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ハードウェアアクセラレータを活用したクラウド基盤技術 “Video Service Function Chaining” に関する研究

右近祐太

(NTTアドバンステクノロジ(株) 副主任技師)

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クラウドコンピューティング
ハードウェアアクセラレータ
リアルタイム画像処理

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【背景】コンピュータビジョンなど高度なクラウドサービスの需要が増加
【問題】ユーザの個々の目的に合致したサービスを提供できない
【貢献】柔軟なクラウド画像処理サービスを実現する基盤を提案

 近年,コンピュータビジョンや人工知能(AI)などの高度なクラウドサービスの需要が高まっている.これらのサービスを高速かつ低消費電力で提供するために,CPUとHWA ☆1 を用いたシステムが検討されている.これらのサービスに対するユーザの要求はさまざまであり,ユーザの目的に応じてサービスをカスタマイズできることが望ましい.しかし,既存のシステムは不特定多数のユーザに向けて単一のサービスを提供することを目的としており,ユーザの目的に合致したサービスを提供できない.

 ユーザの個々の目的に合致したクラウド画像処理サービスを提供するために,ネットワーク上で任意の画像処理機能(サービスファンクション)を組み合わせる“Video Service Function Chaining” (VSFC)を提案する.既存研究はネットワークサービスを柔軟に提供することを目的としており,ユーザごとに異なった条件で高品質な画像処理サービスを提供するなどの高度な情報処理サービスに対する実現例はなく,その実現のためには低遅延かつ低消費電力のサーバノードの開発が必要である.そこで,本研究では2種類の技術によりサーバノード内の遅延を削減し,VSFCによる高品質なクラウド画像処理サービスを実現する.

 まず,サーバノード内で低遅延データ転送を実現するCPU-HWAサーバアーキテクチャを提案する.提案アーキテクチャはCPUが受け取ったパケット(画像データの断片)をネットワークレベルでHWAに転送し,HWAでパケットを正しい順序に整列させ,適切なタイミングで画像処理回路に入力する.これにより,従来CPUで発生していた遅延を回避することができる.実験では,提案アーキテクチャで画像処理(HOG特徴量計算)を行うと,従来構成に比べてデータ転送および処理を高速に行い,26分の1の小さな処理遅延で動作することを示した.また,画像処理をFPGAにオフロードすることで,CPUのみのシステムと比べて消費電力が37%削減されることを示した.

 次に,計算エラーを許容するアプリケーションにおいて,処理を高速化するための可変レイテンシ回路を提案する.提案回路は入力データごとに計算完了を検出し処理時間を変えることで,高速な動作を実現する.この回路は計算完了を誤検出した場合,計算エラーが発生する可能性があるが,エラー率は制御可能であり,低いエラー率で高速に動作できる.実験により,画像処理を行う可変レイテンシ回路が,わずかな計算エラーを許容することで,従来回路と比べて高速に動作することを示した.

 さらに本研究では,2種類のサービスファンクションからなるVSFC対応映像監視サービスを開発した.提案アーキテクチャを用いてこれらのサービスファンクションを組み合わせることで,50台のネットワークカメラからの60fpsのVGA映像をリアルタイムに監視できることを示した.次に,サービスファンクションを可変レイテンシ回路で実現することで,サービス品質をほとんど低下させることなく処理性能が向上し,低遅延な映像監視サービスを実現できることを示した.

☆1 Hardware Accelerator:処理の高速化を支援するハードウェア


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(2021年5月30日受付)
(2021年8月15日note公開)

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 取得年月日:2021年3月
 学位種別:博士(工学)
 大学:東京工業大学

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推薦文:(システムとLSIの設計技術研究会)
クラウド上で,複雑なアプリケーションをリアルタイム実装するための基盤技術として,CPU-FPGAシステムを対象としたハードウェアアクセラレーション方法を提案する.パケット並べ替えを効率的に実現する回路を開発することで,従来のCPU-FPGAシステムと比べて26倍高速化できた.


右近祐太(正会員)

研究生活:この研究は世の中でどう使われるのだろう,修士過程に在籍していた私はそんな疑問を持っていました.その疑問にアイディアが浮かんだのは大学を卒業して社会人になってからでした.働きながら大学に再度行くことは難しい決断でしたが,研究をやり遂げたい,世の中に役立つことを示したい,との思いから社会人ドクターになることを決意しました.

仕事と研究の両立はなかなかに大変でしたが,その分多くのことが得られました.たとえば,限られた時間の中でアイディアを形にする力です.優れた技術でも旬を逃しては普及させることはできません.そのため,博士課程でこの力を鍛えることができたのはありがたいことでした.その意味で社会人ドクターはおススメです.

最後に,7年半もの間終始熱心なご指導を賜りました,指導教員の高橋篤司教授にこの場を借りて心より感謝申し上げます.また,機会を与えてくださったNTT研究所に感謝申し上げます.