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Applications and Performance Analyses of Quantum Machine Learning via Fast Classical Simulation of a Quantum Computer

2022年度研究会推薦博士論文速報
[量子ソフトウェア研究会]

河瀬 良亮
(東京大学情報理工学研究科コンピュータ科学専攻 助教)

邦訳:量子コンピュータの高速古典シミュレーションによる量子機械学習の応用および性能評価

■キーワード
量子機械学習/高速化/可視化

【背景】強力な計算能力を持つ量子コンピュータを活用したい
【問題】指数的に増大する空間に伴う古典シミュレーション時間の増大とデータの取り扱いの困難さ
【貢献】量子機械学習アルゴリズムの開発を加速させる技術の提案

 量子コンピュータは,量子力学の性質を利用して,従来(古典)コンピュータでは計算が困難な問題を解くことが期待されている次世代コンピュータである.現在,巨大IT企業や大学,そして国の研究機関においてその開発が進められている.現在すでに数十〜数百量子ビットの量子コンピュータが実現しており,ある種のサンプリング問題を従来コンピュータよりも高速に解けることが実証されている.しかしながら,これはベンチマークのためのタスクであったため,金融,量子化学,機械学習などの実用的なタスクへの応用研究が進められている.

 量子機械学習は,分類や回帰などの機械学習タスクを実行するために量子コンピュータを活用する新しい分野である.現在実現されている量子コンピュータは量子ビット数や量子ゲート操作に制限があり,またノイズの影響も受けるため,量子機械学習アルゴリズムの最適化や性能評価には従来コンピュータ上でのシミュレーションが有効なアプローチである.また量子機械学習アルゴリズムの開発やその仕組みの理解において量子データの可視化は,古典機械学習と同様に非常に重要である.しかしながら,量子系の次元は量子ビットの増加に対して指数的に増大するため,古典シミュレーションや量子データの可視化は挑戦的な課題である.

 本研究では,量子機械学習アルゴリズムの開発を加速させるために,量子系の時間発展の古典シミュレーションの高速化手法と量子データの可視化手法を提案する.まず量子系の時間発展の古典シミュレーションの高速化は,ハミルトニアンに含まれるパウリ演算子の交換関係を利用することで,広く使用されているトロッター展開による逐次的にシミュレーションを行うアプローチと比較して,大幅な高速化に成功した.これは量子回路学習や量子近似最適化アルゴリズムなどの量子アルゴリズムの古典シミュレーションの高速化に役立つ.

 次に,量子状態の類似度を保つように,量子データを2次元の古典データに変換する方法を提案する.これは量子状態に適用するパラメータ付き量子回路を最適化することで行う.その結果,横磁場イジングモデルの量子ダイナミクスの可視化において,量子状態の特徴に従った可視化に成功した.しかしながら,本手法ではデータを可視化するために,パラメータ付き量子回路の設計や観測量の選択を適切にする必要があり,量子状態の直接的な評価は困難である.そこで,これらを回避するために,量子カーネルを用いて量子データの類似度を保つように,2次元の古典データに変換する.その結果,大量のデータを高い精度で2次元可視化することに成功した.これを用いることで,量子回路を通じて古典データを量子状態に埋め込む量子特徴写像の評価や,変分量子アルゴリズムの最適化の軌跡の可視化が可能になった.量子特徴写像を評価できることで量子回路のデザインの改善や,変分量子アルゴリズムの最適化の軌跡の可視化により局所最適解に止まってしまう問題の改善などに役立つと考えられる.

 本論文で提案した量子ダイナミクスの高速古典シミュレーション方法と量子データの可視化技術は,今後の量子機械学習の分野に発展に大きく貢献すると考えている.

(2023年5月31日受付)
(2023年8月15日note公開)

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 取得年月日:2023年3月
 学位種別:博士(工学)
 大学:大阪大学

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推薦文[コンピュータサイエンス領域]量子ソフトウェア研究会
本論文では,量子系の時間発展の古典シミュレーションの高速化と量子状態の可視化を提案し,量子アルゴリズムの古典シミュレーションの高速化や古典データを埋め込む方法の評価などを可能にすることで,量子コンピュータの有望な応用先である量子機械学習アルゴリズムの開発を加速することが期待される.

研究生活  私が量子機械学習を研究テーマにしたのは,機械学習に関連した研究をしたいという気持ちと,量子コンピューティングがこれから大きく発展しそうだという期待から決めました.この分野の個人的な魅力は,現在,生成AIなどですでに大きな影響を与えている機械学習が,量子コンピュータを用いることで一体何ができるのかを考えることです.私自身は応用に興味がありましたので,何ができるのか,どのようにしてそれを実現するのかを考えるのは楽しいことで,このような気軽な気持ちで博士課程に進学しました.

最後に,私の所属していた研究室は,計算機などの研究設備が充実しており,スタッフの方々も数多く在籍しており,さらに学生への経済的な支援もとても充実していました.このような充実した環境のおかげで,安心して研究に取り組むことができ,とても感謝しています!