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オンチップメモリに不揮発メモリを利用した低電力システム設計手法に関する研究

2021年度研究会推薦博士論文速報
[システムとLSIの設計技術研究会]

松野 翔太
(同志社国際中学校・高等学校 教諭)

■キーワード
不揮発メモリ
低電力システムノーマリーオフ

【背景】オンチップメモリに使われるSRAMのリークエネルギーが大きい
【問題】代わりに使いたい不揮発メモリは書き込みエネルギーが大きい
【貢献】不揮発メモリの大きな書き込みエネルギーによる影響を抑える

 パソコンやスマートフォンには必ずプロセッサが搭載されている.プロセッサを高速に動作させるためのオンチップメモリに,たとえばキャッシュメモリやレジスタがある.レジスタは計算値の一時保存に,キャッシュはメインメモリへのアクセスコストを低減させる等のために置かれている.オンチップメモリは,期待される役割上,高速に動作するStatic Random Access Memory(SRAM)で構成されている.技術の進歩によって回路の配線幅がますます細くなり(プロセスルールの微細化),小型で高性能なプロセッサを作ることができるようになったものの,微細化が進むと「漏れ電流(リーク電流)」が増えてしまい消費エネルギーが減りにくくなってしまった.SRAMの記憶素子は複数のトランジスタで構成されているため,トランジスタで生じるリークエネルギーをなくせない.そこで,異なる記憶素子を使用した不揮発メモリが期待されている.今後の活用が期待されている不揮発メモリには複数の種類があり,いずれもリークエネルギーが小さいが,書き込みエネルギーがSRAMよりも大きい.すなわち,不揮発メモリでは,リークエネルギーの減少による消費エネルギーの減少が期待できる一方,書き込みエネルギーの増大による消費エネルギーの増大が懸念される.

 消費エネルギーは小さいに越したことはない.バッテリー駆動機器では,消費エネルギーが減れば動作時間が延びる.モバイル機器やIoT機器の活躍の場が広がる上で一層重要である.また,機器の待機時の消費エネルギーを削減する上で,電源を切ってもデータを失わない不揮発メモリの特性はプラスである.必要なとき以外は電源をOFFにしておくノーマリーオフ動作がしやすくなる.しかし,不揮発メモリを利用することで消費エネルギーが増えてしまっては,かえって動作時間が短くなってしまうかもしれない.

 本研究では,不揮発メモリを利用した消費エネルギーの削減を目指している.不揮発メモリは不揮発特性を持つことやリークエネルギーが小さいことがプラスの特徴だが,書き込みエネルギーが大きいことはマイナスの特徴である.不揮発メモリの大きな書き込みエネルギーよって,全体の消費エネルギーも増加しかねない.

 まず,二階層キャッシュにおける不揮発メモリ利用時の消費エネルギーの変化を評価した$${^{1)}}$$.計算モデルを設計し,不揮発メモリを部分的に利用した構成における消費エネルギーの変化を,さまざまに条件を変えてシミュレーションした.二階層キャッシュにおける不揮発メモリの利用は,書き込みエネルギーが大きい不揮発メモリを利用した場合でも消費エネルギーを削減できるキャッシュ構成が存在し,消費エネルギーの削減に効果的であった.次に,プログラム中のビットパターンを活用したレジスタの消費エネルギー削減手法を提案した $${^{2)}}$$.32bitアーキテクチャでは,個々の命令は32個のビット(0 または1)の集まりである.RISC-Vアーキテクチャでのプログラム実行時に出現頻度が高いビットの組合せを解析し,パターンに一致する命令の場合は,パターンに含まれる各ビットへの書き込みを抑制する.計算モデルを設計し,アプリケーションプログラム実行時の消費エネルギーをシミュレーションした.特定のパターンに一致する命令の書き込みエネルギーを主に削減することで,レジスタの消費エネルギーを削減した.

 消費エネルギーの削減は,バッテリーや不安定な電源で動作することもあるモバイル機器やIoT機器では特に重要である.オンチップメモリの不揮発化は,リークエネルギーの削減につながるだけでなくノーマリーオフへの道にもつながる.大きな書き込みエネルギーを抑えて消費エネルギーを削減することは,モバイル機器やIoT機器の活躍の場をさらに広げることにつながる.

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参考文献
1)Matsuno, S., Tawada, M., Yanagisawa, M., Kimura, S., Sugibayashi, T. and Togawa, N.: Energy Consumption Evaluation for Two-Level Cache with Non-Volatile Memory Targeting Mobile Processors, IEIE Trans. SPC, Vol.2, No.4, pp.226–239 (2013).
2)Matsuno, S., Tawada, M. and Togawa, N.: Reducing Writing Energy Consumption for Non-Volatile Registers Utilizing Frequent Patterns of Sequential Bits on RISC-V Architecture, Proc. IEEE International Conference on Consumer Electronics (ICCE 2021), pp.64–69 (2021).

(2022年5月31日受付)
(2022年8月15日note公開)

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 取得年月日:2022年2月
 学位種別:博士(工学)
 大学:早稲田大学

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推薦文[コンピュータサイエンス領域]システムとLSIの設計技術研究会
本論文では,不揮発メモリを用いた二階層キャッシュの有効性を論じるとともに,プログラム実行中のビットパターンに注目し,出現頻度が高いものをあらかじめ記憶することで,不揮発レジスタへの書き込みエネルギーを削減する手法を提案している.ノーマリーオフの実現に不可欠な不揮発メモリの活用に寄与する研究である. 


研究生活
  研究テーマは,大まかには学部生のころからの継続でした.休学も含め研究期間が長期にわたり,不揮発メモリの新しい試作品が開発されたり,RISC-Vというオープンソースの命令セットアーキテクチャ(ISA)が盛り上がってきたりと,研究内容を左右しうるさまざまなことがありました.それでも何とか続けられたのは,研究環境に恵まれ長期にわたり研究サポートを得られたからでした.

博士課程の学生にとって,学費と生活費の工面は,多くの人にとって大きな問題だと思います.私の場合は博士課程の途中でフルタイム労働者になったため,研究に使える時間は大幅に減り休学もしましたが,学費と生活費を捻出できなくなる心配が減りました.博士課程には修士課程からストレートに進学するルートが多いと思いますが,費用の懸念を払拭してからでもよいと思います.

博士号(Ph.D.)を取得する過程,研究のサイクルを繰り返すことは非常に価値のある経験です.今これを読んでくれているジュニア会員の皆さんは,ぜひ人生のどこかで考えてみてください.