕も大切にするよ。君たちとの日々を。もちろん今日という日も」
 そう。今の僕に必要なのは麗華さんの歌ではなく、ここにいる「家族」。そして彼らと過ごす時間そのものである。
 
 与えられた有限の命は、大きな役目を果たすために使わなければならないと思い生きてきた僕に、赤子のごとくただ存在しているだけでも生きる価値はあるのだと教えてくれたのが彼ら。中でも、自分で思っているよりずっと、この命には重みがあるのだと諭してくれた野上クンは命の恩人である。

 その彼がほっとしたように頷く。

「おれ、酔った勢いとはいえ先輩に失礼なことをしちゃって、申し訳なかったなぁって思ったこともあったんですが、今は思いきって本音を伝えてよかったと思ってます。……まぁ、先輩に生きる力を与えたのは息子たちですけど」

「おかげさまで、今は生きることが楽しいと感じているよ」

 人生の転機は誰にでも訪れる。僕の場合、中学生の時は父の死が、高校生の時は麗華さんの歌が、そして今は野上クンをはじめとする家族との出会いが僕を変えるきっかけとなった。

 結局どの節目を見ても僕は生きる道を選ばされてきたわけだが、三度も続けばさすがに自死は諦める。軽々しく運命などという言葉は使いたくないが、何らかの力が働いた結果、今もこうして生きていることだけは確かだ。

 翼クンが言っていた、見えない世界の存在とやらを僕も少しずつ感じ始めている。ここへ来ることもおそらくは決まっていた。だとすればきっと、このあと何かが起きる。僕はそう確信している。

 『ファミリー』が終わった。麗華さんの歌を聴きに来た人々は、聴き入っているのか、感極まっているのか、ほとんど誰も声を発しない。まるで、神託が下るのを待っているかのように静まりかえっている。そんな中で、麗華さんがマイクを握る。

「二曲続けて聴いて下さり、ありがとうございます。耳を傾けて下さる皆さんのおかげで今日まで走り続けてこられたこと、そして今、ここに立っていられることに感謝致します。……さて、ミニライブも次の曲でラストとなります。最後の曲は何を歌おうか、ずいぶん悩みました。しかし、古くからの友人を励ましたいとの思いに至り、未発表のこの曲を歌うことに決めました」

 未発表の曲、と聞いた聴衆はざわめいた。予想通りの反応だったのか、麗華さんはざわめきが収まるまで口をつぐんでいた。聴衆が落ち着いたのを見計らって再び話し始める。

「……これから歌うのは『ファミリー』の続きに当たるものです。その名も『サンキュー、ファミリー』。会場にいるか分かりませんが、友人のために歌います。それでは、聴いて下さい……」

 麗華さんの言った「友人」が誰か、僕にはすぐに分かった。ギターの音が鳴り響く。僕は歌い出す彼女をじっと見つめた。


   #

巻き戻せない 時の中で
君の顔 浮かんでは消える

緑の風が 撫でる髪
君のにおい 連れてくる

共に生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きてきた 今日まで
がむしゃらに

何者なにものにも
ならなくてもいい
今ここにいる
それがすべての証拠あかしだから

   #

早すぎる 時の中で
君は 何を思っているの?

青い空の下で
走る君の姿 光る汗

それぞれ生きた日々
君もわたしも
同じ時の 波に乗り
生きていく これからも
ひたむきに

何も
できなくなってもいい
今生きている
この奇跡に感謝しよう

   #
いるよ、近くに
君を想う ファミリー

   #

歌おう 君のために
たとえ声が 届かなくても
君の未来が ひらくように

ラララ
新たな道を進む君へ
忘れないで
家族わたしたちがいることを

   #


 最後の最後で僕の心は動いた。彼女の歌声が、昔の思い出をしまい込んでいた心の扉を優しくノックする。そっと押し開けられた扉の隙間から入り込んだ温かみのある声は、思い出をぐるっと一廻りし、彼女の想いを残して去って行った。

 確信した。これは僕に向けられた歌だと言うことを。

 会場内を見回す彼女。その目が一瞬、僕のところで止まったような気がした。小さく頷いたようにも見えた。

 彼女にはすべて分かっていたに違いない。僕がここに来ることも、歌を聴いて何かしらを感じることも。

(ありがとう、麗華さん……)

 心の内で礼を言った。クラブが無事に発足し、軌道に乗ったらそのときは第二の人生を歩み始めたことを、そしてもう自死への道は歩かないことをきちんと伝えよう。そう思った。

 

7.<庸平>

 果たして孝太郎は会場に来ているのだろうか。俺の目では確認できていないが、ここにいることを願うばかり。そして姉貴の歌を聴いて、少しでも考え改めてくれれば、と思う。

 それにしても、デビューしてから何十年も経つというのにこれほどの人を集められるなんて、我が姉ながらあっぱれとしか言いようがない。それもこれも、姉貴の生み出す歌詞と歌唱力の高さ、そして何より情感のこもった歌いっぷりの賜物なのだろう。

 歌手レイカの時の顔や声は、俺の姉貴、水沢麗華のものとはまったく違う。まるで何かが乗り移ったかのような神々しささえある。それを「プロ」と言うのなら、姉貴は紛れもなくプロだと言えよう。

 同じプロでも、野球しごとに対する貪欲な姿勢がプライベートにまで及んでいた孝太郎は、俺の中では最上級のプロだった。人によっては「仕事の鬼」だと言うかもしれないが、野球に浸っているときの孝太郎は、俺には活き活きして見えた。世話好きな母親に身の回りのことをすべて任せ、野球に専念できる孝太郎がかなり羨ましくもあったが、活躍し続けるあいつの友人であることを俺は誇りに思っていた。

 こうして考えてみると、俺は「ただの孝太郎」ではなく、「野球人・永江」と友人でいたいんだろう。そりゃあそうだ。だって俺と孝太郎とを繋いでくれたのは野球なんだから。

 ――馬鹿ねぇ、そんなのがなくたって、コウちゃんとはちゃんと付き合えるくせに。

 聞こえるはずのない、姉貴の声が聞こえた気がした。慌ててかぶりを振る。が、奥底にしまい込まれていたはずの古い記憶がおぼろげによみがえってくる。中学生のある時期、一緒に生活していた際の記憶――掃除ひとつまともにできないくせに、プライドが高いから自分でやろうとするんだけど、案の定失敗して恥ずかしそうに笑う、人間くさい「ただの孝太郎」の姿――だ。

 もしかしたら俺は、何十年も完璧な永江孝太郎を見てきたから、どこかであいつのことを「スーパーヒーローであって欲しい」と望んでいるのかもしれない。ずば抜けて格好いい、俺の理想の男であり続けて欲しいと……。

(分かってる。分かっているさ……)

 つまるところ、俺は野球人・永江が好きなんだ。あいつのファンなんだ。だから野球から退いて欲しくないと、あいつの新しい人生にケチをつけているんだ。

(こんな男が、あいつの友だちだってよ……。そんな資格、あるのかよ……)

 第一線で活躍し続けたにもかかわらず、あっさりとその地位を捨てて別の人生を歩み出せるあいつが単純に羨ましい。いや、俺はいつだって羨むだけ。まねごとをしてみても越えられないどころか、けなしてすらいる……。

(野上、か……)

 孝太郎がエースピッチャーの本郷ほんごうではなく、能力的には平凡に見えた野上路教のがみみちたかを次期キャプテンに任命したときは本人を含む全員が驚いていたが、孝太郎に生きる希望を与えるきっかけを作ったのが野上なのだとしたら、やはりあいつにはキャプテンを任せるだけの素質があったのだろう。

 野上や大津が希死念慮をもつ孝太郎を説得したのは確かだし、よくやった、とも思う。それでも素直になれないのは、あいつらが孝太郎を誘惑したような感じがするからだろう。

(あいつらだって、野球人・永江孝太郎を尊敬しているんだろうに……。なぜ野球から引き離そうとするのか……)

 俺は家庭を持っても自分のやりたいことを諦めなかった。生涯、野球に関わっていくと決めて今日まで生きてきた。俺でもそうなんだから、孝太郎なら尚のことだろうと思うのに、あいつは別の道を歩み始めようとしている。理由は聞いた。が、何度考えてみても納得できないのだ……。

 自分の気持ちに折り合いをつけるためにも、孝太郎とはもう一度きちんと話し合わなければいけない。とことん話し合ってもわかり合えなければ、残念だがそのときはもう付き合いをやめることも考えなければならないだろう。

 姉貴の最後の歌が終わり、予定されていたミニライブは終了した。聴衆はぞろぞろと会場をあとにし、街へと繰り出していく。俺はしばらくの間、散り散りになっていく人々の波を妨げる杭のように立ち尽くしていた。

「いいですね! じゃあ、みんなで先輩の部屋に行きましょう!」

 ぼんやりしていると、聞き覚えのあるデカい声が耳に飛び込んできた。ハッとして声のした方を見る。と、人の波間からわずかに肩車をされた幼児の姿が見えた。

(あれは確か、野上の孫……)

 グラウンドの端にいてもはっきり聞こえるほどの声量を持つ野上の顔が目に浮かんだ。そうだ、今の声は野上のもの。

(あいつ今、先輩の部屋に行こうって言ったか……? 先輩って、孝太郎のこと……?)

 俺は幼児を見失わないよう必死で追いかけた。雲が晴れるように人々が散っていくと、幼児を肩に乗せた父親らしき男性の隣に先日見かけた若い母親、そしてやはり野上と孝太郎の姿がみえた。

(来ていたんだな……)

 彼らが向かう先には、駅そばに立つ高級マンションがある。俺は人混みに紛れながら後を追った。

 つけていることが知られないよう、少し距離を空けて追跡していたら、オートロックされたドアの前で足止めされてしまった。当然のことながら、孝太郎ほどの有名人が郵便受けに名前を掲示するはずもなく部屋番号は分からずじまい。

(くそっ、住んでいるマンションは特定できたのに、中に入って問い詰めることも出来ないのか……)

 諦めて引き返そうとしたそのとき、マンションに入ろうとする住人らしき女性がやってきて目が合った。

「あっ!」

 俺たちは互いに声を発した。

「春山! なんでここに?!」
水沢みずさわ先輩! どうしてこんなところに?」

 一目見てすぐに分かった。彼女がK高野球部のマドンナ、春山詩乃はるやましのだということは。本郷と結婚しているからもう春山姓ではないが、仲間内で話題にするときはみな旧姓で呼んでいる。

 春山が俺の問いに答えるように先に口を開く。

「私、ここのマンションに住んでるんですよ。祐輔も一緒です。今ちょうどレイカの歌を聴いてきた帰りなんですけど、まさか、レイカの弟である先輩に会うなんてびっくりです!」

「えっ、春山も姉貴の歌を聴いてきたのか」

「じゃあ先輩も? ……って言うか先輩、どうしてこのマンションの前でうろついてたんですか? 祐輔に用でも?」

「いや……。用があるのは孝太郎の方だ」

 春山はハッとした。

「……もしかして、例のクラブの件? だったら、祐輔から聞いてます。先輩が、永江さんのやろうとしていることに猛反対してるって」

「ああ、そうだ」
 俺が大袈裟にため息をついて腕を組むと、春山はマンションを見上げた。

「立ち話もなんですから、うちに来ます? 祐輔は仕事でいないんで、ゆっくり話せますよ」
 彼女はそういうなり、専用キーでオートロックを解錠した。

 さすがは元プロ野球選手の自宅マンション。上層階の部屋は、子育てを終えた夫婦二人で暮らすには充分すぎる広さだった。

「以前住んでいた都内のマンションよりずっと階層は低いけど、私たち、この近くのマンションで生まれ育ってるんで、見える景色が懐かしくて。よくベランダから外を眺めてるんですよ」

 思いきって引っ越しを決めて正解でした、と言って春山は笑った。「コーヒーを淹れますから、ソファに座ってて下さい」というので、その通りにする。が、孝太郎と話すつもりでマンションを訪れた俺だ。落ち着くはずもなく、キッチンに向かった彼女に話しかける。

「春山はどう思ってんの? 旦那と孝太郎が始めようとしてるクラブのこと」

「そのことなんですけど……。実は私、あんまり乗り気じゃないんです」

「えっ……。てっきり春山もクラブに携わってるものと思ってた」
 俺が言うと彼女は一度口をつぐみ、コーヒードリッパーに目を落としてお湯を注ぎはじめた。

 彼女が沈黙しているあいだに部屋の中を見回す。と、壁には彼女ら息子二人と娘がユニフォーム姿でにこやかに笑う写真が何枚もかかっていた。

 当然と言えば当然だが、彼女らの三人の子どもは全員プロ野球選手として活躍している。長男の創太は昨年ベストナイン賞を、次男の圭二郎もゴールデングラブ賞を贈られるほどの実力者。また、末娘のあさみは女子プロでエースピッチャーをしており、今年は確かキャプテンも務めているはずだ。

 娘が自分と同じ道を歩んでくれるなんて、俺には想像もできない。本郷のやつはうまくやったな、と思う。いや、同性の春山がうまいこと言ってやったのかもしれない。

 あれこれ想像を巡らせていると、春山がコーヒーカップの載ったトレーを運んできた。

「私も一応、元球児ですから。子どもたちもプロ選手ですしね」
 コーヒーカップをローテーブルに置いた彼女は、俺が見ていた写真に目を移した。

「正確に言うと、反対したんです。『みんながまんなか体操クラブ』のこと。だって、永江さんに憧れて野球を始めた人はたくさんいるし、直接指導されれば伸びる子だっているはずでしょう? プレイヤーでいられなくなったら野球人生を終えてもいいとさえ思っていた彼ですから、指導者には魅力を感じないのかもしれませんが、真のプロなら自分の技術や理論を後生に伝えるべきだと思うんです!」

 春山の言葉に俺は激しく同意し、何度も首を縦に振った。まさか彼女が俺とまったく同じ考えを持っているとは。春山は続ける。

「……あの人、野上の姪っ子のめぐさんに一目惚れした辺りから変わっちゃったんです。死のうという気持ちがなくなったところまではよかったんですが、野球人としての覇気もなくなってしまって……。それだけじゃありません。以前は、何も出来ない彼の代わりに私が家のこともしていたんですが、最近はめぐさん宅に出入りしているせいで私の出番はなし。それも何だか寂しくて、言い方は悪いけど若い子に浮気された気分なんですよ」

 俺は自分の考えが間違っていなかったと知って嬉しくなった。俺が思っていたことを春山が全部代弁してくれたのだから。

「それだけのことを思っているなら言えばいいじゃないか、孝太郎に」

「……以前なら聞いてもらえたかもしれませんね。だけど、今は無駄です。私より、めぐさん家族の言葉の方がずっと彼には響くみたいですから」

「そんなにすごいのか、野上の姪っ子ってのは」

 言ってから、大津の店でめぐさんを見た瞬間に破顔した孝太郎のことを思い出した。あのときは驚きの方が勝っていたから気づかなかったが、なるほど、冷静に考えてみればありゃあ恋する男の顔だったわけだ。

 春山は俺の対面に座り、コーヒーをすすった。そしてため息を一つ吐いた。沈黙を埋めるように俺もコーヒーを飲む。その瞬間、あることを思いついた。

「……一緒にやらないか。野球人の育成を」

「えっ?」

「孝太郎の説得はあとだ。俺はいま感動している。春山が俺と同じ意見だってことに。……春山もやりたいんだろう? 野球人の育成を。さっきの話しぶりからひしひしと伝わってきたぜ」

「あー……」
 彼女は恥ずかしそうにうつむいた。

「これは祐輔にも言ったことがないんですが……そうですね。やってみたいって気持ちはずっと持ってます。仮にも子ども三人をプロ野球選手に育て上げてますから、私なりのやり方や知識は持ってるつもりです」

「だろうな。本人の努力や素質はもちろんだが、家族のサポートもプロの育成には大事な要素だ。それを春山が指導してくれれば鬼に金棒。すんげえ育成機関が出来上がるはずだ」

「わぁ……! 考えただけでわくわくしますね」

「だろう? 前向きに検討してみてくれないか?」

「はい。……って言うか私、やってみたいです。先輩と一緒に。いえ、やらせてください!」

「決断早えーな!」

「あはは……。私、やりたいと思ったことは全部やるって決めてるんです。先延ばしにすることで、できなくなっちゃうことや、伝えられなくなっちゃうことってあるじゃないですか。そう言うの、嫌なんです」

 その言葉を聞いて思いだした。ずうっと昔、本郷と春山が付き合うきっかけを作ったのは、本郷がバッターの打球を頭に受けて倒れたときだった、と。幼なじみの二人は想い合っていたが、「死」が脳裏をよぎったとき、互いに気持ちを伝えていなかったことを後悔したのだと、結婚披露宴で聞いた。

「よっしゃ! 俺も何だかやる気がみなぎってきたぜ。俺の計画、聞いてくれる?」

「ぜひ聞かせて下さい!」
 春山は目を輝かせ、前のめりになった。俺は本来の目的も忘れて温めていた計画を語り始めた。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを使用しています。

本郷祐輔、春山詩乃の恋物語はこちら(note)から読めます!
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