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SS【かくれんぼ】


平日の早朝、ぼくは夜勤を終えると帰り道にある広い公園に立ちよった。

ベンチで横になると、いつの間にかポーチを枕に眠ってしまっていた。

しばらくして誰かの呼ぶ声で目覚めるぼく。

赤いTシャツに白いハーフパンツを着た六歳くらいの男の子がぼくの顔を覗きこんでいる。

そしてこう言った。


「ねえねえオジサン、かくれんぼしよーー」


「え? かくれんぼ?」


「最初はオジサンが鬼ね。めーつぶって五十数えて」


「あ、うん」


なぜベンチで寝ていた見知らぬオッサンのぼくを指名したのかは分からない。

同じ知らない人でも、誘うなら子どもだろうに。

そう思って周囲を見渡すと、散歩やジョギングしている大人はいるが、まだ早朝ということもあり、同じ年頃の子どもはいない。

たまに大きなバッグパックを背負った学生が公園内を自転車で走り抜けていく。

忍者のような早足で公園内をグルグルまわるお姉さんや、ストックを手に数人でかたまって歩くおばちゃんたち。

すぐ近くには柔らかいプニプニのボールで遊ぶお母さんと小さな女の子がいる。

男の子はよほど元気がありあまっているのか、その場でピョンピョンと跳ねている。

仕方ない・・・・・・ちょっとだけ付き合うか。

そう思ったぼくはベンチの背もたれに顔を伏せて数を数え始めた。


「いーーち、にーー、さーーん・・・・・・・ごじゅーー、もーーいーーかい?」


遊具はなく隠れる場所もそんなにはない。

男の子が隠れる場所をじっくり選べるようにゆっくり数えた。

あれ? そういえばあの子、学校は休みなのかな? 一人で来てるみたいけど見つけたら聞いてみるか。

目を開けると、ぼくは違和感を覚えた。

周囲が静かになっている気がした。


ぐるっと一周見渡しても男の子の姿は見えない。

うまく隠れたようだ。


それはいいが誰もいない。

ついさっきまで数メートル先でボール遊びしていた親子も、公園内をグルグル早足で周回していたお姉さんも、ストックを持って歩くおばちゃんたちも、みんないない。

ぼくは不思議に思いながら男の子を探し始めた。

元気のいい子だから木に登ったりしているかもしれない。

プランターの陰や木の上も見た。

モニュメントの陰や公園の管理小屋の周りも探した。

身体を隠せる場所など限られているはずなのに、男の子の姿は見えない。

公園内にはカフェがあるが、まさかそこでコーヒーを飲みながらくつろいでいるわけでもあるまい。

公園から道をはさんですぐ横を川が流れているので、土手を下りて探してみた。

しかし見つからない。


ぼくは後悔した。

隠れる場所は公園の中だけと言っておくべきだった。

ふたたび公園内に戻ると、相変わらず誰もいない。

通勤や通学で通る人もいるので、いつもならどんどん人が増えてくる時間帯のはず。

誰の姿も見えないのはおかしい。

まるで鬼であるぼく以外の人すべてが隠れているかのようだ。

いや、探しても見つからないのだから隠れているのではなくいないのだ。


ぼくは最初に寝ていたベンチに戻ってきた。

辺りはケモノと人間の体臭が混ざったような匂いが漂っている。

もしかして夢を見ていたのか? という気すらしてきた。



そこへ公園を管理しているオジサンが近づいてきた。

公園内の清掃や除雪をしている人だ。

ぼくは人の姿を見て少し安心した。

ぼくはオジサンに聞いてみた。


「あの、すいません。六歳くらいの男の子見ませんでしたか? 赤いTシャツと白いハーフパンツを着た子なんですけど」


「あなたのお子さん?」


「いえ、違います」


「もしかして、かくれんぼしよって誘われた?」


「ええ」


「そうか・・・・・・見つけなくてよかったね」


「え? どういうことですか?」


「見つけたら今度はその子が鬼になるんだよ。本当の鬼にね・・・・・・」


「え? え?」



「もーーいーーよ!!」


どこからか少し怒ったような男の子の声が聞こえる。

ぼくはその声で男の子がどこに隠れているのか気づいた。

ぼくが数を数えていたベンチの真下にいた。灯台もと暗しというやつだ。


ベンチの下から鬼のような形相でこちらを睨みつける男の子と目が合った。

管理人のオジサンが叫ぶ。


「いかん!! 早く逃げろ!!」


ぼくは訳も分からないまま、言いようのない恐怖を覚えて走り出した。


後方から「うわあぁ ぁ ぁ ぁーー!!」という叫び声が聞こえる。


逃げながら後ろを振り返ると、正体を現した身の丈八尺はあろうかという筋骨隆々の赤鬼が、転倒したオジサンの足首をつかんで空高く持ち上げ、まるで炙ったスルメでも裂くように、おじさんの身体を勢いよく真っ二つに引き裂いた。


鬼は一瞬でムクロと化したオジサンを手放すと、ドン!! ドン!! と地面を激しく踏み鳴らしながら鋭い牙をむいてぼくに迫ってくる。

鬼の一歩は大きく、見る見るうちに距離が詰まる。



鬼の鋭いカギ爪がぼくの背中に触れた瞬間、ぼくは悪夢から目覚めた。


ふいにベンチの下から赤いTシャツの男の子が飛び出してきてこう言った。


「ねえねえオジサン、かくれんぼしよーー」



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