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Noisy intermediate-scale quantum computation and its application

2021年度研究会推薦博士論文速報
[量子ソフトウェア研究会]

中路 紘平
(学術振興会特別研究員PD)

■キーワード
量子計算
量子コンピュータ量子力学

【背景】量子コンピュータ開発の飛躍的進歩
【問題】ノイズの多い量子コンピュータの社会実装に向けた課題解決
【貢献】ノイズの多い量子コンピュータにおけるアルゴリズム提案

 量子コンピュータ(Quantum Computer,以下QC)は,量子力学的原理を情報処理に利用したコンピュータである.従来のコンピュータ(古典計算機)が0, 1 を表すビットを情報処理の基本単位とするのに対し,QCは量子ビットを基本単位として用いる.古典計算機においては天文学的時間を要する因数分解・AI・量子化学計算等の問題が,QCを用いた情報処理(量子アルゴリズム)によって指数関数的に高速に解けることが理論的に示されている.以上の背景から,世界中でQCの開発が進められており,後述するノイズの問題がなければ,今後10年程度で(古典計算機では有限時間で解けない)実用的な問題を解ける規模のQCが開発できると予想されている.

 一方,実用化に向けてはQCにおけるエラー(ノイズ)の問題を解決する必要がある.QC内での処理は,演算回数が増えるほどノイズが積み重なり計算結果が歪められる.将来的にはエラー訂正技術によりノイズを消去できるものの,今後20年程度で開発されるQCではエラー訂正を使えず,計算結果はノイズに直に曝されてしまう.このようなノイズを直に受ける中規模QCをNoisy Intermediate-scale QC(NISQ)と呼ぶ.NISQにおいては,従来の量子アルゴリズムが,その多すぎる演算回数ゆえ動作しないため,社会的にインパクトがありかつNISQで答えを出せるような量子アルゴリズム(NISQアルゴリズム)の開発に注目が集まっている.

 本研究の貢献は,有望な3種類のNISQアルゴリズムを提案・検証したことにある.その中の1つを下記でご紹介させていただく.

 現在最も有望視されているNISQアルゴリズムは,変分量子アルゴリズム(Variational Quantum Algorithm,VQA)と呼ばれる手法であるが,これは,情報処理の過程(量子回路)にパラメータを埋め込み,そのパラメータを逐次的に更新することで,コスト関数を最小化する量子回路(最適量子回路)を発見する手法である.量子回路には特定の構造を持たせることができ,特にHardware efficient ansatz (HEA)と呼ばれる構造を持った量子回路が,最適量子回路を表現する能力(表現能力)の高さゆえに有望視されてきた.

 一方,2019 年にGoogle社の研究によって,HEAを使った場合,パラメータの更新が途中止まること(勾配消失問題)が理論的に指摘されており,VQAに暗雲が立ち込めてきた.その後,2020年に別のグループが,Alternating layered ansatz(ALT)を用いれば勾配消失問題を回避できることを理論的に指摘したが,果たしてALTがHEAと同様に十分な表現能力を持ち,VQAに利用可能かどうか分からなかった.

 本研究では,ALTの表現能力を調べ,ALTは勾配消失問題を解決できるだけでなく,HEAと同等の十分な表現能力を持つことを理論的に証明した.また,VQAにおいてALTを量子回路として使うことで,HEAよりも結果が良くなる例を世界で初めて示した.

 本研究によって,VQAが引き続き有望なNISQアルゴリズムであることを示すことができ,NISQの実社会への応用を加速したといえる.

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(2022年5月23日)
(2022年8月15日note公開)

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 取得年月日:2022年3月
 学位種別:博士(工学)
 大学:慶應義塾大学

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推薦文[コンピュータサイエンス領域]量子ソフトウェア研究会
近年ノイズの多い中規模量子コンピュータ(NISQ)の開発が盛んに進められており,世界中の研究者がNISQの応用方法に注目している.本博士論文は,金融,化学,AIの問題にNISQを効果的に用いる計算手法を提案/検証したタイムリーな内容となっており,その新規性,独創性が国際的に高く評価されている. 


研究生活
  量子コンピュータを使って新たなビジネスを作れないか,という動機で(社会人博士として)研究を始めました.ほどなくして,実用化(=新たなビジネスの創出)までには解決すべき課題が多くあり,一朝一夕にはいかないことを知るわけですが,そのころには,量子力学を使ったアルゴリズムを研究することの面白さにハマってしまい,当初の動機などすっかり忘れて研究に勤しんでいました.

研究開始とほぼ同時に新型コロナウイルスのパンデミックが発生したことで,オンラインの活動が主となり,雑談の中から生まれる研究がやりにくかったことはやや残念な点でした.ただ私が主に研究を行っていた,慶應義塾大学量子コンピューティングセンターでは,WebEx,Zoom,Slackなどオンラインでの研究行為をサポートする体制が整っており,指導教員の山本直樹先生も頻繁に議論してくださったことで,苦境の中でも楽しんで研究を進めることができたかと思います.