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SS【ハロウィンの夜に】


年に一度、この日だけは誰しもこのイベントを楽しむ。

お店には雰囲気を盛り上げようと飾り付けがされ、子どもたちは魔女やお化けに仮装して、お菓子目当てに家々を訪れる。



かなり短くカットされ、針金のように生える白髪に彫りの深い顔。

全体的にやつれた年輩の男は、頼りない足取りでコソコソと病院を抜け出した。

男は不治の病を患い、医師から余命三ヶ月の宣告を受けている。

今年が最後のハロウィンになるかもしれない。

しかし希望もあった。


医師の宣告した余命が一ヶ月を切った頃、男は豊かな財力を使ってある賭けに出た。

賭けとは自身を特殊な条件下で冷凍保存してもらい仮死状態になり、将来治療方法ができた時に蘇生し治療してもらうというもの。


男はハロウィンを蘇生希望日に選んでから冷たい眠りについた。



それから三十年という月日が流れ、男は息を吹き返した。

目覚めると一体のロボットが忙しく動き回っていた。

ぱっと見は人間とほとんど区別がつかない。男はこうなっていることを予想していたのですぐに人型ロボットだと気づいた。


四十代半ばくらいの設定だろうか。

容姿端麗な女ロボットは、男が起き上がるとこう告げた。


「お目覚めですね。私はAIパンプキンといいます。この施設の最後の生き残りで、管理者の一人です」


「最後の生き残りとはどういう意味だ?」


「二年前に人間たちが施設の中から居なくり、それからしばらくして外からの電気の供給も止まりました。予備の電力もそろそろ底を尽きそうです」


「病気の治療方法は見つかったのか?」


「新しい治療方法が発見されましたが、まだテスト段階で止まっています」


「そうか・・・・・・」


「私は何年眠っていたんだ?」


「今は、あなたが眠りについてから三十年後のハロウィンです」


男はそれを聞いて元気が出たのか「よし!! ちょっと外出してくる」と言って施設をあとにした。


男はこの日のために準備しておいた、作り物とは思えない精巧さのおどろおどろしいゾンビのコスチュームを身にまとった。



施設から一歩外に出ると、あちらこちらに仮装している人の姿が見える。

しばらく歩くと繁華街へ出た。


しかしどうも様子がおかしい。

道路にとまるバスや車の多くは窓ガラスが割れ、街灯に衝突したり縁石に乗り上げているものもあった。

なぜか走っている車は一台も見当たらない。


繁華街に入ってから人の姿は増えたが、よく見ると似たような仮装ばかりで会話が聞こえてこない。


眼球が飛び出し、足を引きずらせながら歩く者。

ちぎれかけた腕と、飛び出したハラワタを揺らしながら唸り声を上げて空を見上げる者。



男が長年見てきた中で、一番手がこんでいて不気味な雰囲気が漂うハロウィンだ。


そこには男が知っているしゃれた雰囲気の漂うハロウィンは無かった。


歩いているうちに辺りはすっかり薄暗くなってきた。

日没を迎えようとしてるのに街灯もビルや店の明かりも消えたまま。


男は歩き疲れたのか商店街のベンチに腰掛けて頭のかぶり物を外した。


するとすぐに、どこからか子供たちが集まってきた。

子供たちはゾンビの仮装をして、物欲しそうな表情で男を見つめている。


「あはは。残念だが私は何も持ってないぞ」


そう言い終わった時には子供たちが男に群がっていた。


食いちぎったほほ肉をクチャクチャ音を立てながら噛み、耳にかぶりつくとコリコリと音を立てながら食べた。

頭から下のかぶり物は剥ぎ取られ、辺りが真っ暗になる頃には骨さえも残っていなかった。



男がこの世で最後に味わった経験は、誰の目から見ても悲惨なものだったかもしれない。


しかし、すでに命の火が消えかけていた男にとって、薄れゆく意識の中で感じたのは苦痛だけではなかったようだ。


ハッピーハロウィン・・・・・・男は最後にそう言い残して笑みを浮かべた。


男は人類史上最後のハロウィンの夜を命日にすることができた。








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