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Online Quantum Error Correction Using a Superconducting Circuit

2021年度研究会推薦博士論文速報
[量子ソフトウェア研究会]

上野 洋典
(日本学術振興会特別研究員PD(東京大学所属)/
ミュンヘン工科大学訪問研究員)

邦訳:超伝導回路を用いたオンライン量子誤り訂正についての研究

■キーワード
量子計算機
量子誤り訂正超伝導回路

【背景】量子計算機には誤り訂正が必須,超伝導量子ビットは極低温環境でのみ動作する
【問題】通常は室温で動作する誤り訂正機構と極低温環境の超伝導量子ビットの間の配線が膨大
【貢献】超伝導デジタル回路を用いて極低温環境で動作する量子誤り訂正機構を実現し,超伝導量子計算機システムの拡張性を飛躍的に向上

 量子計算機は量子力学の重ね合わせの原理を活用した計算機であり,素因数分解などの問題を高速に解けることが期待されているため,人類の計算能力の質的な向上を目指して世界中で盛んに開発が進められている.量子計算機において計算を行う素子である量子ビットは,通常の計算機(古典計算機)に比べて誤り(エラー)が生じやすい.そこで,量子情報を保持する複数のデータ量子ビットに加えて,データ量子ビットに生じた誤りの訂正に必要な情報を観測するための補助量子ビットをあわせて1つの誤り耐性を持つ量子ビット(論理量子ビット)を構成する,量子誤り訂正符号という枠組みが提案されている.代表的な量子誤り訂正符号である「表面符号」を用いた誤り訂正処理はグラフのマッチング問題に帰着されることが知られている.グラフマッチング問題は古典計算機で解くことができる.そのため,「復号器」と呼ばれるグラフマッチング問題を解く古典計算機と量子ビットを組み合わせることで,誤り訂正機能を持つ量子計算機(誤り耐性量子計算機)を構成できる.

 量子ビットの実現方法はいくつかあるが,集積可能性と設計自由度の高さから「超伝導量子ビット」が,現在の量子計算機素子の第一候補として有望視されている.超伝導量子ビットは極低温環境でのみ動作するという制約を持つため,極低温環境をつくりだす希釈冷凍機$${^{☆1}}$$の中で動作するのが一般的である.一方,誤り訂正を行う復号器は一般に室温で動作する.そのため,量子ビットと復号器をつなぐ室温─極低温間の配線が必要となる.量子ビットの数が増えるにつれてこれらの配線が膨大となり,実装が困難となるため,現状の超伝導量子計算機の拡張可能性はこれらの配線により制限されている.復号器を極低温環境で動作させることで異なる温度環境間の配線を低減できるが,極低温環境で許容される消費電力は非常に小さく,通常の復号器を極低温環境で動作させることは現実的ではない.

 本研究の前半では,極低温環境において高速・低消費電力で動作する超伝導デジタル回路$${^{☆2}}$$を用いて,復号器を設計した$${^{1)}}$$.これにより,極低温環境で動作する復号器を実現し,超伝導誤り耐性量子計算機の拡張可能性の向上を試みた.また,設計した復号器が十分高速に動作し,量子ビットの誤りの発生に追従してリアルタイムで誤り推定を行うことで蓄積を防ぐ「オンライン量子誤り訂正」を実行可能であることを示した.この手法により異なる温度環境間の配線を減らし,量子計算機の拡張可能性の飛躍的な向上が期待される.また,オンライン量子誤り訂正による量子ビットの誤り耐性の改善も期待される.

 本研究の後半では,前述の超伝導デジタル回路を用いた量子誤り訂正手法のさらなる拡張を試みた.すなわち,前述の手法を機械学習手法の一種であるニューラルネットワークと組み合わせることで,誤り訂正性能のさらなる改善を行った.また,誤り訂正を行う対象を単一の論理量子ビットから,論理ビット同士の演算へと拡張し,任意の量子計算に必要なすべての処理の誤り訂正を可能とした$${^{2)}}$$.

 これらの手法により,超伝導誤り耐性量子計算機開発の進展に大きく寄与することが期待される.

$${^{☆1}}$$希釈冷凍機:ヘリウムの2種類の同位体である3Heと4Heをそれぞれ液化し,3Heが4Heに希釈される際に発生する希釈熱を用いて絶対零度(-273.15℃)に近い極低温環境を作り出す装置.サムネイル画像のように温度の異なる複数の層からなる構造を持ち,超伝導量子ビットは10~20mK程度の最下層で動作する.

$${^{☆2}}$$超伝導デジタル回路:超伝導状態の素子からなるリングの中を通る磁束は離散的な値をとる,すなわちリング内に磁束が存在する状態と存在しない状態を容易に区別できるという性質を持つ.超伝導デジタル回路はこの性質を利用し,リング内の磁束の有無をデジタルの1と0にそれぞれ割り当ててデジタル計算を行う.超伝導現象を利用するため4K程度の極低温環境でのみ動作するという制約を持つが,通常の半導体デジタル回路に比べて高速・低消費電力である.

参考文献
1)Ueno, Y., Kondo, M., Tanaka, M., Suzuki, Y. and Tabuchi, Y. : QECOOL: On-Line Quantum Error Correction with a Superconducting Decoder for Surface Code, 58th IEEE/ACM Design Automation Conference (DAC) (2021).
2)Ueno, Y., Kondo, M., Tanaka, M., Suzuki, Y. and Tabuchi, Y. : QULATIS: A Quantum Error Correction Methodology toward Lattice Surgery, 28th IEEE International Symposium on High-Performance Computer Architecture (HPCA) (2022).

(2022年5月31日)
(2022年8月15日note公開)

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 取得年月日:2022年3月
 学位種別:博士(情報理工学)
 大学:東京大学
 正会員

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推薦文[コンピュータサイエンス領域]量子ソフトウェア研究会
実用的な量子計算機には誤り訂正機構が必須であるが,極低温環境で動作する量子ビットと常温環境で動作する誤り訂正機構の間の膨大な配線が,量子計算機のスケーラビリティを制限している.本論文は超伝導古典回路を用いて極低温環境で動作する誤り訂正機構を提案し,将来の量子計算機のスケーラビリティを大きく向上した.


研究生活
  博士課程での研究テーマは,「『極低温環境で動いているもの(=超伝導量子ビット)』の誤り訂正に,『高速・低消費電力であるが極低温環境でしか動かないもの(=超伝導デジタル回路)』を使えば嬉しいのでは?」という素朴な発想から始まりました.従来の専門であったコンピュータ・アーキテクチャの知識に加え,量子計算理論,超伝導デジタル回路,さらにはグラフ理論や近似アルゴリズムなど,さまざまな分野の知見を体得しつつ研究を進めることができ,研究テーマが定まったあとはまったく退屈せずに研究に没頭することができました.人生のどこかで数年をかけて何かに没頭することができたのは,とても貴重な経験だったと思います.

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