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SS【トイレからの脱出】


引きこもりの妹は今日も脱出ゲームにハマっている。

いつも家に閉じこもっているのに、ゲームの中でまで閉じこもってどうするのかと、ぼくは妹のポテチを食べながら思った。

ポテチはたくさんあるから気づかないだろう。

ぼくの思うに脱出ゲームをするということは、外の世界への憧れや、ここから抜け出したいという気持ちがあるのかもしれない。

今日はぼくの仕事が休みだし、ちょっと奮発しておいしいランチでもごちそうしてやろう。

ぼくはトイレの便座に腰を据えながら思った。

それに今日は楽しみもある。密かに注文しておいた大好きなマカロンが届く日だ。



「ガタッ!!」


ぼくはトイレから出ようと扉を押したが、何かに引っかかり三センチほどしか開かない。

おかしい。入ってきた時は扉の前に何も無かったはずだ。

扉はいくら押してもびくともせず、扉の隙間からは洗面台に置きっぱなしになった歯ブラシしか見えない。昨日捨てたぼくの歯ブラシによく似ている。持ち手がアイスの棒のようにペラペラに薄い歯ブラシだ。

いったい扉は何に当たっているのだろう?

ぼくは三センチほどの隙間から、扉の前を覗いた。

色々な高さと角度から覗いているうちに、扉の前にダンボール箱が二つあることに気づいた。

段ボール箱には、野菜百日これ百本と書かれている。

先ほど届いた野菜ジュースだ。妹がジャンクフードばかり食べるので、気をつかい買ってやったのだ。

後から部屋へ持って行こうと思い、玄関に置いたままだった野菜ジュースの入った重たい段ボール箱が、なぜか今、扉をふさいでいる。

ぼくはすぐにピンときた。

これはポテチを食べられたことに気づいた妹の逆襲だと。

今は家にぼくと妹しか居ない。まさか窓からお隣さんに救援要請するわけにもいかない。

隣の奥さんは走る宣伝カーと呼ばれていて、あっという間に町中に知れ渡ることになる。



ぼくは何か違和感を覚えた。

野菜ジュースの入った段ボール箱二つは確かに重い。しかし扉が開かないほどだろうか? それくらいなら強引に押し開けれる気がする。

ぼくはもう一度便座に座った。

すると視線の先の扉の隙間から丈夫そうなヒモが見えた。

どうやら外側のドアノブと、洗面台の横の壁に付けてある大きめのS字フックがヒモで結ばれているようだ。

ぼくの鼻毛を切るハサミがかけてあるフックだ。

これでは開けられない。力技で開けられないこともないが、ここは妹との知恵比べに勝利したい。

その時、玄関のチャイムが鳴った。

今はそれどころではない。


そうこうしているうちに便意をもよおしてきたぼくは、今置かれている現実を少しの間だけ忘れ、スッキリとした。

紙が無い。

タンクの上に二段積みしてあったトイレットペーパーを取ると、その間にザラザラした紙のような物が挟まっていた。

荒めのシートペーパーだ。

180と書かれている。


「そういうことか・・・・・・」


ぼくはそう呟くと、扉の隙間から指を出して洗面台に置かれたペラペラの歯ブラシを引き寄せた。

ぼくはトイレの中で歯ブラシの持ち手をシートペーパーで斜めに削り刃を作った。

それから扉を押して、ヒモをピンと張った状態にして刃を何度も擦り付けるように動かし、ヒモを切った。


妹の仕掛けた脱出ゲームをクリアしたぼくは、悠々と自分の部屋へ凱旋した。


しかし、ぼくの目に映ったのは、トイレに閉じ込められている間に届いたぼくのマカロンを、ニヤニヤしながら食べる妹の姿だった。


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