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Study on Energy Minimization of Intermittent Operation Applications using Non-volatile Power Gating

2023年度研究会推薦博士論文速報
[システムとLSIの設計技術研究会]

亀井 愛佳
(航空自衛隊 技術幹部)

邦訳:不揮発性パワーゲーティングによる間欠動作アプリケーションのエネルギー最小化に関する研究

■キーワード
エッジコンピューティング/不揮発性メモリ/低消費電力化

【背景】エッジデバイスにおける省エネ需要
【問題】利用目的ごとに異なる最適(省エネ)なチップ設計技術
【貢献】エネルギーモデリングにより不揮発性メモリの利用可能性を明らかに

 半導体製造技術の向上により,スマートフォン,スマート家電,ウェアラブルデバイス,各種センサーなどのデバイス数は増加の一途を辿っている.それに伴い,扱うデータ量も爆発的に増加している.一方,データセンターのサーバーやスーパーコンピュータの演算能力も向上しているが,機械学習や科学技術計算などの計算負荷の高い処理の需要も増加している.このような状況下で,増え続けるデバイスからのデータをサーバーに転送して処理する方法では,処理が追いつかず,通信コストや遅延時間も大きくなる.

 この問題を解決するために,データが発生した場所の近くで演算を行うエッジコンピューティングが注目されている.エッジコンピューティングにおいてデータ処理を行うエッジデバイスは,バッテリーなど限られた電源供給源で効率的に動作する必要がある.エネルギー効率が低いデバイスは,頻繁な充電や電池交換が必要となり,使い勝手が悪く,メンテナンスコストも高騰する.

 本研究では,電源供給が遮断されてもデータを失わない不揮発性メモリ技術を用いたエネルギー効率化に焦点を当てている.たとえば,あるセンサーデバイスは,一定の周期でデータを取得し,処理を行うが,それ以外の時間は待機状態となる.また,デバイスが処理を実行している際も,すべての領域がフル稼働しているわけではなく,一部はアイドル状態にある場合がある.このような非動作時や非動作領域に対する電源供給を部分的に遮断することでエネルギーを削減する技術をパワーゲーティングと呼ぶ.パワーゲーティング時に失いたくないデータを不揮発性メモリに保持することで素早い電源切り替えによる小まめな節電を可能にする「不揮発性パワーゲーティング」は,定期的にオン・オフを繰り返すエッジデバイスのエネルギー効率向上に有効と考えられる.

 本研究では,この不揮発性パワーゲーティングの有効性・利用可能性を明らかにするため,40nmの半導体製造技術で実装されたチップの実測結果に基づく消費エネルギー推定モデルを提案する.チップには,スピントロニクス技術を利用した不揮発性メモリ素子であるスピン注入トルク磁気トンネル接合(STT-MTJ)を用いたフリップフロップ(1ビットの情報を保持する基本的なメモリ素子)が実装されている.

 STT-MTJは,不揮発的にデータを保持できる長所の反面,外部から電流を印加して磁性体の磁化方向を変化させる特性上,書き換えエネルギーが大きくなるという課題があり,これを低減するためのさまざまな回路技術が提案されている.

 本研究では,さまざまなエネルギー削減手法とともに利用されているSTT-MTJフリップフロップと,従来の揮発性フリップフロップやSTT-MTJ以外のエネルギー削減技術を用いたフリップフロップの消費エネルギーを提案する推定モデルを用いて比較し,実行するアプリケーションごとに最適な技術を選択するワークフローを提案する.これにより,システム設計者は最適な技術を定量的な見積もりに基づいて取捨選択することができる.この研究は,エネルギー効率の高いエッジデバイスの設計を促進し,エッジコンピューティングの普及に貢献する.

(2024年6月1日受付)
(2024年8月15日note公開)

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 取得年月:2024年3月
 学位種別:博士(工学)
 大学:慶應義塾大学
 正会員

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推薦文[コンピュータサイエンス領域]システムとLSIの設計技術研究会
本論文は,スピントロニクス技術を用いた不揮発性のフリップフロップにデータを記憶し,休止時にパワーゲーティングを行うことで全体のエネルギーを削減する方法について,実際のチップを用いて詳細なモデル化を行っている.さらに各種手法が有効になる範囲について明らかにしている.

研究生活  修士までは本研究とはまったく異なる分野の研究(太陽光発電の屋外評価)をして,就職してまったく関係のない仕事(航空自衛隊)をしていました.職場からの勧めで博士課程に進学できることとなり,かねてより漠然と興味のあった情報工学の分野を選択しました.今思えば博士課程に進学する大それた覚悟など1ミリもありませんでした.逆に言えば,少しでも興味があれば,一歩踏み出してみればどうにかなるものです(説得力皆無ですね).しかし,これだけは言えるのは,研究は決して自分ひとりの力でできるものではありません.研究テーマの選定と同じくらい,あるいはそれ以上に指導教員や研究室メンバー,共同研究者との出会いは大切です.この人たちとなら一緒に頑張れる!という仲間と巡り合えたら最強です.博士課程に進学を検討している皆さんは,ぜひ研究室見学・学会参加などを通じてたくさんの人に出会い,自分の好奇心に正直に生きてみるのもありかもしれません.