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SS【沈黙した世界】
今度の流行り病は恐ろしい。
感染するとなんの症状も無いまま、十日ほどで死に至る。
死因は心臓麻痺で、すでに国民の半分が亡くなっているのだ。
どんなウイルスか、どのように感染しているのかも分からぬまま、時間だけが虚しく過ぎていった。
感染した人は最後にサイレンが聞こえるようだ。
死の直前に自分にしか聞こえないサイレンが頭の中で鳴り響くらしい。
ぼくはそれをネットニュースで知った。
ぼくは引きこもりで滅多に外に出ない。それに他人のことなんてどうでもいい。
世の中がどんなに混沌としても、ぼくが生き残れればそれでいい。
だからぼくは予想されるあらゆるリスクに備えるため、人の少ない田舎に土地を買い、自分で小屋を建てて暮らしている。
ほとんど自給自足だが、たまに食料を配達してもらうこともある。
最後に届いたのは十日ほど前だろうか。
配達してくれた人はマスクをつけていて、玄関にも入っていない。ぼくもマスクをつけていたから感染の心配はほぼ無いだろう。
人里離れた場所で引きこもり生活。家族も居ない。
ネットでの繋がりは無数にあるので、孤独も感じない。
ぼくは家の裏山へ行き、ヤカンに湧き水を汲んできて、畑で採れた野菜と十日前に届いた鶏肉でカレーを作って食べた。
たくさん作ったので残りは小分けして冷凍した。
どこからか「ウゥゥゥーー」というサイレンが聞こえてくる。
ぼくは部屋の窓を勢いよく開き、辺りを見渡した。
サイレンはしばらく鳴り響き、音が消えても余韻が残った。
こっちに引っ越してきて五年になるが、サイレンの音は初めて聞いた。引きこもっている間に工場でもできたのだろうか?
すると今度はぼくの携帯に緊急ニュース速報が表示された。
ぼくはそれを読み、ハッとして凍りついた。
ウイルスは声で感染する。
つまり感染者の声を聞いただけで感染してしまうというのだ。
そう、ぼくは十日前にカレーに使う鶏肉を注文した。その時、確かに配達員の声を聞いた。
ぼくは暗闇の中、一人で立っていた。
生き残った人たちは二ヶ月もの間、沈黙を守り続けた。その後ようやく根絶宣言を聞いた人々は歓喜の雄叫びを上げた。
ぼくは少しずつ遠ざかるこの世を眺めながら、素直には喜べない自分を恥じていた。
どうやらぼくは、どこかで道を誤ったようだ。
ぼくは今まで人を避け、誰よりも沈黙し続けてきた。
他のどこよりもサイレンが鳴り響いていたのは、ぼくの心だったのかもしれない。
終
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