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一般情報教育におけるプログラミング入門教育に関する研究

2021年度研究会推薦博士論文速報
[コンピュータと教育研究会]

内田 奈津子
(フェリス女学院大学 講師)

■キーワード
プログラミング
PBL(Project-based Learning)描画教材とソフトウェア開発

【背景】情報化社会でより良く生きていくための知識の育成
【問題】誰もが学んでほしいプログラミングの知識
【貢献】PBLによるプログラミング入門カリキュラム

 これまで専門家を中心に,限られた人々のみで使われていた情報通信技術(ICT)は,私たちの暮らしの中にまで浸透してきた.このような社会において,人々の生活をより良くするためには,ICTのスペシャリスト集団のみで対応できるわけではなく,さまざまな知識を持った多様な人々が協力してかかわる必要がある.そのため,これまで求められていた専門分野に特化した人材育成にとどまらず,誰もが基本的なICTスキルを身につけ,社会全体の底上げをはかる必要がある.

 学習指導要領の改訂により,2020年4月から小学校でのプログラミング教育が始まった.これにより,プログラミングは,義務教育のひとつとなり,誰もが学ぶべきものとなった.しかし,高等教育においては,必須化された科目がなく,情報を専門としない学生は,誰もが学ぶ環境には至っていない.そのため,学習指導要領改訂以前に大学に入学した中には,プログラミングの知識を学ばないまま,社会に出る者もいる.特に,著者の在籍する文系女子大においては,プログラミングを学ぶ機会を創出することは困難であった.また,これまでの入門レベルのプログラミング教育は,個々の知識を高めることに重点が置かれ,チームで学ぶような構成にはなっていない.そのため,ソフトウェア開発は,情報を専門とする専攻の大学で,プログラミングの知識を一通り学んだ後に学ぶことになる.

 教育面では,これからの社会における知識の活用を考えると,市民が社会実践活動の中で互いに学び合うという側面を重視し,他者とのかかわりをもって学ぶ教育への変化が求められており,アクティブラーニングやPBL(Project-based Learning)による教育を取り入れる必要がある.

 本研究では,入門レベルのプログラミング教育にPBLを組み合わせた方法により,情報を専門としない学生が,プログラミングの概念とソフトウェア開発プロジェクトの知識を,同時に学ぶカリキュラムの構築に取り組んだ.単に,プログラミング言語を学び,コードが書けるようになることを目的とするのではなく,プログラミングの原理を理解することに加え,ソフトウェア開発プロジェクトの知識を伴ってチームで学ぶ機会を作った.高等教育において確保できる最小の単位は,90分15回であることから,この時間枠の中に収まるようカリキュラムを工夫した.教材は,理系科目が苦手な学生が対象となることから,誰もが取り組みやすく親しみやすい,丸や三角形などから構成される描画教材を用い,初回からコードを書くことを目指した.授業を2部構成とし,後半では,1つの絵をソフトウェアに見立てて,それをいくつかのオブジェクトに分割し,チームで1つの絵を完成させるプロセスをプロジェクトとして組み込むことにより,ソフトウェア開発プロジェクトを体験させることができた.

 構築したカリキュラムは,2017年より現在まで,著者の所属する文系女子大で実施しており,プロジェクトでは、単にチームで1つの絵を完成させるだけでなく、ネイルシールやステッカーなど、リアルなものづくりを課題にして取り組んでいる.

 視覚的に分かりやすく,誰にでも教えやすい容易な教材により,誰もが教えやすく,学びやすい環境が構築でき,入門レベルの限られた時間の中でも,ソフトウェア開発を伴って学べることを示した.

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参考文献
1)内田奈津子:ぺた語義:プログラミング入門をプロジェクトでやってみた,情報処理学会学会誌「情報処理」,Vol.59, No.3, pp.268–271 (2018).
2)内田奈津子,久野 靖,中山泰一:PBLによるプログラミング入門科目の提案:一般情報教育における入門カリキュラムの構築,情報処理学会論文誌, Vol.62, No.7, pp.1393-1414 (2021).
3)伊地知咲希,永井絵梨奈,内田奈津子:プロジェクトにおける活動分析 ーお絵かきプログラミングによる入門教育とPBLー,2020年度 情報処理学会関西支部 支部大会 講演論文集 (2020).
4)米屋美雪, 内田奈津子:分岐を学ぶために効果的な教材を考える ーお絵かきプログラミングによる入門科目を振り返ってー,情報処理学会 研究報告コンピュータと教育(CE),2021-CE-159, No.9, pp.1-6 (2021).

(2022年5月31日受付)
(2022年8月15日note公開)

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 取得年月日:2021年9月
 学位種別:博士(工学)
 大学:電気通信大学
 正会員

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推薦文[メディア知能情報領域]コンピュータと教育研究会
情報を専門としない文系を含む大学生が,プログラム入門から始めて役に立つソフトウェア開発に入門することを,2単位の時間数で可能とするような新しいカリキュラムを開発した.前半はお絵描きプログラムを題材に自分の思うコードを書くことを学び,後半はPBLでチーム開発を学ぶ.実践において高い有効性を示しており,高く評価できる.


研究生活
  長年,文系女子大で情報教育に携わってきた.多くの時間は,WordやPowerPointに関する内容の相談に費やされた.あるとき,地域団体から小学生へのプログラミング教育について相談されたことを機に,ロボット教材を活用したチームによるものづくりに取り組むことになった.

この経験から,情報を専門としない学生にも,ものづくりを通じたプログラミングを教えることを考えたいと思うようになった.子育てもひと段落したタイミングで,背中を押された.そのときは,大きなシステムリプレイスが控えていたこともあり,1年早いと思い一瞬躊躇した.しかし,今となれば思い切って飛び込んだのは正解だったかもしれない.

仕事と家庭と研究との両立はなかなか難しく,ToDoリストではなく,どれをやめるかリストを作ったことは大きな思い出である.

大学院進学の門戸を開き,指導をしてくださった久野靖先生,中山泰一先生,その他の方々の協力に大変感謝しております.