【連載小説】第四部 #8「あっとほーむ ~幸せに続く道~」本音の『対話』
前回のお話:
17.<庸平>
ファンクラブの許可を取り付けた、という知らせを聞いた俺はひとまず安堵した。しかし困惑もした。直後に、次のような案が示されたからだ。
本郷曰く、発案者は孝太郎自身で、あいつが持っている野球道具の多くをワライバ内に展示、ファンクラブの会員なら誰でも自由に見ることが出来るようにする、とのこと。またサイン会も、会員限定であれば少ない負担でファンを喜ばせることが出来るのでやっても構わない、と言っているらしい。
酷くモヤモヤした。一体どういうつもりでそんなことを言ったのか。又聞きでは孝太郎の考えまでは伝わってこない。とにかく直接会って話さなければ、と思った。
しかし、前回あんな別れ方をしているだけに、こちらから連絡するのは気が引けた。加えて、ファンだと公言したも同然の俺が、面と向かって孝太郎と話すことに気恥ずかしさを覚えるのも事実だった。
◇◇◇
結局、一週間ほど悩んだ末に戸惑いの元凶であるワライバを訪れた。
昼時ならばあるいは……と思ったが、孝太郎の姿はなかった。代わりに幾人かの客が席を温めており、テレビを見たり食事を摂ったりしていた。
「いらっしゃいませ、水沢さん」
店内を見回していると、店員のめぐさんに挨拶された。
「孝太郎さんと待ち合わせですか?」
「いや、待ち合わせはしていない。いたら話そうと思ってきてみただけだ」
「そのためだけにわざわざ? せっかくいらっしゃったんだから、ゆっくりしていって下さいね。理人さんとお喋りするだけでも全然オーケーな店ですから」
そう言ってめぐさんはカウンターの空いている席を指し示した。
「……大津と話すくらいなら、君としゃべってる方がマシだな」
「もちろん、それでもオーケーですよ」
俺の冗談を真に受けた彼女はにこやかに笑った。その微笑みがかわいらしくてつい、見とれてしまいそうになる。と、カウンターの奥からわざとらしい咳払いが聞こえた。
「水沢センパイの相手はおれがしますよ。この時間のめぐっちは忙しいんでね」
「俺だって忙しいんだよ。孝太郎がいないならこの店に用はない」
「何言ってんだか。本当に忙しかったらこんなところに来たりしないでしょ。最初から、万が一永江センパイに会えなくてもおれに聞けばいいや、ってつもりだったんでしょ? そうだなぁ。センパイが聞きたいのはたぶん……ファンクラブのこと。違います?」
「……勘の鋭いやつだ」
「やっぱりねぇ」
大津はしたり顔をした。
「安心して下さい。今日は昼飯を食いに来ますから、待ってりゃそのうち会えます。……ただ待つのもなんだし、センパイも食べていきます? 今日のランチは夏野菜カレーなんですけど」
「……じゃあ、食わせてもらおうか」
「うふふ……。こちらの席にどうぞ」
端で話を聞いていためぐさんが、さっき指し示したカウンター席に水を置いた。
*
気づけば店内は、さながらカレー店のような匂いに包まれていた。しかしそれがまた食欲を誘い、料理が提供されてからものの五分で平らげてしまった。悔しいけれど、おかわりしたいくらい旨かった……。
「……この店の料理目当てに来る客も多いんじゃないのか?」
お皿を下げに来ためぐさんに問うと、彼女は「最近、増えてきましたね」と言った。
「理人さんは、わたしが家で覚えた料理を作るようになってから腕を上げたんですよ。どうやらいい刺激になってるみたいで。そのせいか、おっしゃる通りよくある喫茶店の感覚で来店するお客さんも増えましたね」
「よくある喫茶店……? それ以前は違ったってことか?」
「このお店に来る人は特別な事情を抱えていることが多いんですよ。今でも常連さんはいますが、以前に比べるとそれ以外のお客さんが多くなった印象はありますね」
「それもこれも、めぐっちと永江センパイのお陰っすよ。あ、うわさをすれば……」
話に割り込んできた大津が店の入り口に目を移した。振り返ってみると、そこには孝太郎と野上の姿があった。
「いらっしゃい。センパイ方を待ってる人がいますよ」
大津が言い終わるのを待って席を立つ。孝太郎は俺を見るなり微笑んだ。
「僕を待っていてくれるとは。さすがは、ファンクラブの発案者。熱量が違うな」
「お、俺が言い出したんじゃねえ! 言い出しっぺは春山だっ!」
「だとしても、君はその案に乗っかったんじゃないのかい?」
「……乗っちゃ悪いのかよ?」
「いいや。むしろ嬉しいよ。僕のことをずっとそばで見てきた君がファンだと言ってくれて」
「…………!!」
孝太郎の素直な言葉にこちらが恥ずかしくなり、思わずうつむく。孝太郎は続ける。
「ありがとう、庸平。これからも友人として、ファンとして僕を支えてくれたら嬉しい」
「そんな言葉が欲しくてファンクラブの提案をしたんじゃねえよ。俺はただ……」
「ただ……?」
「……ただお前ともう一度野球がしたい。それだけのことなんだよ」
自分の発言に自分で驚く。
(そうか。やっぱりこれが俺の本心……)
いい年をしたオジさんが同い年の友人に向かって「一緒に野球がしたい」など、あまりにも子供じみていると自分でも思う。わかってる。だけど、心の奥底で燃え続けている火を無視できない俺がいる。
「不器用だな、庸平は。僕らと、おんなじだ」
恥ずかしさに耐えきれず、再びうつむいた俺の頭上からそんな声が降り注いだ。恐る恐る顔を上げる。と、肩に手を置かれた。
「食事が終わるまで待てるというなら叶えてやろう。庸平の願いを」
*
まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。だけど孝太郎は宣言通り、カレーを平らげると「食後の運動だ」と言って出かける準備を始めた。
もちろん、お互いにグラブの用意はない。しかし、ここは元高校球児が店主を務めるワライバだ。「野球をする」と言えばグラブの一つや二つ、すぐに出てくる。
「だけど、どこでやるんです?」
すぐ近くの自宅からグラブとバットを取ってきた大津が、それらを孝太郎に手渡しながら言った。
「K高脇の河川敷なら問題ないだろう。ホームランさえ打たなければ」
「やれやれ、野球とは縁を切るようなことを言ってた人が……。今日は一体どうしちゃったんっすか?」
「野球で出来てる人間を説き伏せるには、野球で語る必要がある。これは野上クン親子に教わったことだ」
その言葉を聞いた野上が大きく頷いた。
「はぁ……? なんだよ、それ」
「やればわかる」
孝太郎はそう言って店の外に出た。
「あぁ、なんか面白いことが起きそうな予感……! めぐっち、隼人。おれ、三人についてくわ。こんなチャンス、二度と巡ってこないだろうからね。一時間ほど、店番を頼む!」
じっとしていられない様子の大津は言いながらエプロンを脱ぎ、孝太郎の後を追う。そんな大津の背中に向かって店員の二人は大きなため息を吐いた。
*
久々に訪れたK高脇の河川敷は、俺たちが高校生だったときよりも整備が進んでいた。当時石ころばかりだった辺りには土が敷かれ、公園が拡張されている。また、花壇も手入れが行き届いており、初夏の花々が風に揺れていた。
キョロキョロしながら歩いている俺に孝太郎が言う。
「あっちを見てみろ」
指された方角を見た俺は「あっ」と声を上げた。そこに、フェンスに囲まれた内野グラウンドがあったからだ。
「あそこなら思う存分野球が出来るだろう?」
孝太郎が得意げに言う。
「市が、僕の引退に際して記念碑を作りたいと打診してきたんだが、そんなものを作るくらいなら誰でも利用できるグラウンドを作ってくれ、と突っぱねたらこうなった。記念碑を作るよりずっと費用はかかったようだが、最終的には僕の提案が採用された格好だ。今は誰もいないが、夕方や週末には少年少女が集まって野球を楽しんでいるそうだよ」
「……やっぱりお前には発言力がある。今からでも遅くはない。もう一度考え直すことは出来ないのか?」
ダメ元で言ってみたものの、予想通り孝太郎は首を横に振った。
「その話を受けたのは十数年も前の話。当時はまだ野球に対するエネルギーが残っていたが、今の僕はもう、あのときの僕とは違う。何度頼まれても気持ちは変わらないよ。……さぁ、四の五の言わずに始めようか」
孝太郎はそう言って野上に球を放る。
「ピッチャー候補だった君に投球をお願いしたい。捕球は僕がする」
「いいんですか、おれで。うわぁ、光栄だなぁ!」
「センパイ、センパイ。じゃあ、おれは?」
店の仕事を放棄してついてきた大津が子供のようにはしゃぐ。
「大津クンはどこでも守れるだろうから、内野の守備を頼むよ。庸平が打ったときには僕に返球してくれ」
「了解っす! ……って言っても、ここんとこ運動不足だから動けるかなぁ?」
「心配するな。お前の反応が追いつかないくらい、鋭い球を飛ばしてやるから」
俺は本気でそう言い、バットを振ってみせた。ぶんっ、といい音がする。野上の球なんて一発で打ち返してやる。
「庸平。言っておくが、今からやるのは試合じゃない。野球を通して僕らがわかり合うための『対話』だ」
「…………」
こんな場を設けておきながら「野球じゃない」と言い張る孝太郎の発言を聞き流す。
「よっしゃ。いつでも来い! 一発お見舞いしてやる!」
バッターボックスに立った俺は、のんびり構えている野上に向かって言い放った。そんな俺を野上が笑い飛ばす。
「野球、野球って……。今の先輩を見てると、数年前までのおれを思い出しますよ。そろそろ次のステージに進みませんか。野球の、その先へ」
「……いいから早く投げろ!」
「……悪いけど、簡単には打たせませんよ」
俺の挑発など物ともせず、野上は落ち着いた様子で孝太郎のサインを見、投球の構えに入った。
(……打てる!)
球が手から離れた瞬間に判断し、バットを振る。しかし思いのほか球威がなく、タイミングを外されて空振りする。
「くそっ……!」
「庸平。自分が逃げていることに気づかない限り、彼の球を打ち返すことは出来ないよ」
野上に返球しながら孝太郎が言った。
「俺が……逃げる……?」
「ああ。僕の変化を直視できないと言うことは、現実から目を背けているも同義だ。そして、君が僕に抱いている感情をはっきり表現出来ないのも、逃げの気持ちがあるからだ」
「…………! 馬鹿なことを言ってないで、次だっ……!」
孝太郎の言葉を撥ね付け、ピッチャーマウンドに目をやる。
「分かってもらえないなら、次は……」
孝太郎がサインを送り、野上が頷く。
(さっきは見誤ったが、今度こそ……!)
振り抜いたバットに球が当たる感触。だが、球は右に切れ、ファールとなった。
「センパーイ、振り遅れてますよー?」
ファールボールを野上に投げ返しながら大津が言った。
「うるせえ! 次こそ、前に飛ばす!」
「無理だ。野上クンを直視できていない時点で君は劣勢だよ」
「ちゃんと見てるよっ……!」
反論すると、野上がため息をついた。
「……先輩。そうやって意地を張るの、はっきり言って格好悪いです。そんな人がファンクラブを創設するなんて、聞いて呆れますね。好きなら好き、憧れてるなら憧れてるって、ちゃんと本人の前で表明したらいいじゃないですか」
「……陽動作戦は通用しねえよ!」
口ではそう言ったものの、実際には激しく動揺していた。もはやバットを持つ手は震え、顔は熱くなり、まともに立つことすらままならない状態になる。
「……来いっ!」
自分を奮い立たせるように言い、バットを強く握る。
「こんなにも強情な男だとは知らなかったな……。だが、次で最後だ」
孝太郎がミットを構える。そこに向かって野上が投げる。ど真ん中に来た球めがけてバットを振る。
「えっ……」
狙いは完璧だった。なのに、バットは球をかすりもせずに空を切った。
「なんでだっ……?!」
「言っただろう。次で最後だと。そしてこれは野球ではなく対話なのだと。君は話すことから逃げた。その時点でこの勝負は決まっていたんだ」
「……そんなに話すことが大事かよ」
「ああ。それも、本音で話すことが」
「…………」
三振に打ち取られた挙げ句、完全に言いくるめられた俺は負けを認めざるを得なかった。バットを置き、ふうっと息を吐く。
「……友だちだから言えないこともある。だけど……そうだな。確かに、言わなきゃ伝わらないよな」
俺は天を見上げた。目を見て話すなんて、とてもじゃないが今の俺には出来ない。
「現役を退いた今でもお前の采配には素晴らしいものがある。お前自身がそれをここで証明したってのに……。惜しい。本当に惜しい。……だけど。……だけど、バッターボックスに立ってみて分かったよ。これはお遊び。真剣勝負の野球じゃないって。……それが答えなんだろう? お前が戦いの舞台には戻らないという意思表明でもあるんだろう?」
「ああ、そうだ」
その返事に一度は悔しさを噛みしめたものの、すぐに身体の力を抜き、自分の気持ちに正直になって言う。
「……俺は……俺は……野球をしている永江孝太郎が好きだ。ずっとずっと、俺のヒーローでいて欲しい。そう思っているからこそ復帰を望み、一緒に野球をしようと訴えてきたんだ。だから受け容れられなかったんだよ。女の子の前で鼻の下を伸ばしてる『ただの孝太郎』が……」
「……めぐさんが僕を感情ある人間にしてくれたんだよ。彼女が、そして彼女の家族がいなければ僕は今ごろ死んでいただろう。たとえ肉体が残っていたとしても人としては終わっていただろうな」
「…………」
「僕だって最初は認められなかったさ。鎧がどんどん剥がれていくのを直視できなかった。だけど、気づけば文字通り丸裸にさせられ、そこでようやく諦めがついた。そして気づいたんだ。長い間、重たい鎧を纏って生きてきたことに」
「……怖くなかったのか? 何者でもない自分に戻ってしまうことが」
「……裸の僕に、悠斗クンが言ったんだ。何者でもない、ただの永江孝太郎がどんなふうに笑うのか見てみたいと。そして僕なら人生をリセットして生き直せると。そう断言してくれる人がそばにいるんだ、何も怖いことはなかったよ。そして実際、僕は彼らと日々笑い、共に新しい人生を歩み出した。今、スケジュール帳は空欄ばかりだが、予定がぎっしり詰まっていた頃よりもずっと心は穏やかだし、なにより毎日が楽しい。何者かでいなくても、人はちゃんと生きていけるんだよ」
「……そうか。お前が毎日を楽しく生きてるならよかった」
俺は、孝太郎は野球がなければ生きていけないと思い込んでいた。だから野球を続けて欲しいと願っていた。だけど今の孝太郎は、野球に依らなくてもちゃんと生きている。そのことが腑に落ちた今、ようやく純粋に、孝太郎が元気でいることが有り難いと思えたのだった。
「ふっ……。一緒に野球がしたい。それ以上に、お前が生きていることが俺にとっては何よりの喜びだったはずなのに、どこでボタンを掛け違えたのかな」
「掛け違えたというより、それだけ庸平が戦いの舞台に長く身を置いていた証拠だと僕は思うよ。僕らは戦い、勝利に貢献することだけを求められてきた。そこに感情は必要なく、ひたすらに強くあれと要求された結果、自然に笑うことさえ忘れてしまったんだ。……僕は運よく救われたが、使い捨てられた人間も山ほどいる。庸平が作ろうとしている野球選手の育成機関では、そういう人間が出ないように工夫して欲しい」
「わかってるよ。……お前の協力が得られないのは本当に残念だけど、俺は俺で頑張る。そしてお前のことは、一ファンとして応援することにするよ。ああ、それでファンクラブのことだけど」
俺はそこで一呼吸おいてから話を続ける。
「どうして野球道具の展示なんだ? それもワライバで。今日はそれを聞きに来たんだ」
「本郷クンから聞いたのかな? これは大津クンの感想だが、どうやら僕が使っていた道具や着ていたユニフォームには、僕と同等のオーラが宿っているらしい。それが事実なら、それらを見ることで、ファンは僕に会わずとも僕の存在を感じられるんじゃないか、と思ったんだ。そうすることのメリットは、僕がその場にいなくともファンを喜ばせられるところと、僕も僕でやりたいことに専念できるところだ」
「ついでに食事してってもらえば、店の方も潤いますしね。あ、言っときますけど、これも永江センパイの発案ですからね!」
大津は後半部分の語気を強めて言った。一方の俺は唸る。
「だけど、お前本人からにじみ出るものは、物に宿っているオーラとは比べものにならないぜ?」
「それは当然だろう。しかし僕のファンは、僕が生きていることそのものに安心感や満足感を得ている気がする。ならば時々、生存報告がてらサイン会でも開けば彼らのニーズに応えることが出来るんじゃないか?」
「……お前から自分を肯定する言葉が聞けるとはなぁ」
俺の知る永江孝太郎とはかけ離れた発言に驚きつつも、終始穏やかで安定している様子を見て心から安堵する。
「思い出したよ。お前はもともとこういうやつだったってことを。……いや、昔より今の方がずっといいな、尖ってない分」
「僕の棘は、野上家の人たちにみんな抜かれてしまったよ……。だから、今の僕は表に出ない方がいいんだ。現役時代の僕に憧れているファンは僕の現状を知らないほうが幸せだろうからね」
「なるほど。じゃあ、ファンの前に姿を現すときだけ野球人の仮面をつけるってことか?」
「仮面をつけられるかは分からないが、夢を壊さない程度には演じるつもりだよ」
「そうか」
ファンクラブを作りたいと申し出たのはこちらだが、それに対して自身の立場を踏まえた上で現実的な発案をしてくるあたり、さすがだと言わざるを得ない。俺は深くうなずいた。
「……直接話せてよかったよ。お前がワライバに姿を見せるまで待った甲斐があった」
孝太郎に握手を求めると、大津が「引き留めたのは、めぐっちとおれなんっすけど?」と主張した。
「……ああ、お前にも感謝だ。野球部時代から口の悪さと横柄な態度が気に食わなかったけど、作る飯は旨いし、発言内容は意外とまともだし。見直したよ」
「やーっと分かったんっすか? 口の悪さは生まれつきですが、むやみに人をけなしたり傷つけたりはしませんよ。ま、おれを更生してくれたのはそこにいる野上センパイですけどね」
「ちょっ……! 急におだてるのはやめろよ……」
「だけど、事実ですから。あー、そーだ。うちの店に永江センパイの所持品を展示するついでに、野上キャプテン率いるチームが甲子園に出場したときの写真も飾っとこうかな。実はおれ、野上センパイのことも尊敬してるんで」
大津はそう言ってパンパンッと手を叩き、拝む真似をした。
「よせよせ。どうせ飾るなら永江キャプテン時代の写真にしてくれ。頼むよ……」
野上は本当に恥ずかしそうに顔の前で手を振った。その様子を見た孝太郎が声を立てて笑う。仏頂面のイメージが強かっただけにまだ見慣れないが、こんなふうに笑えるようにしてくれたのが野上たちなら、きちんと礼を言わなければいけないかもしれない。
確かに俺は長い間格好いい孝太郎に憧れていた。だけど心のどこかでは、野球以外のことはからっきしダメなところも人間味があって好きだったんだと思う。あいつの世話をしてきた人たちもきっとそうに違いない。そのギャップが永江孝太郎の真の魅力だと知っているから。
ふと、昔のことを思い出した。懐かしさに胸が温かくなった俺は思い切って誘う。
「なぁ、孝太郎。昼飯を食ったばかりでこんなことを言うのもなんだが、今晩、俺の実家で飯食わねえ? 姉貴の話によれば、お袋はまだ台所に立って料理をしてるそうだ。お前が一緒だって言えば張り切って作ってくれると思うぜ」
「君のお母さんの料理、か。久しく食べていないな。ああ、そうだな。もし、迷惑でなければご一緒させてもらおうか。もっとも、お母さんが喜ぶのは僕との再会より君の帰宅の方だと思うが?」
「え?」
「今の口ぶりから察するに、君は長らく実家に帰ってなさそうだ。何も言ってこなくても、特に母親ってやつはいつでも子供の身を案じているものだよ。煩わしいと思う気持ちは分からないでもないが、親の年齢を考えれば生きて会える回数は限られている。僕と一緒でもいい、近くに住んでいるんだから時々顔を見せてあげて欲しいな」
「……んなこと、お前に言われなくたって分かってるよ」
春山の「女心」は分からなかったくせに、なぜか俺のことは言わなくても言い当ててきたのは付き合いの長さの違いだろうか。ちょっぴり嬉しいような、気恥ずかしいような。いずれにしても悪い気はしなかった。
「あー、だけど水沢センパイ、今日の午後はうちの店で体操クラブの打ち合わせをする予定になってるんで、永江センパイは晩飯時まで身体が空きませんよ?」
大津が腕時計をちらりと見ながら言う。
「一旦、帰ります? それともおれたちの話、聞きます?」
「とりあえず実家に電話入れて了解が取れたら、そうだな……。一人部屋に帰ってもすることないし、お前らの話し合いでも聞いとくか。考えてみたら、体操クラブの中身はちゃんと把握してなかったし」
俺の言葉を聞いた三人は一様に目を丸くした。
「……なんだよぉ、そんな顔して。孝太郎が言ったんだろ? 話はちゃんと聞けって」
「ああ、言ったとも。それじゃあ僕らは、庸平に納得してもらえるような話し合いをするとしようか。君の理解が得られれば、多くの人の理解も得られるだろうからね」
そう言って笑った孝太郎は本当に嬉しそうだった。
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