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#325 人は誰を人と定義するのか

 『アメリカ独立宣言』は、1776年に後の第三代大統領となるトマス・ジェファーソンによって起草され、十三植民地の代表が構成する大陸会議において若干の修正を施されたうえ、アメリカ市民と諸外国とに向けて布告されました。

「われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の諸権利を付与され、その中に生命、自由および幸福の追求のふくまれることを信ずる。また、これらの権利を確保するために人類の間に政府が組織されること、そしてその正当な権力は被治者の同意に由来するものであることを信ずる」


という文面は現代にも続く多くの差別に対する価値ある理念だと言うことができます。

 一方、アメリカでは長く奴隷制が存在し、制度の撤廃後も公民権運動を経るまで非常に長い差別の歴史がありました。

 私たちは誰を「人」だと思うのか?この問いがその根源的な問題であり、そして今もまた人が人と思わないような現実が存在します。私たちは自分と近しく、また親しい人を「一人のひと」として認識する一方、自分とは直接関係ない誰かをどこまで人として感じるのか。

 時としてそれが人種や宗教といった違いから生まれることもあれば、嫉妬や妬みから生まれることもある。学校という学びの場で最も大切にされるべきことは自分以外の誰もが大切な一人のひとであると認識することなのです。


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