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Decoding the Representation of Source Code Categories in the Brain of Expert Programmers

邦訳:エキスパートプログラマを対象としたソースコードカテゴリの脳情報デコーディング

幾谷吉晴

(アマゾンウェブサービスジャパン(株)
プロフェッショナルサービスコンサルタント)

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プログラミングの脳科学
脳情報デコーディング
fMRI

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【背景】プログラミング能力を有した人材の育成は世界的な重要課題
【問題】プログラミング能力がヒトの脳内でどのように実現されているか不明
【貢献】熟練度の高いプログラマーの脳活動に特徴的なパターンを発見

 日常のあらゆるものが電子化され,インターネットに接続される現代社会において,プログラミング能力を有した人材の確保・育成は世界的な重要課題となっています. 2019年4月に経済産業省が発表した,「IT人材需給に関する調査」では,2030年の日本において45万人のIT人材が不足すると予測されています.また,2020年から小学校でプログラミング教育が必修化されるなど,プログラミング人材の育成に対する社会的な意義や重要性がますます大きくなっています.しかし,プログラミングは人類の暦史においても比較的新しい活動であり,その能力がヒトの脳内でどのように実現されているかは,ほとんど分かっていません.

 わたしの研究は,「ヒトのプログラミング能力はどのように実現されているのか?」という疑問に対し,神経科学(脳科学)のアプローチから解決を試みるものです.特に競技プログラミングの能力に着目し,世界最大のプログラミングコンテストサイトの1つであるAtCoderにおいて,上位20%に位置する能力を持つプログラミング上級者10名,上位21〜50%に位置する中級者10名,プログラミング経験の浅い初心者10名を被験者として採用しました.そして,被験者がJavaで書かれたプログラムを読解しているときの脳活動を,fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)という脳活動計測装置を用いて調べました.

 その結果,前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数の脳領域の活動が,各被験者のプログラム理解能力の高さと関連することを発見しました.具体的には,脳情報デコーディング技術を応用し,実験時に提示されたプログラムの内容を被験者の脳活動パターンから読み取ったところ,前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数の脳領域における読み取り精度の高さが,各被験者のプログラム識別課題の正答率と有意に相関することが分かりました.この結果は,プログラミングへの習熟が特定領域の脳活動パターンの精緻化と関連する可能性を示しています.つまり,高いプログラミング能力を持つ上級者の脳活動パターンほど,プログラムの内容をうまく捉えられるように洗練されている可能性を示唆しています.

 本研究によって,上級者の持つ高いプログラミング能力が,前頭葉・頭頂葉・側頭葉にわたる複数領域の脳活動パターンの精緻化と関連している可能性が示されました.これまで曖昧で抽象的なものとして扱われてきたプログラミング能力を,具体的な脳領域の活動パターンと結びつけられたことは,IT人材育成やプログラミング教育の質の向上を考えていくための基礎的な知見として重要な意味を持つと考えています.

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■本研究成果に関する大学のプレスリリース
http://www.naist.jp/pressrelease/2020/12/007534.html

(2021年5月25日受付)
(2021年8月15日note公開)

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 取得年月日:2021年3月
 学位種別:博士(工学)
 大学:奈良先端科学技術大学院大学

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推薦文:(ソフトウェア工学研究会)
本論文は,プログラミングにおける初心者と熟練者の差異を脳活動の観点から初めて明らかにしたものである.特に,プログラミングという特定領域に特化するために微調整された「脳の皮質表現」上に,プログラミングの専門性が構築されるとする実験結果は,広くソフトウェア開発にかかわる人材育成への応用,貢献が期待される.


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幾谷吉晴

研究生活:わたしの博士研究は,これまで主としてソフトウェア工学分野で検討されてきた課題に対し,神経科学的なアプローチから解決を試みるという,非常に学際的なものでした.新しい研究分野を開拓し,前例のほとんど存在しない領域に足を踏み入れられることは,3年間ないしは5年間にわたり,研究活動に没頭することを許される大学院博士課程の醍醐味だと思います.本研究の実現にあたり,非常に多くの方々のご協力をいただきました.特に同博士論文における研究デザイン,MRIデータの収集と分析,および論文化に際し,神経科学の専門的な見地からご指導いただいた西田知史先生(NICT CiNet),西本伸志先生(大阪大学)に心から感謝いたします.博士課程在学中の長きにわたり,研究指導をいただいた奈良先端科学技術大学院大学の先生方,畑秀明先生(現 信州大学),久保孝富先生,池田和司先生,松本健一先生に,この場を借りて改めてお礼申し上げます.