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神は人を通してこの世を変えようとしている。|漫画『チ。―地球の運動について―』

硬化を捧げれば、パンを得られる。
税を捧げれば、権利を得られる。
労働を捧げれば、報酬を得られる。
なら一体 何を捧げれば、この世のすべてを知れる――?

第1巻

15世紀前半、P王国某所。
C教が権力を持ち、彼らの思想に反するものは異端とされ、拷問、処刑が横行する時代。

一人の少年から話は始まる。

神童と呼ばれていたラファウは、1人の異端者と出会う。

2度捕まれば即死刑。

しかし、異端者は自らを学者だと言い、誰に何を言われても研究を捨てるつもりはない、と言う。

異端者はラファウに天文学び、彼に観測をするように脅迫する。

観測地へやってきたラファウは、星空の下、“禁じられた研究”とは何かを異端者に問いかけた。

異端者は答える。

「私の宇宙では、地球は2種もの運動をしている。そこでは、太陽は静止し、
バラバラだった惑星は連鎖して動き、
宇宙は一つの秩序に統合され、
常識は覆り、C教は激昂し、
“美しさ”と、“理屈”が落ち合う。」

第1巻

地球は動いている。

太陽を中心に、地球は、動いている。

ラファウはそれを否定しようとして、――気がついてしまった。

「あんな巨大な天が、一つの発想で、
こんなに合理的に、動いてしまったら、
この説を、
美しいと、思ってしまうッ!」

第1巻

それは、神が描いた美しい宇宙。

『地動説』と呼ばれる、これから、数多の人たちが命をかけて解き明かされる、神への挑戦。

命を天秤にかけても、抑えられない“知”への欲求。

「でも、そんなのを、“愛”とも言えそうです」

第1巻

作者は25歳の若手漫画家

作者は魚豊。(読みは“うおと”)
2017年『佳作』で商業誌デビュー。
初連載作品『ひゃくえむ。』を経て、本作が2作目の連載作品。

出版社は小学館。
掲載誌はビックコミックスピリッツ。
レーベルはビックコミックス。

本作は2020年から2022年まで連載。
コミックス全8巻。完結済。


価値観が変わる瞬間を刮目せよ

この物語の全ては、1巻の表紙の絵に集約されているように思う。

少年ラファウは一心にアストロラーベを見つめている。
首には、絞首刑の縄がかかっていようとも。

足元の影から、既に彼の刑は執行されている。

それでも。
死してもなお、彼は星を観測することをやめられないのだ。

この作品で伏せられているP国はポーランド、C教はキリスト教、H派はフス派(プロテスタントの前身)だと言われている。

「それでも地球は動いている」という名言を残した天文学の父・ガリレオガリレイはイタリア人だが、その彼よりも先に地動説を説いたコペルニクスはポーランド人だ。

つまり、この物語はポーランドのコペルニクスに辿り着くまでの、名もない、異端者とされた、天文に魅入られた者たちの話である。

「すでにこの世は非道徳的なことで溢れ返っていませんか?
そういう世界を変える為に、
何が必要だと思いますか?
知、です。」

第4巻

しかし、知を望めば、神に背くことになってしまう。
また、知を求めても狭い世界では行き詰まってしまう。

「第三者による
反論が許されないなら
それは ――信仰だ。」

第4巻

人が変わり。時代が変わり。
細い糸を手繰り寄せるように。
誰かが積み、異端とされ壊された“知”の塔の瓦礫を。
また、他の誰かが拾い上げ、そっと積み上げる。

彼らは『地動説』という“知”以外には生い立ちも、目的も、何もかも違うのに。

ヨレンタは、それを“神の意思”だと語る。
神は“この世にある悪を善に変える”為に人を通してこの世を変えようとしているのだと。

「とどのつまり、人の生まれる意味は、
その企てに、その試行錯誤に、“善”への鈍く果てしないにじり寄りに、参加することだと思う。」

第7巻

そして。
誰かが死んでも、“知”と“感動”は誰かの心に残り、その小さな種が芽吹き、誰かが、また、夜空を見上げる。

「この世のすべてを知る為に、
何を捧げればいいかなんてわからない。
けど、秘匿も排除も、有効じゃなかったことは確かだ。
僕らは足りない。
だから補い合える。
そうじゃなきゃこの世界には挑めない。
人間は…“社会的な動物”だ。」

第8巻

今日、地動説は定説となったが、それでも、まだ私たちはすべてを知るには至ってない。

神への挑戦はまだ、続いているのだ。


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