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SS【待ち合わせ】1616文字


沈みかけの太陽と別れを告げるように部屋の窓を閉めた私は、ある古い約束を思い出した。

十年前ほど前、私はある男性と待ち合わせの約束をした。


私は駅で拾った彼の財布を交番に届けた。

中には大金や大切なカード、なによりそれらを入れている財布が貴重なものだったらしい。

彼はお礼にと言って私にお金の入った封筒を渡そうとしたが断った。

なぜなら当時の私は家が裕福だったこともあり、お金にはあまり価値を感じなかったからだ。


私が断ると彼はおもしろいことを言った。


「じゃあこうしましょう。十年後の今日、夕暮れ時に花時計のある噴水公園に来てください」


ここらで花時計のある噴水公園と言ったら一つしかない。すぐ横には昭和の雰囲気ただよう古い居酒屋がある。

彼は言い残すと足早に去っていった。



私は今、電車に揺られている。

昔住んでいた遠く離れた街へと向かっている。

まだあるのかも分からない花時計の噴水公園を目指して。

懐かしい駅に降り立った私は、十年というのはこんなにも街の景観を変えてしまうのかと驚いた。

駅前に建ち並ぶホテルやショッピングセンター。それに駅の中を突き抜けるように走る路面電車。

私の記憶していた駅の風景とは別物になっていた。


公園は駅から近く、今でもその場所はハッキリとおぼえている。

彼はとくべつ容姿がいいわけではない。

どちらかというとパッとしない。

ただ地味なのに、何か人を惹きつける不思議な魅力があった。

だから守られるはずのない、その場限りの嘘の約束を信じて私はやってきたのだ。


彼が公園に居ないことは分かっている。

すでに今夜の宿もとってあり、今夜は一人で飲みに出て、明日は思い出を呼び起こしながら懐かしい街を歩く予定だ。

彼との約束は余興というか、おまけみたいなものだ。


けっきょく公園は無くなっていた。

十年の月日は公園を駐車場へ変えてしまっていた。

彼が居ないのは分かっていたが、公園まで無くなっていたのはショックだった。

昔なら夕暮れ時には噴水と花時計がライトアップされ綺麗だったからだ。

それが今は一時間数百円の駐車場。

私には何の価値も無い。


私はひどく落胆して今夜は飲んでやろうと思った。

公園のすぐ横の居酒屋はまだ生き残っていた。

私がもの心ついたころにはすでにあった、薄暗い照明の似合う店。


「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」


私は少し気分が落ちていたせいもあってか、カウンターの一番奥の席に座った。

もう熱燗を何杯飲んだのかも覚えていない。

私は飲み過ぎていつの間にか壁にもたれ掛かり寝ていた。

目が覚めた時は、店内はすでに閉店が近いのか人の姿もほとんどなくなっている。

店の主人は残った客の愚痴を聞いている。


「お客さん、分かったからまた明日来られ。タクシー呼ぼうか?」


「いいですよ。今日は隣の駐車場で寝るから」


「バカ言っちゃいけねえ。そんな所で寝てたら車にひかれるよ」


私は主人と話している酒につぶれかけた男性の顔を見てハッとした。

そして声をかけた。


「駐車場で誰かと待ち合わせでもしてたんですか?」


彼はこっちも見ないで答えた。


「ええ、ぼくは十年前、彼女にこう言ったんですよ。十年後の今日、夕暮れ時に花時計のある噴水公園に来てくださいって。それなのに公園は無くなって駐車場になってるし・・・・・・まあそもそも彼女はそんなバカな約束守って来てくれるわけないんですけどね」


「じゃあ、もし彼女さんが来ていたらどうしてたんですか?」


「よく知りもしない男との約束を、しかも十年前の約束を守ってくれるピュアな女性ですよ。絶対ぼくが幸せにします・・・・・・」


「お客さん!! ああ、寝ちゃったか。もう閉店なのに」


「あ、そっちのお姉さんも、もうそろそろ店しまうよ」


「はい」


私は寝ている彼の前に連絡先を書いたメモを残して店を出た。



(私も十年前の約束を果たしにきました。公園が無くなっていたのは残念でしたけど、あなたに再会できて気持ちを聞けたことは嬉しかったです。酔いがさめたら連絡下さい)


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