見出し画像

人間機械統合システムにおける運動介入の透明性設計

2022年度研究会推薦博士論文速報
[エンターテインメントコンピューティング研究会]

松原 晟都
(産業技術総合研究所 研究員)

■キーワード
人間機械統合システム/筋電気刺激/ヒューマン・コンピュータ・インタラクション

【背景】人間と機械の区別がつかなくなるようなシステムが提案されてきた
【問題】機械の介入を強く感じてしまう場合がある
【貢献】機械の介入を感じにくくする(透明化する)3つの手法を提案した

 人間は,外界の情報を感覚器によって取得し,その情報に基づいて予測・意思決定を行い,実際に動作を行って外界に情報を伝達するといった情報システムの一種であるとみなすことができる.近年では,情報技術の発達により,人間と機械を統合する,つまり,自分と機械の区別がつかなくなるようなシステムの実現ができるようになってきた.本研究では,機械の区別がつかなくなることを,機械の介入を感じにくい,いわば,「透明な機械介入」として捉え,その実現を目指す.

 そこで,機械の介入をどのくらい感じているかの主観的な度合を「透明感」と定義し,その感覚に対応する「透明性」指標として,感覚入力の予測と実際の感覚フィードバックの一致する度合と注意や前後関係などによって調整されるものであると,機械による運動介入を行う観点から定義した.そして,この予測と実際の感覚フィードバックの誤差とその構造に影響を与える文脈を制御することによって,機械と人間の区別が文脈によってあいまいな状態を作り出せることを議論する.そして,透明性を変化させる3つのアプローチとして,「感覚手がかり」を調整する「予測」への介入と「実際の結果」への介入,そして「文脈手がかり」への介入を行うことを提案した.
1つ目のアプローチとして,「予測」へ介入する手法について検証を行った.具体的には,筋電位計によって腕の振りはじめを計測し,そのタイミングに合わせて筋電気刺激を行う装置を構築した.そして,透明性の指標の1つである自分の意図と実際の運動の時間差の知覚が,順応現象によって変化することを実証した.すなわち,透明性のうち,予測を順応によって変容させることができることの一例を実証した.

 2つ目のアプローチとして,「結果」へ介入するデバイスの開発を行った.筋電気刺激には従来,運動点と呼ばれる刺激するのに効率の良い筋肉上の位置が存在し,その点が姿勢によって移動してしまうということが課題となっていた.そこで,数mmピッチで2次元上に電極アレイを配置することによって,運動点を高精度に探索することができる装置を開発した.そして,細かい電極の移動により,筋収縮の強度が変化することを確認し,有効性を示した.

 3つ目のアプローチとして,「文脈」を変更することによって,透明性を変化させることができるかについて検証を行う.具体的には,自分が動力を供給するという文脈が透明性に寄与するかどうかを検証した.結果,自分が動力を供給するという文脈が透明性に関連する「自分がその動作を行った」という感覚である運動主体感に影響を与えることが示唆された.

 最後に,上記の3つの課題を,「運動介入の透明性の制御」という観点から再度整理した.そして,透明性の制御というアプローチが運動介入だけではなく,一般の人間機械統合システムに応用することができる可能性について論じた.

■Webサイト/動画/アプリなどのURL
https://seitomatsubara.com

(2023年5月30日受付)
(2023年8月15日note公開)

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー
 取得年月:2023年3月
 学位種別:博士(情報理工学)
 大学:東京大学

ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー

推薦文[メディア知能情報領域]エンタテインメントコンピューティング研究会
人間と機械を統合する,つまり,自分と機械の区別がつかなくなるようなシステムを設計するために,本研究では,機械の介入を感じる度合である「透明性」を運動の予測と結果の一致度合いという観点から制御する設計論を提案した.将来的には,自分自身の身体能力が向上したと感じるようなデバイスの実現が期待される.  

研究生活  私は,博士課程の3年間,コロナの影響を受け,さまざまな経験を得ました.特に,最初の半年間は自宅で他の方々ともあまり議論できないまま,コロナへの対応や試行錯誤を繰り返しており,研究がなかなか進みませんでした.しかし,2年目以降はだんだんとコロナにも慣れてきて,デバイスの作成や研究室メンバとの議論等ができるようになり,研究へのモチベーションを高めることができました.また,最終年度はコロナもほとんど終わりに向かい,2.5カ月のイタリア留学にも行くことができました.
 コロナの影響を受けたものの,研究は楽しく,最終的に博士論文という形でまとめることができました.最近は博士学生向けの支援も多くなってきていて,研究が好きであれば博士への進学は1つの選択肢となるかと思います.
 最後に,本博士論文の執筆にあたり,指導教員だった稲見昌彦先生を始め,さまざまな先生方や稲見研の皆様にお世話になりました.皆様に感謝申し上げます.