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Optimization of Circuit Transformation and Scheduling in Quantum Compilers

邦訳:量子コンパイラにおける回路変換とスケジューリングの最適化

井床利生

(IBM東京基礎研究所)

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量子計算機
量子コンパイラ
数理最適化

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【背景】超電導量子ビット方式の量子計算機のハードウェア面の劇的な技術進展
【問題】同方式の量子計算機に固有の制約を考慮したコンパイラ技術の不足
【貢献】同方式の量子計算機向けのコンパイラの最適化手法の改善

 量子計算機とは,普段皆が使っている通常の計算機とは異なる物理原理を計算に利用し,通常の計算機が苦手なある種の計算を劇的に早く計算できるようになる(かもしれない)計算機のことである.量子計算機は,ほんの10年くらい前まではドラえもんのポケットから出てくるような夢の計算機でしかなかったが,近年の量子技術の進歩によって,量子ビットの状態を安定して保てる平均的な時間(コヒーレンス時間)や量子ビット操作の正確さ(忠実度)が劇的に向上し,夢の実現への期待がにわかに高まってきている.とはいえ,現時点で利用可能な量子計算機はエラー耐性がなく(物理的に発生するエラーが大きすぎて訂正しきれず近似的な計算しか行えない),量子ビットの数も百に満たない.しかし,そのような量子計算機であっても,近い将来,量子化学・機械学習・最適化・サンプリングといった応用分野で利用されるようになるのではと期待されている.

 量子計算機のハードウェア面での発展に伴って,量子計算機を操作・利用するために必要なソフトウェアの研究開発も活況を呈してきている.本研究では,その中で,量子プログラムを制御命令列に変換する「量子コンパイラ」に焦点を当てる.なお,本研究では,量子プログラムの言語的側面を考慮しない他の研究と同様に,量子プログラムは「量子回路」という量子操作の系列の形で与えられるものとする(注:「回路」という言葉から連想されるような物理的な実体ではなく論理的なもの).

 量子コンパイラにおいて重要なのが,出力する命令列の最適化である.エラー耐性のない量子計算機の場合,最適化によって全計算をなるべく短い時間・少ない量子操作で行えると,計算結果の忠実度が向上する(エラー耐性のある量子計算機の場合には,最適化によってスループットが向上する).しかし,超電導量子ビットという最近急速に発展した方式の量子計算機向けのコンパイラについては,特に同方式に固有の制約を考慮するタスクにおいて研究が十分になされていなかった.

 本研究では,「量子回路マッピング」と「量子回路スケジューリング」という超電導量子ビット方式に固有の制約を考慮する必要がある2つのタスクに注目し,それぞれに組合せ最適化問題としての定式化を与えた.量子回路マッピングは,「特定の量子ビット対(物理的に隣接する量子ビット間)にしか二量子ビット操作を実行できない」という制約を満たすために,与えられた量子回路を実行可能な等価な量子回路に変換するタスクである.量子回路スケジューリングは,異なる実行時間を持つ量子操作をスケジュールする,すなわち,なるべく全長が短くなるように各操作の開始時刻を決定するタスクである.定式化にあたって,既存の研究では十分に検討されていなかった量子操作の可換性を考慮した.そして,厳密解法およびヒューリスティック解法を与えるとともに,それらの解法で改善効果が確かに得られることを計算機実験によって確認した.

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(2021年5月28日受付)
(2021年8月15日note公開)

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 取得年月日:2021年3月
 学位種別:博士(工学)
 大学:筑波大学

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推薦文:(量子ソフトウェア研究会)
量子計算機の性能が近年飛躍的に向上し,遠くない将来の実用化がにわかに期待されている.本研究では,量子計算機向けのコンパイラに注目し,その性能を左右する最適化タスクの解法の改善に取り組んでいる.量子演算の可換性を考慮した独自性のある解法を提案し,計算機実験で提案手法の明確な優位性を示している. 


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井床利生

研究生活:私は修士課程修了から15年以上を経て,社会人として博士課程を修了しました.修士卒で研究所入所後,最適化技術の実応用に取り組み,モデリングの重要性を痛感しました.そこでHCIなど他の研究分野にも挑戦したり開発に近い仕事も経験したりしました.しかし,私の興味は最適化のアルゴリズム研究にあったようで,数年前,量子計算機という“私に最適な”最適化技術の応用分野に出会い,博士号取得へと至りました.このような曲りくねった博士号への道のりもあるのだとどなたかの励みになれば幸いです.
ライフイベントが多数発生する怒涛の日々の中,博士論文をまとめるには,多くの方々の支えと励ましが不可欠でした.指導教員を引き受けてくださった久野誉人教授,就業しながらの修学を全面的に支援してくださった研究所,元となる論文執筆において親身にアドバイスしてくれた同僚たち,家族,皆に改めて感謝申し上げます.