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SS【最後の物々交換】
この国はこの先、沈む一方だなんて言われるようになってからどれくらい経つだろうか。
とはいえ、泥舟であっても新しい世界へ向かっていることには違いない。
それに世の中が暗く感じられる時こそ、目の前にある小さな光がよく見えるものだ。
ぼくは有事に備えて備蓄をしていた。
昔はジャングルのようになっていた庭も、今ではニラ畑になっている。
お金の価値が無くなり、物不足が深刻になると始まることがある。
物々交換である。
きれいな水や、塩、味噌、ウイスキー、野菜、甘い物などは特に需要がある。
しかしぼくにはもう後が無い。
食料はほとんど食べ尽くし、交換できるものは水と天然の塩、それに外国産の乾燥タマネギの大袋だけ。
水と塩は手元に残しておきたい。
食べれなくても、とりあえず飲める水があれば生きのびれるからだ。
ミネラル豊富な天然の塩も手放せない。
ぼくは乾燥タマネギを物々交換することにした。
今まで誰とも付き合ったことのないぼくには夢がある。
物々交換で少しずつ価値の高い物に変えていって、最終的に彼女を手に入れようという無謀な夢だ。
まず乾燥タマネギを高級ブランデーに交換した。
タマネギがかなりの大容量だったので、ひと昔前なら手の出なかった高い酒を手に入れることができた。
ぼくは酒が好きなので自分で飲む選択もありだ。
しかしそれでは夢がない。
酒を探している人は多々居たが、中でも高級な酒を探しているマニアを探した。
物流は死んでいるが情報だけはよく入ってくる。
高級ブランデーは大量の米と交換することができた。
ぼくは一週間以上もの間、水と塩しか口にしていなくてフラフラだった。
久しぶりに食べた塩むすびは最高だった。元気も湧いてきた。
ぼくは毎日塩むすびをたくさん作り、街中で食料を求めてさまよっている人たちに配った。
喜ぶ人たちの生き返ったような笑顔を見ると、このまま交換しなくてもいいかとも思えてきた。
ある日、小さな女の子を連れた若い母親が、ぼくの前にやってきた。
「あの、おにぎり、まだありませんか? この子がお腹を空かせていて」
今日の分の塩むすびは配ってしまって無い。
しかし明日になったらまた来てと言うのは可哀想な気がした。
よく見ると、お母さんの方は痩せて骨が浮き出ている。
小さな女の子も痩せてはいるが、まだ元気そうで、きっと自分はほとんど食べずに娘に食べさせているに違いない。
ぼくはとっさに自分でも予想していなかったことを口走った。
「あの、失礼ですけど、この子のお父さんは?」
「この子が生まれる前に別れました。この子を守ろうという気が無いみたいだったので」
それから二年が過ぎ、多くの人々は食糧難の時代を乗り切った。
ひと昔前と比べれば決して贅沢な暮らしはできない。
けれどもぼくは幸せだ。
なぜならぼくの隣には、例のお母さんと女の子が居る。
ぼくの夢は叶ったのだ。
さあ、新しい時代の幕開けだ!!
終
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