『ジョジョ・ラビット』 ナチスを描いた作品たち

 先日アカデミー賞にもノミネートされている『ジョジョ・ラビット』を鑑賞してきました。弱虫で周囲からいじめられ、イマジナリー・フレンドのヒトラーを持つ少年ジョジョが、密かに匿われていたユダヤ人の少女との交流を経験して成長していく物語です。The Beatlesのドイツ語版 I Want To Hold Your Handsが流れ、少年の弾けるような感情が描かれるオープニングから、エンディングまで、無駄なカットが一つもない素晴らしい映画だったと思います。

 しかし多くの人がナチスドイツに関して、「ヒトラーをリーダーにユダヤ人を虐殺した悪い政権」くらいの印象しかない人が多いのではないでしょうか?
 そこで、ナチスドイツとはなんだったか、それを紐解くための作品を紹介したいと思います。


ナチスドイツとは何か

 ジョジョと同じように1920年代〜30年代のドイツは「いじめられっ子」でした。1918年にドイツは第一次世界大戦で敗北しました。国王ヴィルヘルム2世は亡命し、ドイツ第二帝国は崩壊しました。ドイツ領の一部であったアルザス=ロレーヌ地方はフランス領に、東プロイセンとの間の領土はポーランドに組み込まれました。軍備は制限され、戦勝国に破格の賠償金を要求されてしまいました。今まで自分たちがやってきたこととはいえ、領土を割譲されてドイツ国民は精神的な屈辱を受け、さらに絶対に支払い不可能な額の賠償金はドイツ経済に甚大な影響を与えて、とてつもないインフレーションとなりました。
 追い討ちをかけたのは世界恐慌です。世界的な大不況に、アメリカはニューディール政策、ソ連は五カ年計画、欧州諸国はブロック経済で立て直しを図ります。ブロック経済の仲間外れにされた「持たざる国」がドイツ、イタリア、日本などの国であり、ドイツ経済と国民のプライドは絶望的なまでに疲弊してしまいました。
 現代にも言えることですが、経済が疲弊すると人は大きなものにすがり、また不寛容になります。自分の身の回りに守ってくれる巨大な力や、自分の状況を悪くしているに違いない敵を探したくなるからです。

 そんな先の見えないドイツ社会に現れたのが、ヒトラー率いるナチ党でした。「ユダヤ人のような下等で下劣な民族が偉大なドイツ人を攻撃しているのだ!」という単純明快な主張を、宣伝相ゲッベルスの演出する演説によって繰り返し、疲弊したドイツ国民の心を掴んでいきました。1932年に、選挙によってフランツ・フォン・パーペン内閣を倒し、ヒトラーは首相に就任します。ヒトラーに全権限を与える全権委任法が国会で承認されると、ヒトラーはワイマール憲法を停止して、合法的に独裁体制を築き上げました。ドイツはナチスドイツ(第三帝国)となりました。
 政権を獲得した直後から、ヒトラーの迫害が始まります。ハインリッヒ・ヒムラー率いる秘密警察ゲシュタポによって、ユダヤ人迫害政策である「ホロコースト」、ロマ(ジプシー)迫害政策「ポライモス」、障がい者や精神疾患者を強制安楽死させた「T4作戦」、また同性愛者やスラブ人や黒人、前衛芸術家なども迫害も実行され、夥しい数の人が強制収容所に送られました。


第二次世界大戦

 1939年、ナチスドイツは西スラブ人国家のポーランドに侵攻しました。ナチスの外相リッペントロップとソ連の外相モロトフが結んだ独ソ不可侵条約の秘密協定によって、ポーランド西側をナチスが、東側をソ連が占領するという計画の元によって行われたものでした。ポーランドは瞬く間に占領されてしまいますが、終戦までレジスタンス運動が盛んに行われました。この侵略に対し、イギリスやフランスはナチスに宣戦布告し、第二次世界大戦が勃発します。
 ナチスはフランスや北欧、東欧諸国を次々に占領しますが、秘密協定を結んでいたソ連にも侵攻し、独ソ戦が始まります。モスクワの直前まで迫ったドイツ軍も、スターリングラード攻防戦に破れてから、各戦線で敗北を重ねていきます。敗北が決定的となり、ソ連軍がベルリンに迫るなか、ゲーリングやヒムラーといったナチ高官が連合国との交渉に入ります。しかし、ヒトラーは聞き入れず、ゲーリングやヒムラーの逮捕命令を下し、さらには、ドイツの技術や遺産が連合国に渡らないよう、ドイツ国内の生産施設の破壊を命じる焦土作戦を命令します。しかし、軍需相のアルベルト・シュペーアは「戦後の復興の足枷になる」と反対し、水面下でヒトラーの命令を妨害しました。このように多くの幹部が離反する中、ヒトラーは1945年4月30日に自殺し、数日後にドイツは降伏しました。


ニュルンベルク裁判

 ナチスの幹部たちはニュルンベルクで裁判にかけられました。未だにヒトラーやナチ党への忠誠を誓うゲーリング、リッベントロップらと、ナチス時代の反省とドイツの復興について語るシュペーア、ヒトラーユーゲント(子供にナチス式教育を施す施設)の指導者シーラッハ、ヒトラーの後継に任命されたデーニッツらの意見は激しく対立し、結果的に幹部10人が死刑となりました。ヒトラーとゲッペルスは逮捕前に自殺していた他、ゲーリングやヒムラーは執行前に自殺、ボルマンやアイヒマンなどの幹部は逃走しました。

 ナチスによって600万人を超えるユダヤ人他、少数民族や「劣等民族」とされた人たちが殺害されたことになります。


ナチスを描いた映画作品

 ナチスを描いた作品は数多くあります。戦時中、特に多くの死者を出したポーランドでは数多くの映画が制作されました。アンジェイ・ワイダ監督は抵抗三部作として『世代』(1955年)、『地下水道』(1957年)『灰とダイヤモンド』(1958年)を発表しています。中でも『地下水道』はナチスに追われて地下水道に追い詰められていくポーランドの人々の姿を悲哀とリアリズムに満ちて描いた傑作です。またワイダが2007年に制作した『カティンの森』は22000人のポーランド人の銃殺遺体がカティンの森で発見された「カティンの森事件」を描いています。戦後ソ連によって共産国家化されたポーランドは、この事件を「ナチスドイツの仕業である」としてきました。しかし、実際にポーランド人をカティンの森で虐殺したのはソ連軍でした。ワイダは2016年に亡くなるまで、大国に翻弄され続けたポーランドの激動の歴史に向き合い続けました。
 この他にもロマン・ポランスキーの『戦場のピアニスト』(2002)、ユダヤ人を地下水道に匿い続けた男を描いた『ソハの地下水道』(2011) など、ポーランドの映画は力作が多くあります。

 ドイツ国内にはキリスト教の精神に基づき、反ナチ運動やレジスタンス活動を行っている人たちが一定数いました。ミュンヘン大学でナチスに対する抵抗を呼びかけるビラを配り、最期はゲシュタポによってギロチンで処刑されてしまうショル兄妹の「白バラ抵抗運動」を描いた『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最期の日々』(2005)、軍内部のヒトラー暗殺計画実行者シュタウフェンベルク大佐をトム・クルーズが演じた『ワルキューレ』(2008)、単独でヒトラー暗殺未遂事件を起こしたゲオルク・エルサーの半生を描いた『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015)などもあります。
 その他、スピルバーグの『シンドラーのリスト』(1994)やタランティーノの『イングロリアス・バスターズ』(2009)など著名な映画監督も抵抗運動を描いていますが、ナチスについて一番わかりやすいのは、『ヒトラー〜最期の12日間〜』(2004)だと思います。ドキュメンタリーのように淡々とヒトラーとナチス幹部の様子を描いており、高い評価を得ています。


ナチスを描いた文学作品

 『ブレードランナー』(1982)の原作『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』などの作品で知られるフィリップ・K・ディックは『高い城の男』という小説を執筆しています。この小説はナチスと大日本帝国が戦争に勝利していたらという "if" の世界が描かれており、ヒューゴー賞を受賞しています。また、この作品に影響を受けたであろう作品として、テレビゲーム『ウルフェンシュタイン』シリーズがあります。ナチスが戦争に勝利した世界線でレジスタンス活動をする軍人の物語です。
 ヴィクトール・フランクルが終戦の翌年に発表した『夜と霧』は強制収容所の様子を克明に描き、実存主義に結びつかせた名著です。『夜と霧』はアラン・レネ監督に映画化され、『高い城の男』はリドリー・スコットが制作総指揮につきAmazon Primeでドラマ化しています。


手塚治虫『アドルフに告ぐ』

 手塚治虫先生が1985に発表した漫画『アドルフに告ぐ』はナチスを描いた作品の中でもっとも好きな作品です。手塚先生の作品の中でもとりわけ緻密に構成された作品であり、晩年の代表作として高い評価を得ています。

 ヒトラーはユダヤ人だったという機密文書を巡って、日本育ちのドイツ人の少年アドルフ・カウフマン、カウフマンと同じく日本育ちで幼馴染みのユダヤ人アドルフ・カミル、そしてナチスドイツ総統アドルフ・ヒトラーの3人のアドルフの運命が交錯し、翻弄されていく物語です。

 ヒトラーユーゲントに入れられ反ユダヤ主義者に染まっていくカウフマンとカミルの対立、さらにはゾルゲ事件や特高警察による思想弾圧、イスラエル建国とパレスチナゲリラまで、当時の1930年代〜1980年代の世界史的な出来事を俯瞰するように描かれており、現代史のとっかかりとしても優れた作品だと思います。
 作品自体は複雑ですが概して分かりやすく、人間味溢れるキャラクターと、先の読めない手に汗握る展開の連続の素晴らしい作品です。ラストに訪れるカタルシスは戦争や差別の虚しさを僕たちの心に刻み込む事でしょう。



また駄文を延々と書いてしまったのですが、目次を入れる術を身につけたので分かりやすくなったかな...

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