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【私のヒーローは人たらし】前編

高校生活も今日で終わりだ。

部室の荷物をまとめて教室を出ると、ほとんどみんな帰ったみたいだった。
がらんとした廊下はひんやりと冷たい。

靴の入っていない下駄箱。
うす暗い昇降口の向こうは、春の暖かい陽ざしに包まれていて別世界のようだ。
みんなそれぞれの靴を履いて別々の場所に行ってしまった。
そう思うと少しだけ悲しくなった。

「おい鴨戸!」

いきなり大声で呼ばれ、驚いて振り返ると、
後ろには同じクラスの男子が立っていた。

「この荷物ちょっと持ってて!10秒で帰ってくるから!」

そう言って大きな紙袋を私に押し付けると、
彼はいつものようにニヤリと笑って、小走りでどこかへ行ってしまった。


突然の出来事に、一瞬何が起こったか分からなかった。 

渡された紙袋には、証書やらプレゼントやらが、破れるんじゃないかと心配になるほどパンパンに詰め込まれていた。
先生からもらった一輪のチューリップは、アルバムに押しつぶされて変な方向に曲がってしまっている。

数ある卒業生の中で、こいつの手に渡ってしまったのか。それはお気の毒だ。


彼はサッカー部に所属していた。
人と関わるのが上手で、誰とでも仲が良かった。派手な子はもちろん、クラスで浮いてしまっている子まで。
みんなからは「そんな奴らと仲良くするなんて、意味がわからない」と言われていたけど、彼は全く気にしていないようだった。
人にどう思われようと気にしていない、と言う風に見えた。

そんな底抜けに明るくて強い彼は、私のヒーローだった。

さて、そんな事を考えているうちに、とうに10秒が過ぎたが。
……まあいい。
「すぐに」という言葉なんて、大人の「考えておくよ」くらい当てにならない。
二人分の荷物の重さに耐えきれず自分の紙袋を床に置くと、低い段差にしゃがみ込んだ。

そう言えば、サッカー部は卒業式が終わった後に集まりがあるんだっけ。
誰かが伝言しに来ていたような。
そんな大事な集まりを忘れて帰ろうとするあたり、彼らしい。

彼とは3年生で初めて同じクラスになった。

もともと団体行動が苦手な私は、クラスになかなか馴染めず、女子のグループにも入れなかった。

夏も終わり運動部が引退を迎えても、まだ私はクラスに馴染めなかった。
と言うか、馴染んでいないと言う形で馴染んでいた。
私の学校はテストの点が取れれば先生に文句は言われないため、クラスに行く必要性が感じられなくなっていた。
度々学校を休むようになり、行っても授業を放棄して、四六時中ラジオに投稿する大喜利を考えていた。

そんな時、席替えで彼と隣の席に。
その日から私が大喜利を考える時間はほぼなくなった。

なぜかって、彼が私に何かしら頼みことをしてくるからだ。それも毎日。

ノートを見せたり、課題を代わりにやってあげたり、小テストをカンニングさせてあげたりと、断りきれず毎日色々なことをやらされていた。
大学に提出する作文を書くよう懇願された時には流石にまずいのではないかと思った。
落ちたら洒落にならない。
彼が推薦で大学に合格できたと知ったときは、本当にほっとした。

私は断れない性格で、しかも人のためならなんでもやってしまう、典型的な「都合の良いやつ」タイプの人間だ。
ノートを人に見せるなら、今まで以上に綺麗に書きたいし、カンニングさせるなら見せられるくらいの点数を取らないといけないと思う。 

その性格を知ってか知らずか、彼は私の脳をとにかく使いまくった。
きっと生まれてからこれまで、そういう風に周りの人達に助けられて生きてきたのだろう。

誰もが認めるイケメンと言う訳ではないけど、人当たりが良く、いつも明るくて何だか助けたくなってしまう。彼にはそんな不思議な魅力があった。
こういう人の事を「人たらし」と言うんだなと思った。

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