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#299 「本当に話せる英語」とは?

 言語学習の歴史は他の教科のそれと比べれば赤子のようなもの。私が中高で受けた英語教育は、たった20年で「時代遅れ」の烙印を押されるほど、その授業スタイルは大きく変化をしています。

 日本の大学入試の問題形式が未だ学校教育における英語教育法に様々な制限をかけてはいるものの、それでも言語学習や脳科学の研究によって、その手法は英語学習をする上で、より効率的であり、効果的になってきているとも言えます。

 しかし英語ができるとは何かを定義することは客観的には難しい。英語能力とは、文法と語彙を基盤とした「話す・読む・書く・聴く」という4つの運用能力ですが、それがどのくらいどの程度できるのかという指針は非常に難しく、またそれが「英語能力」と直接関係あるのかどうかみたいな問題も含む。TOEICで900点取れる人でも、ほとんど会話することができない人もいるし、その逆もまた然り。

馴染み深い英検やTOEIC、TOEFL、iElts、Cambridge 英検、国連英検、GTECなど、今では英語能力を測る様々な「試験」が存在しています。検索エンジンで「英語試験 比較」と検索すれば私の知らない英語系試験(検定)がいくらでもでてくる世の中。それぞれの検定は、状況や意図によって「〜な英語力を測る」と謳っていますが、その多様性が増せば増すほど、「英語ができる」という言葉の曖昧性を強化することになる。

 先日、私が知らなかった英語試験をまた1つ知ることができました。

 VERSANTは、世界的に著名な教育企業・ピアソン社が開発した、オンラインの英語テスト。同社が開発した高度なAIが採点を行い、結果試験官の主観による偏りがなく、客観性の高い採点が可能と言われています。しかしやはり気になるのは「VERSANTは本当に話せる英語の証明」というHPの標語。

 もちろん受験者側が、その資格に向けて英語学習に取り組むこと自体は非常に良いことだと思います。点数が上がれば嬉しいし、英語学習に取り組むこと自体でシンプルに英語能力は上がるからです。しかしいかなる資格試験においても、それが自分自身の英語力の全てを表すわけではありません。英語教育に携わるものとして、その試験尺度にとらわれないことが大切だなと痛感をするのです。

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