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互恵的関係性を構築するための対面状況での情緒的コミュニケーション支援メディアに関する研究

2022年度研究会推薦博士論文速報
[ヒューマンコンピュータインタラクション研究会]

岩本 拓也
((株)サイバーエージェント AI Lab 研究員/大阪大学 招聘研究員)

■キーワード
互恵的関係/対面コミュニケーション支援/情緒的コミュニケーション

【背景】対面コミュニケーションは,良好な人間関係を構築するために重要な役割を果たす
【問題】対面コミュニケーションは,高いスキルが求められる難しい行為であるにもかかわらず,支援の必要性や支援手段がほとんど検討されてこなかった
【貢献】特に対面での情緒的なコミュニケーションを対象として,互恵的関係性の構築を支援する支援メディアを実現した

 我々は友人,家族,店員,同僚などさまざまな人と関係を築いて社会生活を営んでいる.社会生活の質は人間関係によって左右され,人間関係がうまくいかないと,マイナスの影響が出ることがある.一方で良好な人間関係が築ければ,幸福感が得られ,仕事の生産性が向上するなど良い影響が期待できる.

 良好な人間関係を築くには,双方に報酬を与える互恵的な関係が望ましいと言われている.この報酬には金銭などの物質的な報酬だけでなく,安心感,楽しさ,幸福感などの情緒的な報酬も含まれる.このような互恵的な関係を築くためには,雑談や冗談,愛着行動などの情緒的なコミュニケーションが重要である

 本研究では,人々が互恵的な関係性を構築しようとしている状況における対面での情緒的コミュニケーションを支援するためのメディアを実現することを目的としている.情緒的コミュニケーションはすべての相手に同様に行えるものではなく,相手との関係性や立場などにより意味合いや振る舞い方を変える必要がある.それゆえ互恵的関係を構築するために情緒的コミュニケーションを行う関係性を分類し,メディアによる支援が網羅的に行き届くように支援対象を「交際」「婚活」「店舗での接客」に選定した.

 「交際」では,目の前にいる交際相手とは対話せず,それぞれに無言でスマートフォン(スマホ)を使用し続ける「ファビング」と呼ばれる状況を解決するための支援メディアを構築した.本メディアを使用すると,目の前の交際相手が使用しているスマホの画面上に遠隔操作で落書きを行える.これにより,スマホに向けられている注意を,落書きを描いている目の前の相手へと移行させ,そこから対面での直接対話へと誘導しファビング状況から脱却させうることを実験で確認した.

 「婚活」では,初対面の人々との短時間の対面対話で,年収や結婚歴などの聞きにくいことを相手の気分を害さぬように聞きださなければならず,非常に高度な情緒的コミュニケーションスキルを求められる.そこで人は一切話さず,必要な情報のやり取りをすべてロボットに代行させ,人はロボット同士の会話を聞くだけという「ロボット婚活パーティ」を考案した.ロボット婚活パーティを2度開催したところ,通常の婚活パーティと同等のマッチング率を達成し,さらにマッチングが成立した参加者同士による対面対話にロボットの会話が良い情緒的影響を与えることが確認された.

 「店舗での接客」では,自己推薦ロボットを店頭での接客における対面情緒的コミュニケーション支援メディアとして成立させるためのデザイン指針を検討した.店頭での接客に一般的な人型のコミュニケーションロボットを用いると,表情や身振りによる情緒的コミュニケーションを行いやすいが,来客の注意が商品よりロボットに惹きつけられてしまう.一方,商品自体をロボット化する自己推薦ロボットを用いた場合,商品に来客の意識が向きやすくなる反面,顔や手足がないため感情表現手段が大きく制約され,狙い通りの情緒的コミュニケーションを行わせることが難しい.そこで自己推薦ロボットが表出可能な音声表情・身振り・発話内容のどれがどの程度感情表現に影響を与えるかを調査した.その結果,音声表情が最も強く影響し,次いで身振り,発話内容の順となることが明らかとなり,自己推薦ロボットによる情緒的コミュニケーションをデザインするための基礎的な知見が得られた.

■Webサイト/動画/アプリなどのURL
https://takuyaiwamoto.com/

■動画URL(YouTubeチャンネル用)
人間の代わりにロボットが話をする婚活パーティ実験
https://youtu.be/kh63Q-HR5hs

自己推薦ロボットを使った販促実験
https://youtu.be/iAm_OuTMce0

(2023年6月1日受付)
(2023年8月15日note公開)

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 取得年月日:2023年3月
 学位種別:博士(知識科学)
 大学:北陸先端科学技術大学院大学
 正会員

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推薦文[情報環境領域]ヒューマンコンピュータインタラクション研究会
本論文は,対面対話における話者同士の良好な関係の構築を支援する,新たなメディアを述べたものである.このメディアの現実的有用性は,店頭での来客との対話や,親密な男女間の対話などを対象とした社会実験を通じて実証されている.なお,複数の学会賞を受賞するなど,本研究は学術的にも高く評価されている.

研究生活  遠隔地を対象としたコミュニケーションは,さまざまな制約を取り払うことに成功しましたが,対面のコミュニケーションを支援するメディアは少なく,円滑なコミュニケーションが行えるかは当人たちの能力に大きく依存します.博士研究ではこの課題に向き合い,非常に楽しい時間を過ごすことができました.

私は企業に勤め研究を業務としていますが,仕事と博士研究の両立は難しかったです.仕事に費やす時間が多くなる時期では博士研究に使える時間の確保が難しくなり,何度も心が折れそうなことがありました.しかし多くの方々のご支援があり,無事に学位を取得できとても嬉しく思っています.

博士論文を書き上げられたことで,研究の大変さと楽しさを改めて実感することができました.そして指導教員である西本一志教授と研究ができたことで,メディアの理解や興味を深めることができました.この場を借りてお礼を申し上げます.