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SS【男が売ったもの】


独り身でみすぼらしい身なりの中年男が道端で商売をしている。

日の出と同時に近所の川べりにムシロを敷き、その上に畑でとれた野菜を並べて売っている。

その様子を横目で見ながら呆れた様子で通り過ぎる商人たち。


山菜や畑でとれた野菜、それにマキなどの日用品を売る村人は多い。

ただそのほとんどは、村から離れた人の往来の多い橋の上や町に売りに行く。なぜなら客も多いし、町の人間の方が銭をもっているからだ。

村では一部をのぞき貧乏人が多い。だから男の儲けは二束三文だ。


貧乏人の集まりの村では病にかかれば、銭は出ていくばかりで食う物にも事欠く始末。

ましてや育ち盛りの子どもがいれば大変だ。


男は野菜を売って手に入れた銭が貯まると、町へ米を買いに行った。

そしてその米を町で売っているより安く村で売った。


村では、あいつは人は良いが物を売るセンスの無いバカなどと、買っていった客にさえ陰口をたたかれることもあった。



ある年の秋、そんなお人好しでバカな男が住む村は疫病に悩まされた。

どうやら町に物を売りに行く商人たちがもらってきたらしい。

お人好しでバカな男も病にかかり、ついには床にふせて畑仕事もバカな商売もできなくなった。


男に蓄えは無く、あるのはわずかな味噌と野菜だけ。


それから数日が過ぎた。


買い出しに行くどころか、井戸に水をくみにいく力さえ残っていない。


男は死を覚悟した。


しかし男が次に目覚めた時、男のひたいには水で冷やされた布が乗せられていた。

食欲をそそるようないい匂いもする


村人たちだった。

生活が苦しい時、毎日のように貧乏人でも買える値段で野菜や米を売ってくれる男に恩返しをしにやってきたのだ。

その日からしばらく看病は続いた。

中には町へいって疫病に効くという薬を買ってきてくれる者もいた。


しかし、男はいくぶん楽にはなった表情を見せることもあったが、そのうち徐々に弱り始め、ついに最後の時を迎えた。

男は最後の力を振り絞って言葉を残した。


「損得勘定や勝ち負けばかりに囚われていれば、私は孤独な最後を迎えていたかもしれない。それも悪くはないが、こうしてみんなに看取られるのは幸せだ。ありがとう」


みんなに見守られながら男は息を引きとった。

こうして男は孤独な人生の最後に花を飾った。


男がずっと売り続けていたものは「恩」であり、そのおかげで人が集まってきた。

それこそが商売の本質なのかもしれない。


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