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人の認識系に生じる錯覚性への介入に関する研究

2022年度研究会推薦博士論文速報
[エンタテインメントコンピューティング研究会]

久保田 祐貴
(日本学術振興会特別研究員(PD)/
NTTコミュニケーション科学基礎研究所・客員研究員)

■キーワード
錯覚・錯視/介入設計論/錯覚性(解釈の複数性)

【背景】日常と学問に遍在する「錯覚」の科学的・工学的な活用を検討
【問題】「錯覚」の用語が曖昧 & 特性・要因に基づく設計論が不在
【貢献】錯覚性による現象整理と知覚・認知現象への介入設計論の構成

 私たちは,日常生活のさまざまな場面で「錯覚」に出会う.「錯覚」と聞いて一番始めに思いつくのは,エンタテインメントや心理学研究のために作られた,人工的な画像や音声かもしれない.しかし,物の大きさや色に関する錯覚,聞き間違いや見間違いなど,日常の中にも「錯覚」は数多く見出される.

 錯覚や錯誤・認知バイアスなどと呼ばれる現象は,人の知覚や認知の特性を知る有用な手がかりとして,認知科学・情報工学分野などで,精力的に研究が進められてきた.しかし,従来研究の多くは,特定の知覚・認知特性や現象を対象としており,さまざまなモノづくりに応用可能な設計論を提示する研究はごく少数である.特に,「錯覚」という用語が異なる性質の現象に用いられていることは,設計論を構成する上での1つの課題である.

 本研究では,まず,「錯覚性」という独自の概念を導入した上で,それに基づいて現象を整理した.その上で,具体的な4つの介入設計と評価を行い,それを錯覚・錯誤・認知バイアスを含む,「錯覚性」を持つ現象への介入設計論として整理した.

①錯覚性に基づく現象の分類
 錯覚は,通常,誤謬性(間違い)を定義の中心に置くことが多い.本研究では,誤謬性の代わりに,1つの対象に複数の解釈が存在すること(解釈の複数性:錯覚性)を定義の中心に置いた.これにより,典型的な錯覚・錯誤に止まらない知覚・認知現象を多面的に扱うことを狙った.特に,本研究では,以下の3つの類型(タイプ)に分けて議論した.
(類型1)物理的な測定と人の知覚・認知の間の乖離
(類型2)視点変化・時間変化による知覚・認知同士の乖離
(類型3)ある人の知覚・認知と別の人の知覚・認知の間の乖離
たとえば,Müller-Lyer錯視は,「物理的に計測すると,矢印の矢羽の長さが同一である」という物理的測定と,「人が観察すると.矢印の矢羽の長さは異なる」という人の知覚の間に乖離があり,類型1として整理できる.また,透明性の錯覚は,「話し手が嘘や感情が伝わっていると感じる度合い」という話し手の認知と,「聞き手が実際にそれを理解している度合い」という聞き手の認知の間に乖離があり,類型3として整理できる.

 さらに,人の認識モデルを導入した上で,身体状態・情報処理系(脳機能)・環境・経験と知識という4つの発生要因に大別し,錯覚性を伴う知覚・認知現象を3類型4要因をもとに現象を整理した.

②錯覚性を伴う現象への介入設計論の構成
 4要因に対応する具体的な介入設計・評価を行った.そこでは,典型的な錯視効果(静止画に対する運動知覚)を抑制するシステムのみならず,色抽出機能における「色ズレ」を解消するシステムや,科学コミュニケーションの場で生じる参加者間の認知の乖離を顕在化させる対話の場の設計を扱っている.

 それに基づき,工学的な問題解決の基盤となる介入設計論を,錯覚性の3類型と4要因ごとに整理した.特に,「錯覚や錯誤は取り除くべきバグである」という一面的な見方ではなく,人と環境が連関して生じる現象の発生要因を見出し,多様な現象の利用・介入方法があることを示した.本研究は,知覚・認知現象に関する分析の手掛かりとなるだけでなく,錯覚性が生じる日常場面の原因究明とその工学的な解決の緒となることも期待される.


(2023年5月25日受付)
(2023年8月15日note公開)

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 取得年月日:2023年3月
 学位種別:博士(情報理工学)
 大学:東京大学

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■Webサイト/動画/アプリなどのURL
https://yk-kubota.github.io/ 
(筆者のWebページ)

推薦文[メディア知能情報領域]エンタテインメントコンピューティング研究会 この論文は,錯覚や認知バイアスなどの心理現象を,「複数の解釈」(錯覚性)のレベルや要因に基づき整理した上で,錯覚を減らす・錯覚に気付かせるなど,工学的な介入設計論を論じている.ECと錯覚性に関する小論(規則の逸脱の最適設計)も含まれ,錯覚現象を利用したEC設計へ寄与するだろう.東大情理・研究科長賞受賞.   

研究生活  私の中心的な関心は,「人が,世界や他者の,何をどう見て,感じるか」という人の知覚・認知にあります.特に,修士課程で出会った錯覚現象は,人の情報処理の仕組みを知る手がかりになるだけでなく,何より「純粋に面白い」こともあり,興味の赴くままに複数の研究を進めていました.
博士の最終年度は,そうした研究をどう1本の線に繋いでいくかに苦心しました.「錯覚性」という独自のまとめ方も,その検討の中で生まれたものです.特に,典型的な「錯覚」を扱うだけでなく,科学技術コミュニケーションの実践研究も行っていたので,それも含めて筋を通す作業は正直に苦労しました.ただ,先人の知恵が積み重なるさまざまな文献を読み込みながら,自分の研究にじっくりと向き合い,博士論文をまとめる作業は,非常に有意義な時間でした.特に,自分が面白いと思うことに,時間をかけて本気で取り組める,それを通して自分に向き合う,大変貴重な機会になりました.