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村上春樹流、文章をうまく書くコツも。『みみずくは黄昏に飛びたつ』

インタビューとして話を聞くというのはカンタンそうに見えてとても奥が深い。雑誌に掲載されている完成した文章だけを眺めると、ただ静かに川が流れるようになんの滞りもなく、事前に共有してある質問をなぞっているだけなのだろうと思うかもしれない。

もちろんいろいろな制約があるせいで、お決まりのパターンになってしまうこともあるだろう。けれど読んでいて本当におもしろいと思えるインタビューの裏にはとてつもない事前準備があったり、話し手の敵にならなければならない瞬間もある。単にうんうんと話を聞いているだけだと、あとで文章にしたときにどうしても埋まらない穴ができてしまったりするのだ。

世の中のインタビュアーが怠惰であるなんてことはまったく思っていないのだが、条件が揃わないとなかなかいいインタビューにならないというのが難しいところである。

けれども2017年5月に発売された『みみずくは黄昏に飛びたつ』という、タイトルだけでは内容がうかがい知れないインタビュー集は文句なしにおもしろいものに仕上がっていた。

『乳と卵』での芥川賞の受賞をはじめとして、多くの賞を受賞されている川上未映子さんが、『騎士団長殺し』を世に出した村上春樹さんと対談している。そこではこれまで誰も訊き出せなかった言葉を引き出すことに成功しているのだ。

インタビューがいいものになった3つの理由

川上さんがインタビュアーとして最適であった理由は3つ。

・期待する答えが訊けるまでしつこく追いかけ回す姿勢
・短編、長編に限らず信じられないほど著作を読み込んでいる
・川上さんが作家である

「村上春樹」といえば、毎年ノーベル文学賞の候補として名前をあげられる(本人は相当に迷惑がっているようだけれど)超大物の作家である。並みのインタビュアーであったら、気を悪くしないようにあまり深いところまで突っ込んで話を聞くことはできないだろう。

しかし川上さんはちがう。たとえば、「小説の細部については意味を考えて書いていない。勝手に生まれてくるものだ」というようなことを村上さんが言う。それに対して、「え?それって本当ですか?実は何か意図してやっているんじゃないですか」など野犬が幼い子どもを執拗に追いかけ回すように追求するのだ。この姿勢を終始貫いていることで、より深いところまで議論が掘り進められている。

加えて、事前に村上春樹さんの著作を読み込んでいることがうまく働いている。ふつうのファンであったら忘れてしまっているような短編の登場人物が、どんな人となりだったのか、みたいなことがスルッと口から出る。(もちろん手元に資料はあったのだろうけど) むしろ書いた本人の方が覚えていないことが多いくらいだ。

村上春樹流、うまい文章を書くコツ

川上さんは自身も世の中的に評価されている小説家であるため、創作についての話もより実践的なものになっている。なるほど、と特に気に入ったのは文章を書くコツの話。

まず1つめは人物描写について。

「ふつうの会話だったら、『俺の話聞こえてんのか』『聞こえてら』で済む会話ですよね。でもそれじゃドラマにならないわけ。『つんぼじゃねえや』と返すから、そのやり取りに動きが生まれる。単純だけどすごく大事な基本です」とある。

これは僕の拙い理解で言い換えると、登場人物が生きてしゃべっているように書くということだと思う。あまり慣れていない人が文章を書くと、自分の語彙で小説の登場人物のセリフを埋めてしまう。けれども登場人物があたかも自立して話しているかのように書くと、話が前に進む。こういうことではないか。

2つめのコツは、比喩で「へぇ!」と思わせる技術。

「もし『私にとって眠れない夜は稀である』だと、読者はとくに何も感じないですよね。普通にすっと読み飛ばしてしまう。でも、『私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい』というと、『へぇ!』って思うじゃないですか。『そういえば太った郵便配達人って見かけたことないよな』みたいに。それが生きた文章なんです。そこに反応が生まれる。動きが生まれる。」

定型的な文章を書き連ねても、読者は退屈である。そこにハッとするような比喩を少し混ぜることで簡単には読み飛ばされないようになるという。はじめは誰かの表現のマネしかできないかもしれないけれど、周りをじっと観察して言葉にしているうちに、自分なりの表現がある日ふと浮き出てくるのかもしれない。

長くなってしまいましたが、本書『みみずくは黄昏に飛びたつ』は村上春樹ファン以外でも文章を扱うのが好きな人にとってはとても楽しめると思う。村上春樹さんと川上未映子さん、この2人の組み合わせを思いつき、実現した柴田元幸さん(あるいは『MONKEY』編集部のどなたか)が素晴らしい。もう本当にありがとうございます。

▶︎みみずくは黄昏に飛びたつ

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