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実証!戦略的思考で目標を達成する方法(体験談)

人生は一度しかない。やりたいことをやりきるためには戦略が必要だ。

戦略的に行動を決め始めたきっかけは、
僕の進んでいる道は険しかったんだと気づいたとき。
しかし、振り返るとそこには不器用ながらも
しっかりと目標に向かって歩いている自分がいた。
なぜ、失敗が続くのに、あきらめずに歩き続けることができ、
そして達成することができたのか。
答えは一つしかなかった。
戦略的思考を手に入れたからだ。
・進学
・就活
・婚活
・終活
の戦略の重要性について、体験談で書いていく。

■本記事のテーマ
目標を必達するための考え方を体験談でアドバイスする

■実証!戦略的思考で目標を達成する方法(体験談)

進学の戦略

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行きたい大学があった。でも、自分には難しい学校だった。
僕の学歴は長い。
中学、高校、予備校(新聞奨学生)、専門学校、短期大学、四年制大学を卒業している。
ついでにビジネススクールもだ(学歴コンプリートです)。
学歴が長い理由は、ズルをしてでも何をしてでも入りたいという執着心があったからだ。
だから、2回目標の大学に落ちたときに考えた。
「他の方法を試そう」と。
僕が取った戦略はブルーオーシャンを目指すという事だ。
一般受験で入れないなら、編入すればいいのではないか。
日本の大学生の常識だと誰も大学に入った後真面目に勉強なんてしないだろう。
であれば2年間追加で勉強を続け編入という倍率の低い方法で目指せばよいのだ。敵は少ないんだからさ。
ちなみに希望大学の倍率は当時8倍くらいだった。編入試験では2倍まで倍率が低下することを知っていた。
編入するのであれば、それまで通う学校では違う勉強をし、幅広い知識を手に入れよう。ついでに面白いプロフィールも。
そう考え専門学校でプログラミング、短期大学では経営を学んだ。
そして、一般教養科目を履修し、編入試験に合格することができ、目標の大学(学部)に入ることができた。
人より2年遠回りしたが目標は達成できた。

就職の戦略

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僕にはやりたい仕事があった。CMプランナーとコピーライターだ。
広告業界は今でもそこそこ人気はあるが、当時はものすごい人気で入ることすら難しいと言われていた。
さらに、僕の時代は労働が供給過多の状態だ。いわゆる就職氷河期というやつだ。
同級生で内定を持たないで卒業する人多数いた時代だ。
目標とした会社があった。業界大手だ。
倍率は200倍を超えたが、進学の時の成功体験があったから何とかなると思っていた。
200倍を勝ち抜くには工夫がいると思っていた。
まずは面接対策。それと実績を作るということだ。
面接は最高峰のレベルを知るためにテレビ局のアナウンサー試験を受けた。
周りのレベルにつられ、僕の面接スキルは大きく上がったが、もちろんアナウンサー試験に受かることはなかった。
次にテレビ局、新聞社の総合職を受けた。
人気職であったことと合わせて、癖のある面接であることを知っていた。それに広告業界にも似ていたからだ。
キー局、準キー局を多数受けた結果、最終面接までは行くが受からない。
なぜかは自分でもわからない。しかし、希望業界でもない為気持ちは前向きだ。
次に経営コンサルティングファームを受けた。
理由は広告業界と経営コンサルタントは似ていると考えていたためだ。
また、コンサルのロジカルな面接や経済・経営の情報を知っておくことはプラスに働くと考えたからだ。
結果、大手コンサル企業2社から内定が出た。
友人からは祝福され、教授からも就職を勧められた。
しかし、あくまでも広告代理店が目標だ。返答期限が来たたため辞退した。
そしていよいよ広告代理店。
アナウンサー試験での面接対応。マスコミ総合職での業界知識。コンサルファームのロジカルと経営課題に寄り添うというスタンス。
それと、大手コンサルファーム内定の実績。
これら戦略的に積み重ねてきた活動を通して多少の自身はあったのだ。
しかし、結果はダメだった。
しかもグループ会社も軒並み最終面接までは行くが「お祈り」されるばかりで内定が出なかった。
戦略がはまらなかった瞬間だ。
くじけそうになったが、諦めない。
ブルーオーシャンを狙う。大学進学で使った手をここでも使う。
僕はCMプランナーやコピーライターになりたい。
いずれもクリエーティブ業だ。
世の中のクリエーティブ業の代名詞は何だ?
映画監督、ゲームクリエーター、音楽レーベル・・・
美大生や専門学生が多く集まる業界であり、倍率はその分高まる傾向の業界だ。
その中で、自分の特性を最大に生かせる業界としてゲームクリエーターに焦点を絞った。
理由は大卒志望者が非常に少ない。それと、私自体がゲームがそんなに好きではない。
この二つを持って大手ゲーム会社を何社か受け3社から内定。
その中の一つ、大阪にある世界的なゲーム会社の企画職(ディレクター)として就職した。
そこから業務を通しクリエーティブの世界を学びつつ、同時に入社と同時に転職活動を開始。
結果としてゲーム会社入社から1年半後に中途採用で目標の会社に入ることができた。
同期は中途の年上の先輩方ばかりだけど。遠回りしたけどね。

婚活の戦略

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理想の女性との結婚を目指していた。理想とするからには高嶺の花だ。
高嶺の花は自分とは文武不相応の女性であり、出会うこともままならない。
私の理想は経済的にも精神的にも独立している女性であるという事だ。
しかも、僕のコンプレックスを包括して打ち消してくれる人であり、
僕と同じ世界にはいない、新しい価値を与えてくれる存在を求めた。
医者である。
小学校、中学校、高校と僕がやらずに後になって後悔した勉強を
青春の真っただ中遊ばずコツコツと勉強に取り組んだ。
忍耐力と先行投資の意義を知っている人達、、、だと思っている。
医者はなかなか出会えない。理由は後でわかったことだが、活動を始めたときにはわからなかった(医師と結婚する方法のメソッドはいずれ記事にします)。
そこで、すぐに結婚相談所に入った。
結婚相談所にはバツイチや高年齢の方が多いという事を知っていた。
当時私は32歳。年収もそこそこあった私のニーズは高かった。
しかし、なかなか理想の医者に出会うことはできなかった。
理由は明確で、私は相手にルックスも求めていたからだ。経済的に、精神的に独立したルックスの整った人、、、高嶺すぎると思ったが妥協はしない!
僕の理想の女性は世間的に限定品のように高いニーズがあり、僕ぐらいの一般人がどうかできるとかいうレベルではないのだ。
まさにレッドオーシャンだ。
では、諦めるのか?
諦めない。まずは自分を分析し、強みと弱みを把握する。
そして婚活市場におけるチャンスをつかみ取ることに集中した。
僕は相手にも初婚を求めていた。理由は・・・・特にない。
この事実に気づいたときに、それを条件から外してみたらどうだ。
該当する人は増えた。
ブルーオーシャンだ。
つまり、市場が小さいのであれば、コアコンピタンスを見直しターゲティングをし直せばよいのだ。
このことにより、市場規模は2倍に広がった。
また、広がった市場は初婚の私にとっては非常に優位な市場だったのだ。
結果、理想の女性と結婚することができた。
当初の価値観からは少し変わったけどね。


終活の戦略

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過去大きな3つの活動の目標を達成してきたことで僕の中で確固たる考えがまとまっている。
「努力すれば絶対に報われる。報われない人は工夫をしていないだけであり、目標を簡単に手に入れようとしているだけだ」
諦めなければすべてをなすことができる。絶対に。
諦めることを「大人の選択」と簡単に片づけることはできないし、そんな人間いはなりたくない。
僕には夢がある。
「宇宙に行った後、日本、ハワイ、モナコを友人、知人、家族と渡り歩きながら生活をし、ハワイのノースショアに年に一回来るジョーズというビッグウェーブにサーフィンで挑戦し、乗れた時の興奮で脳梗塞を起こし、そのまま波の上で死ぬ」という事だ。
無理だという人もいるが、まだあきらめていないし、達成に向けて一歩一歩進んでいると実感している。
人生は一回しかない。あきらめたらそこが人生のゴール地点となる。
僕は今の自分じゃ到底満足して死ぬことなんてできない。
常に夢をアップデートしながら、理想の死に方を求め続けたいと思う。
もうアラフォーだ。急がなきゃ!!!

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