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SS【監視カメラ】


小学四年生のハナちゃんはいつも不思議に思っていることがあります。

通学路から五十メートルくらい離れた所にある古びたアパート。その二階の端の部屋の窓から、いつもお爺ちゃんが見ているのです。

ハナちゃんが登校する時も下校する時も、ハナちゃんがいつも通る信号の無い横断歩道の方をジッと見つめています。生徒たちの中にはそんなお爺ちゃんのことを監視カメラとやゆする者もいました。


噂では、もともと小学校の先生をしていたけど、定年退職してからは話し相手がおらず引きこもっているとか。

今ではボケて窓からボーーっと外を眺めていることが多いというのです。お母さんは何か知っている様子でしたが、なぜか教えてくれませんでした。


ハナちゃんはお爺ちゃんが居るか確認するのが日課になっています。


毎日お爺ちゃんを見ていると気づきもあります。

生徒たちが歩いている歩道に、交通ルールを無視した自転車が猛スピードで進入してきた時は、窓から身を乗り出して見ていました。

あの反応はボケているのではなく、五十メートル先の歩道の状況をリアルタイムで把握できているのでは? とハナちゃんは思いました。

お爺ちゃんが窓から信号の無い横断歩道を見ているのは何か意味があるのではとも思いました。


ある日の早朝、挨拶運動のためいつもより早く登校していたハナちゃん。

しかし、例の信号の無い横断歩道で事故が起こりました。

ハナちゃんの目の前を歩いていた中学生のお兄さんが、横断歩道を渡り始めたくらいで暴走車にはねられたのです。

車は止まりもせず、そのまま逃走しました。

時間が早いこともあって周囲には人はおらず、ハナちゃんがお爺ちゃんのアパートの方を見ると、こんな時に限って姿が見えません。

はねられたお兄さんは五メートルくらい飛ばされて、歩道の植え込みの上で仰向けに倒れています。意識はありますが、ケガの痛みで身動きがとれないようです。

ハナちゃんは突然の出来事にうろたえていると、誰かが駆け寄ってきました。


お爺ちゃんです。

お爺ちゃんは見ていなかったのではなく、部屋を飛び出し走ってきたのです。

すでに通報していたようで、救急車とパトカーもすぐにやってきました。

現場は人通りも車の通行量も少ない場所で、監視カメラもありません。

ハナちゃんは気が動転して車の色さえ思い出せませんでした。

しかしお爺ちゃんは警察の人に、まるで監視カメラの映像でも残っていたかのように、事故の状況、車の色、車種、ナンバー、車のスピード、どんな人が運転していて同乗者がいたかまで説明しています。


後日知った話では、はねられたお兄さんは足の骨を折る大ケガを負ったものの、命に別状はなかったようです。


お母さんの話では、お爺ちゃんは定年してようやく老後を楽しむという時に、あの信号の無い横断歩道で奥さんをひき逃げ事故で亡くされたそうです。あと少し病院へ搬送されるのが早かったら助かったらしいとも教えてくれました。


それから数年経った今でも、アパートの窓から事故現場を毎日のように見つめるお爺ちゃん。



今日も信号の無い横断歩道を渡り、登校するハナちゃんや他の子どもたち。

監視カメラはその様子を静かに優しく見守っています。


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