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SS【石の村の英雄】


絶対に開けるなとか、絶対に見てはいけないと言われると余計に気になるのが人間というものだ。

旅の途中で立ち寄った村は、ある日とつぜん、外に居た人々が石のように固まり動かなくなってしまったという。

まるで時が止まったかのように、ある人は立ったまま、またある人は座ったまま、倒れた状態で固まっている人もいたらしい。

心臓はすでに動いていないが何週間経っても腐らず、今にも動き出しそうな気配すらある。

しかし風が吹いても雨に濡れても動くことはなかった。

この場所は恐ろしい呪いをかけられた村として人々に恐れられ、今や近寄ろうとするのは一部のオカルト好きだけだ。


ぼくは引きとめる人々を振り切って村中を歩き回った。

建物の中も調べたが、すでにどこも人の気配は無い。

もしこれが未知のウイルスによるものならば、ぼくも危ないのかもしれない。ただぼくには解せなかった。

ぼくの得た情報では前触れも無く、とつぜん同じタイミングで外に居た人々が動かなくなったという。

それが本当なら病気とかではなく、もっと神がかった奇跡が起こったに違いない。


食料品を売る小さな店の前で、生き残った一人の男の子を見つけた。まだ六歳くらいだろうか。

聞けば一緒に居た母親と店の外に出ようとした時、先に出た母親がとつぜん石のように動かなくなってしまったという。

男の子は腐りかけた果物をにぎっている。

ぼくは自分のリュックに入っていた水と食料を分けてあげた。

すると男の子はぼくに鍵を見せてこう言った。


「この鍵をどう使うかはオジサンの自由だよ。ぼくには必要ないからあげる」


なんの鍵か聞いても教えてくれなかった。

男の子の表情は、まるでそのうち分かるとでも言うふうにも見えた。

ぼくは男の子に「ここに居て」と言ってもう少し村の中を探索することにした。


ぼくは村外れの教会までやってきた。

ここで手がかりが無ければ男の子を連れて村を出ようと思った。あの子を保護してくれる人の所へ連れて行かなければいけない。


教会の地下室に降りてきたぼくは、開かない扉の鍵穴に無意識のうちに先ほど男の子に貰った鍵を差し込んで回した。

扉を開き、最初に目にとまったのは、大きなレバー。

まるで線路の進路を変える分岐器の切替レバーのようだ。


何かと繋がっているようにも見えない。これはなんだろうか?

レバーは大きく右に倒れている。

これを左に倒すと何か起こるのだろうか?

ぼくは男の子の意味深な言葉を思い出した。


それから十秒ほど考えた後、レバーを力いっぱい左に倒した。

すると次の瞬間、ぼくは身体が硬直し、そのまま石のように動けなくなった。ぼくの時は止まり、意識だけは残った。


一方、村の外では石のように固まっていた人々が動き始めた。

外に居た村の人々の止まっていた時間が、再び音を立てて刻まれ始めたのだ。


男の子は教会の地下室までやってくると、石になったぼくを見て祈りを捧げた。

村を救った英雄の話を聞いた村人たちは、ぼくに祈りを捧げると、二度と誰も入れないように地下室を埋めてしまった。


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