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楽器演奏における知識の構築と実践的な活用

飯野なみ

(国立情報学研究所情報学プリンシプル研究系 特任研究員)

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知識の利用と共有
ドメインオントロジー
演奏行為

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【背景】楽器演奏における指導・学習方法の確立
【問題】知識の共有と実践的な活用の不足
【貢献】専門知識の構築と実践的な分析、楽曲および演奏者の新しい分析方法の提案

 本研究では,知識を必要とする指導や学習に関する基盤技術を提供するために,楽器演奏を対象として知識の構築と活用を行いました.

 楽器演奏は個人の経験値や身体性といったさまざまな情報を含むために,個人に合った楽曲選びや指導・学習方法の確立が困難です.楽器によっては奏法が発展しているにもかかわらず,指導者間の情報共有が不足しているために学習者が正しい情報を得られていないことがあります.個人に適応した指導,効率的な学習,分野の変化に応じた深い理解を実現するためには,知識の共有や活用が必要です.

 このような背景を共有する知識工学では,知識獲得のためのモデルや枠組みが提案されていますが,詳細な実施方法や手順については論じられていません.また,オントロジーなど多くの知識が構築されていますが,実践的に活用するという観点が不足しているという問題があります.

 本研究では,知識ベースによる楽器の指導・学習支援を目指して,次の2つの研究項目を行いました.
(1) 楽器演奏における知識の構築と手順化
(2) 実践的な知識の収集と分析

 (1)では,奏法の種類が多いクラシックギターに着目し,各奏法の動き(行為)を形式的に記述することを試みました.具体的には,人間可読性の高い「手続き的知識」と,機械処理可能な形式を持つ「ドメインオントロジー」を併用しながら相互に構築を繰り返すプロセスを実施し,知識の変化やアンケートを通じて有用性や効果を検証しました.その結果,ドメインオントロジーとして『ギター奏法オントロジー』を構築し,行為の形式的かつ構造的な記述を実現しました.手続き的知識の再構築ではオントロジーを併用することで形式性が高まり,知識の理解が深まることを確認しました.さらにこのプロセスを支援するシステムを設計・開発し,手続き的知識の再構築を行なったところ,行為関係の明示化,語彙の統制において効果を示しました.

 (2)では,演奏者や楽曲ごとに異なる “実践的な” 知識を収集するために,認知的音楽理論GTTMに基づく楽曲分析で得られた木構造に対して上記(1)の知識をアノテーションする方法を提案し,音楽構造と知識の関係を調査しました.複数のギター曲に奏法をアノテーションした結果,約80%が音楽構造に対応していることを確認しました.さらに,楽譜に書かれている知識や上級の演奏者が持っている知識の特徴を明らかにするために,国際ギターコンクールで頻繁に演奏される難易度の高い曲の奏法を調査しました.その結果,時代ごとに奏法が増加していること,実際の演奏では楽譜情報の約2倍もの奏法を行っていること,演奏者が感じる難しさが奏法の種類の多さや密度と対応していることを明らかにしました.

 これらの成果は,楽器演奏領域だけにとどまらず,身体動作を伴う活動全般に対しても適用できると考えています.本研究をきっかけに,技能のような機能的な領域の指導・学習において,知識を獲得,構築,活用していくための基盤技術の研究に興味を持っていただければ幸いです.

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■個人ページ
https://nami-iino-guitar.wixsite.com/mypage
■Github(ギター奏法オントロジー)
https://github.com/guitar-san/Guitar-Rendition-Ontology

(2021年6月1日受付)
(2021年8月15日note公開)

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 取得年月日:2020年9月
 学位種別:博士(情報学)
 大学:総合研究大学院大学

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推薦文:(音楽情報科学研究会)
演奏の指導は教授者のスキルに依存していて,クオリティの確保が難しいという問題があった.本研究では,標準化されクオリティが確保された指導を円滑に進めることを支援するシステムの構築を目指しており,その挑戦的な試みの第一歩として,楽器演奏における演奏知識,指導知識のモデル化を行った.


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飯野なみ(正会員)

研究生活:私は3歳からクラシックギターを始め,コンクールやコンサート,指導の経験を通して楽器演奏の素晴らしさや難しさを感じてきました.音楽と情報という融合型研究に取り組むきっかけとなったのは,研究者である父の存在です.学部時代に音楽を数学・情報で見ることの面白さを教えてくれ,博士前期過程では音楽情報処理の分野で研究を行いました.その過程の中でさまざまな分野の研究者と出会い,博士後期課程では音楽を知識工学から見る価値を知ることができました.新しい領域を開拓していく研究は,独自性や受容などの面で困難なことが多いですが,音楽を軸にすることで幅広く展開していけることも学びました.指導教員である武田英明先生をはじめ,これまでご指導いただいた研究者の方々や音楽仲間,そして家族に心より感謝申し上げます.

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