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SS【独り言ラジオ】


お父さんの遺品整理をしていると、古びたラジオが出てきました。

黒色でサイズはお弁当箱くらいです。

持ちやすい折りたたみ付きの持ち手も付いています。

ぼくは小学校の夏休みに嫌々行っていたラジオ体操を思い出しました。


電源スイッチを入りにしてアンテナを伸ばしました。

このラジオ、何か変です。

周波数を合わせるツマミはあるのに数字が表示されていません。でも同調と書かれたランプはあります。

それだけではありません。

バンド切替スイッチらしきものはありますが、そこには、FMとかAMではなく、ネガティブとポジティブと書かれています。

もはや意味が分かりません。

ちなみに今はネガティブの位置になっています。


ボリュームのツマミを回すと「ザーー」っというノイズが聞こえてきました。

どこか適当に周波数を合わせようとツマミを回すと、同調ランプが赤く点灯し、ボソボソと声が聞こえてきました。


「俺はなんてダメな奴なんだ・・・・・・。今までゲームや宝くじに使ったお金を貯金や投資に回していたら・・・・・・」


いったい何の番組だろう? ぼくは思わず苦笑いしました。

そしてすぐに「ザーー」というノイズに変わってしまいました。

ツマミを回すと、再び同調ランプが点灯しました。


「サービス残業ばかりさせやがって。こっちは金にならないことは一秒もお断りなんだよ!!」


ぼくはこれが放送というより、間違って誰かの声が電波に乗ってしまっているのだと思いました。

こんなネガティブな独り言だけを流す放送なんてありえないからです。


バンド切替スイッチがネガティブになっているからかもしれないと思ったぼくは、試しにポジティブに切替てみました。

ツマミを回すと同調の赤いランプが光りました。


「今日は色々とやらかして疲れたな。でもおかげて収穫も多かった。思い切って挑戦して良かったわ」


今度はポジティブな独り言が聞こえてきます。

更にツマミを回すと同調ランプが光りました。


「結婚祝いをこんなに貰えるとは想像を超えていたよ。これならお返しをしても、お祝い金だけで新婚旅行に行けそうだ。ぼくはついてる!!」


これはもしかして凄いラジオなんじゃないのかと、ぼくは興奮してきました。


バンドスイッチを再びネガティブに切替ると、今度は悲痛な独り言が聞こえてきました。


「どうしよう・・・・・・ショルダーポーチのチャックが壊れて開けっぱなしになってたから財布が落ちたんだ。あの中にはキャッシュカードにクレジットカード、それに現金が五万円も入っているのに・・・・・・」


ぼくはそれはキツイなと思いました。きっと中身だけ抜き取られて捨てられるパターンです。最近は不景気のせいか治安が悪化していますし、その日暮らしの人も増えています。

そんなぼくも余裕があるわけでもなく、今日も半額のお弁当目当てにスーパーへ向かうことにしました。

信号待ちをしていると、前から三十代くらいの男がスーツケースを引きながら歩いてきます。

男は周囲をキョロキョロしながら困った表情です。

何やら「最悪だ!!」と独り言も言っています。


ぼくはピンときました。

例の五万円入りの財布を落とした人かもしれないと。

なぜならショルダーポーチのチャックが半分以上開いていたからです。

ぼくは思い切って声をかけました。


「どうされました? 何か落とされたんですか?」


「ええ、実は財布を落としまして。歩いてきた道を何度も往復して探しているんですけど見つからなくて」


「どんな財布ですか?」


「蛇皮の大きな財布でファスナーで開け閉めするタイプです」


男の目は半分死んでいます。生きた心地がしないとは、このことでしょう。


土地勘のあるぼくは近くに交番があることを思い出し、電話をかけて聞いてみました。

今日はついていました。


「近くの交番に聞いてみたら、それっぽい物が届いているみたいなんで案内しますよ。中身も無事っぽいです」


男の目に光が戻りました。


ぼくは交番までその人を案内すると、ふたたびスーパーへ向かって歩き始めました。予期せぬ寄り道で思った以上に時間が過ぎ、このままではお弁当争奪戦に参加できないかもしれません。

やはり狙っていたトンカツ弁当はすでに売り切れていました。

惣菜コーナーも空っぽで、今夜はカップ麺になりそうです。


少し物足りなかったものの、いいことをした後のカップ麺は、いつもよりおいしく感じました。

スープをぜんぶ飲み干すと、ぼくはラジオをつけました。


バンド切替スイッチはポジティブにしました。

ツマミを回すと、すぐに同調ランプが光りました。


「今日の私はなんてついているんだ。大金入りの財布を落としたのに、親切な人が拾って交番に届けてくれていたし、困っている私のために最寄りの交番に電話をかけて聞いてくれる人もいた。何かお礼がしたかったな」


そしてノイズに変わりました。


でもその人は知りませんでした。

そのポジティブな独り言こそが、何よりぼくへのお礼になっていたことを。


今日もぼくは見知らぬ誰かの独り言を聞きながら、人生の憂鬱と人情を噛みしめています。


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