見出し画像

高解像度空撮画像・映像を用いた建物被害検出モデルの開発

2023年度研究会推薦博士論文速報
[情報システムと社会環境研究会]

藤田 翔乃
(国立研究開発法人防災科学技術研究所 研究員)

■キーワード
建物被害/空撮画像/深層学習

【背景】地震災害時には多くの建物に被害が生じる
【問題】災害のデータは少ないためモデル構築が困難である
【貢献】災害対応に有効な建物被害検出モデルを開発した

 地震災害時には,建物の被害情報は市町村の役所などの災害対応業務にとって重要な情報である.日本では,過去の地震災害で多くの建物被害が生じており,将来の大規模災害でも深刻な被害が予想されている.しかし,発災時に人手が不足し,複雑に情報があふれる対応組織において,広域に存在する建物の被害情報を収集することは容易ではない.

 本研究では,近年多くの組織が利用しているドローンなどの高解像度空撮画像・映像から,AIによる画像認識技術を用いて建物被害を検出した.さらに,災害時に利用するAIモデル特有の問題点を整理し,その中でもデータの問題に対するAIの開発方針をまとめた.AIはデータを推測するために,学習データを用いてデータの特徴や関係を学習しなければならない.しかし,大規模な地震災害は発生頻度が数年~十数年に一度と低く,AIの学習に必要なデータが多く存在していない.本研究での,建物被害検出モデルの開発時には,①AIの学習データを豊富にする,②AIの学習データの作成を迅速に行うことを方針としていくつかの工夫を取り入れた.

 建物被害検出モデルの1つ目として,空撮画像からAIの画像認識を用いて屋根の損傷率(0~100%)を自動で算出するモデルを開発した.災害が起こった際,市町村は建物の被害を調査し,証明書を発行する.しかし,屋根の調査は地上から見上げることしかできず正確に調査を行えていないため,本研究では空撮画像から自動で屋根損傷率を算出した.今回学習データを増加させるために,屋根の画像を屋根面に沿って分割して,学習データを作成した.さらに,画像生成技術を用いて,フェイクの屋根画像を作成して学習データを増加した.その結果,正解に対するモデルの推測損傷率の平均絶対値誤差は11.07となった.そして今回得られた精度と実際の調査方法を考えて,AIモデルの推測だけではなく人の判断も取り入れるような利用方法を提案した.

 建物被害検出モデルの2つ目として,空撮映像からAIの映像解析を用いて被害のある建物,倒壊した建物を検出した.被害建物・倒壊建物は被災地がどれくらい被害があったのかを示す重要な情報である.1つ目のモデルのような真上から撮影された空撮画像ではぺしゃんと倒壊した建物を検出することが難しいため,斜めから撮影した空撮映像を用いた.映像解析モデルとしては,映像中の物体を追跡するモデルを使用した.この映像解析モデルの学習データへの正解を与える作業(映像に映る建物に四角形を描く)が膨大であったため,これを効率化する方法を取り入れた.その結果,精度(F値)は45.7%となった.自動でエリア内の建物被害数を推計するモデルよりは高い精度であり,衛星画像を使ったモデルよりは低い精度となった.しかし,ドローンの撮影方法を工夫し,モデルが検出しやすいようなデータを取れるようにすると,衛星画像を使ったモデルより高い精度を持つことが分かった.
このように本研究では,災害対応に役立つ情報を出すために,空撮画像・映像からAIを用いて2つの建物被害検出モデルを開発した.その際に,災害とAIモデル特有の問題点である,学習データが少ないことに注目して,いくつかの工夫を取り入れた.

(2024年5月31日受付)
(2024年8月15日note公開)

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
 取得年月:2024年3月
 学位種別:博士(情報学)
 大学:京都大学

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

推薦文[情報環境領域]情報システムと社会環境研究会
災害対応業務において災害直後から復旧・復興時期まで必要とされる建物被害状況を対象として,被害認定調査の屋根調査や廃棄物処理計画などの具体的な業務を想定し,ドローンなどを用いて得られる空撮画像を用いて屋根損傷率を算出するシステムと空撮映像内の被害建物を自動トラッキングするシステムを開発した.

研究生活  漠然と防災の研究をしたいという思いから研究室に入り,昨今話題となっている人工知能を取り入れたテーマを選びました.配属された3カ月後の平成30年7月に豪雨が発生したことから,防災の研究は建物や堤防などの「モノ」の研究に加えて,避難や災害対応などの「行動・情報」の研究が必要であることを認識しました.特に自治体が行う災害対応は,厳しい環境の中で大量の仕事を迅速に行わなければならず,解決しなければならない問題だと感じました.

博士課程に進学してからは一人の研究者として扱われるようになり,指導教官は研究を導く立場から,卒業の可否を審査する立場となりました.社会に有益な結果を残すためにまだ誰も行っていないことに取り組む研究活動は,苦悩の連続であり思うようにいかないときもありました.そのたびに自分がこの研究を始めた原点,防災分野に少しでも貢献したいことを思い返し,研究に励みました.