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散文【勇気を忘れない】688文字


昭和六十年、冬。携帯電話が普及する前の時代。

当時小学生だったぼくの元へ送られてきた、送り主不明の一通の手紙。



これは不幸の手紙です。

これを読んだ人は三日以内に同じ文面の手紙を四人に送りなさい。そうしないと想像を絶する不幸が訪れます。



ぼくは得体の知れない相手からの手紙に心の底から震え上がった。

こ、怖い・・・・・・。

お父さんが家出し、お母さんが急用で実家に帰っているタイミングでなぜこんな手紙が送られてきたのか?  


ぼくは考えた。

三日以内に送れとは、三日以内に投函すればいいのか? それとも三日以内に相手に届かないとダメなのか? あるいは相手が読まないとカウントされないのか? ぼくは完全に相手の術中に陥っていた。

とりあえず四人に送ればぼくに不幸は訪れないのかもしれない。でも本当にそれでいいのか?

ぼくが送ることで不幸は広がり、世界中の人々が苦しむことになるかもしれない。(そんなわけはない)

ぼくは習ったばかりの掛け算で、四人に手紙を送ってから一ヶ月後までのシュミレーションを試みた。

投函してから届くまでを二日とし、一人が四人、四人がそれぞれさらに四人と、新聞広告の裏を使って計算しようとしたが、算数0点のぼくでは計算できなかった。


とにかく誰かが止めないと不幸の連鎖は止まらない。その晩は手紙が気になりなかなか寝付けなかった。


翌朝。ぼくは勇気を振り絞り、お母さんに捨てるよう頼まれていたゴミ袋の中に、不幸の手紙を押し込んだ。



それから数十年の年月が流れた。


結局ぼくに不幸が訪れたのかはよく分からなかった。

ただ一つ言えるのは、ぼくは大人になった今でも、あの時の勇気を忘れてはいない。


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