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SS【町長】

辺境にあるさびれた田舎町。

そんな呼び方が似合いそうなこの町の人々は、最近あることに悩まされていた。


悪夢である。


夢の中でどんなに犯罪者が暴れまわろうと、現実世界に影響は無い。

しかし夢の世界では毎夜のように犠牲者が後を絶たず、人々は内心怯えていた。


恐ろしいことに、他人の夢を自分の家のように自由に行き来して殺人をくり返す犯罪者が存在するのだ。

夢から夢へと移動し、人間離れした俊敏さで狙った獲物を追い詰める。


悪夢を見た人は皆、口をそろえてこう言った。

猫科の動物のような爪をもった女に襲われたと。

引っ掻かれ噛みつかれ、捕食されそうになったところで目が覚める。

それはトラウマになるような恐怖で、女と目が合うと身体の自由が効かなくなり、どうしても抗うことができない。


ある日、町役場で働く洋平(ようへい)は、ノックもせずに町長室の扉を開けた。

町長室へ入る時には決まりがあって、ノックを三回してから開けることになっている。

そのことは役場の誰もが知っていて、町長室の扉にもそのことを伝える貼り紙がしてあった。


昨夜は例の悪夢で目覚め、そこから一睡もできずに朝から頭がボ〜っとしていた洋平。

洋平はルールを忘れていきなり扉を開けてしまった。


最近お目見えした四十代の若い女性町長は、運良く席を外しており、洋平はホッと胸を撫でおろした。


町長は気さくな人で職員に人気があった。

一方で町長室へ入る時のルールに関しては、うるさいくらいに周知させた。


サッと扉を閉める瞬間、洋平の目に見慣れない光景が飛び込んできた。


町長の椅子に黒猫がちょこんと座っている。

黒猫は頭だけ机の上に出し、こっちをジッと見ている。


洋平は黒猫と目が合った瞬間、なぜか身体の自由が効かなくなり、手に持っていた書類を床に落とした。


たまたま町長室へやってきた職員が書類を拾って「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。


洋平に身体の自由が戻り「ええ。町長は今居ないです」と答えると、職員はあからさまに驚いてこう言った。


「え? ちょっと前、部屋に入られてましたけど・・・・・・」


洋平はもう一度、そっと扉を開いてみた。


二人が室内へ入ると、そこにはいつもの町長の姿があった。


後から来た職員が町長に仕事の報告をして出て行った。

町長が洋平を見つめるその目は、すでに人間のものではない。

町長は机の上で指を立て、机をギーーッと引っ掻くような仕草を見せてから口を開いた。

「ノックは三回・・・・・・知っているわよね?」


洋平は町長と目を合わせず、ものすごい勢いで町長室を飛び出した。

そのまま荷物も取らずに役場を抜け出し、二度と戻ることはなかった。















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