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ショートショート『あなたも増やしたんでしょう』


慎一はハンドルを強く握り締めながら
小さく舌打ちをした。
先ほどから
目の前の信号がなかなか変わらない。

貧乏ゆすりが激しくなる。

多崎慎一が幽霊警察野方署に配属されてから
5年ほどが経っていた。

幽霊警察は20年ほど前に設立され、
幽霊の検挙、除霊及び成仏や
それらに対する市民の安全について
取り扱う機関である。

夏になると出動が多い。

慎一の苛立ちはピークに達していた。

この仕事は基本的に夜勤の為、
出動時は快適な気温が多いが
その日はなぜか暑かった。
クーラーをガンガンに効かせないと窓が曇る。
額に汗が滴る。
時計を見ると時刻は2時半になりかけていた。

深夜2時頃、署に通報が入った。
家賃が格安のアパートに住む若い女性からだった。
夜中にもかかわらず、
アパートの外に設置された剥き出しの階段を
誰かが上り下りする音が
止まらないのだと言う。

自業自得だろ、慎一は小さく呟いた。

いわくつき物件の住人からの通報はかなり多い。
しかし不動産屋は物件について
入念な説明をしているはずである。
その説明をきちんと聞いていれば
こんなに通報は入らないはずだ。

信号が青に変わると
慎一は強くアクセルを踏んだ。

現場付近に着く。
ここからは慎重にならなければならない。
この仕事において最も怖いのは
通報内容の原因が幽霊ではなく
人間だった場合だ。

幽霊の場合は素早く対処できるが
人間だった時が非常に厄介だ。
霊感の弱い慎一は自らの判別精度に
自信が持てなかった。
もし対象物が見えなかった場合、
これは俺には見ることができない幽霊だと
間違った判断をして、
背後から人間に襲われたりすると
かなり危険だ。

車を降りると勢いよくドアを閉めた。
地面に唾を吐く。
夕方に降った雨で
アスファルトが少し濡れていた。

現場は慎一が生まれるより前に
建てられたであろうボロアパートだった。
各部屋の玄関前に設置された電球は
ほとんど切れかかって
パチパチと小さな音を立てている。

階段付近にすぐに幽霊が見えた。
青白い顔をした若い男性。
おそらく以前このアパートで暮らしていた住人だろう。
ほとんど引きこもっていたのだろうか、
服装や髪型など身なりは汚く、
生気が感じられない。

カンカンカンカン

階段を意味もなく上り下りしている。


ただ、人間に危害を加えるタイプではないことが
何となく分かった。

通報主に電話をかける。
数コールで繋がった。

「もしもし、幽霊警察野方署の多崎ですが」

「…」

泣いている声が微かに聞こえる。
部屋でひとり、震えているのだろうか。

「岡田さん?聞こえます?
何もしてこないと思うんで大丈夫ですよ」

「…」

「部屋入りますね」

電話を繋ぎっぱなしにして階段を上がる。
途中、
霊とすれ違ったが
何かをひたすらぶつぶつと呟いているだけで
慎一の推測通り、何もしてこなかった。

この手の霊は自分が死んだことに気づかず、
または受け入れることができず
成仏もできずに現世を彷徨っているのだ。

結局最後には自分に愛着のある場所に辿り着き居座ってしまう。

今回も除霊の必要はないな。

部屋の前まで来ると戸を叩いた。

「すいませーん!岡田さん!大丈夫ですか!」

「…はい」

か細い声が聞こえた。

「開けてください!」

ドンドンドンドン

ガチャ

扉が開くと
女性が慎一の腕を掴み
部屋の中へと誘った。

「何でもっとはやく来てくれないんですか!
私もう、怖くて怖くて。
毎日ですよ?毎日毎日階段を上り下りする音が聞こえてくるんです。」

部屋の中は若い女性が一人暮らしをしているとは思えないような有様だった。
畳の上に少しの日用品が散乱している。
タンスやシンクの下の扉も少し空いており
何かがはみ出している。
一目でだらしない生活をしている事がわかった。

「あの霊ね、ここの前の住人なんですよ。
何もしてこないですから。安心していいですよ。」

こういう時はなるべく感情を出さず
静かに、ただただ事務的に
状況を伝えた方が逆に相手も安心する。

「本当ですか?」

「はい、除霊の必要はないです。もし本当に耐えられなくなったら引っ越してください」

「そんな!引っ越すだなんて。簡単に言わないでください!」

不動産屋からいわくつき物件だという事は説明されていたはずだ。
ちゃんと聞いてなかったか、
話半分に聞いていたのだろう。

しかし市民の感情を無碍にもできない。
若い女性にとっては怖いのもわかる。

「数時間で消えると思うんで!大丈夫ですよ。相手にしたら向こうの思う壺なんで。無視してください。」

その後、
少し宥めるとその女性もしぶしぶ納得したようだ。

一件落着

車に戻ると霊は既に消えていた。
毎日同じ時間に現れてまたあの辺りを彷徨うのだろう。
少しその霊のことが可哀想に思えた。

車に戻ると一旦署に引き返す事にした。
車をしばらく走らせる。


また信号に引っかかった。

今日はよく引っかかる日だ。

ふと前方の車に目を向けた。

あれはもしかして遠藤じゃないのか?

遠藤は慎一の少し後輩で同じく野方署の刑事だ。
非常に優秀な男で周りからの信頼も厚いが
慎一とはあまり仲が良くなかった。

今日も帰るのが遅くなるだろう。

そう考えるとまた貧乏揺すりをしてしまう。
苛立った時の慎一の悪い癖だった。


署に戻ると
数人の同僚がまだ残っていた。

「あれ?多崎さん、今帰ってきたんですか?」

「うん。夜中に通報が入ったんだ。しょうもない霊だったよ。除霊するまでもない。」

「へー、多崎さん検挙数とか本当に興味ないですよね。せっかくなら連れて来れば良かったのに。もったいないなぁ。」

後輩の山口がいつものように軽い調子で言った。

山口に言われて少し気になり
署内の壁にかけてある
ホワイトボードのような形の
大型ディスプレイをチラッと見た。

幽霊警察では
それぞれの刑事がその月に検挙した
幽霊の数を記録して、
いつでも見られるように表示している。
検挙数とはいわゆる除霊の数だ。
慎一は今月0人だった。
幽霊警察では検挙を行うと
特別手当が出る制度になっている。
しかしこれは微々たるもので
検挙数が少し多いくらいで
上の評価が変わることはない。
除霊は、検挙に値するほど
大きな怨霊を探し出しその場を鎮静させ、
霊媒師を呼び、と労力がかかりすぎる。
慎一は検挙の必要性を
あまり感じていなかった。

「遠藤さんは凄いですよねぇ」

液晶パネルを見る。
一番左に刑事の名前がズラリと縦に並んでおり、
その右側にそれぞれの検挙した数が
丸で描かれている。
その液晶パネルで
一際、異彩を放っていたのが
遠藤と書かれた文字の横の丸の数だ。

10個ごとに線で区切られていて
今現在の検挙数が68人

驚異的な数字だ。

すぐ近くに慎一の名前があった。
丸は一つも付いていない

「あの人本当に霊感強いですよねぇ。」

たしかに遠藤が霊感が強いことは
署内でも有名だ。


しかし霊感が強くていいことなど
ほとんどない。実生活に支障が出てしまう。
そもそも霊感と検挙数にほとんど関連性はないようにさえ思える。
本当に大事なのは通報者、ひいては市民の安全だ。

「そう言えば、さっき遠藤を見たな。俺のすぐ前で信号待ちしてた。」

「あーそう言えば今日、多崎さんが現場に向かってすぐに遠藤さんも出かけたんですよ。」

「そうなのか。まだ帰ってきてないのか?」

「ええ、どこか寄り道してるんですかね」

慎一は少し違和感を覚えていた。

あの時、遠藤は
自分よりも少し前を走っていたはずだ。
途中で追い抜かしたのか?

「まあいいや。とりあえずお先に上がらせてもらうよ。お疲れ」

遠藤がなぜ帰っていないのか、
疑問は残っていたが慎一は帰宅する事にした。

永遠に伸びていきそうな
遠藤の横の線を睨みつける。


慎一は署を後にした。

自宅に着くと自動で電気がついた。
コンビニの袋を机に置き
慎一は仏壇の前に座った。
線香を立て、鐘を鳴らす。

妻が亡くなってから
ちょうど1年が経っていた。

新婚の頃から
去年まであんなに明るかった家の中も
今では静寂が包んでいる。


風呂に入ると
もう外は明るくなりはじめていた。

今日もおそらく眠れないだろう。
最近はずっと去年のある日を
思い出し、うなされている。

1年前のあの日、妻が殺された。

仕事中に緊急電話がかかってきて
すぐに駆けつけたが遅かった。

道の真ん中で妻を人質に
包丁を構えた犯人の顔を
忘れることはないだろう。

通報が入った時に
相手が人間だった場合のみ
使用が許される護身用の銃を構えたが
間に合わなかった。

もう少し駆けつけるのがはやければ

悔やんでも悔やみきれない。

犯人は妻を殺したあと
すぐに自らも命を絶った。

犯人は昔、慎一が検挙した幽霊と
付き合っていたのだという。

信じられない事実だった。

人間が幽霊を好きになるなんて。

犯人は大切な人を慎一によって除霊され、
その復讐として慎一の妻を殺しにきたのだ。

この出来事も無意識のうちに
慎一を検挙から遠ざける
1つの要因になっていた。
あの時もし検挙していなければ
妻は殺されることはなかっただろう。

しかし、その事について後悔はなかった。
俺は仕事上当たり前のことをしただけだ。
今もその考えは変わらない。


毎日のようにあの日のことを思い出し
眠れない。


次の日、
夕方ごろに少し
眠りにつくことができたのだろう。
目覚めると慎一はゆっくりと体を起こした。


頭が痛い。

目覚まし時計を確認した。

18時36分

まずい、遅刻だ。

今日の慎一の出勤時間は19時だった。

署までは車で30分ほどかかる。

すぐに支度をし、車に乗り込む。

慎一が
仕事に遅刻をするなど初めての事だった。

この1年間、
本当に神経をすり減らし生活をしてきた。
妻を亡くしたことは本当に辛かったが
仕事に支障など出ないと思っていた。
緊張の糸が切れたのかもしれない。

やっとの思いで署に着いたときには
時刻は19時23分だった。

「これはこれは多崎さん、ろくに検挙もせずに遅刻ですか?」

席に着くと
気持ち悪い笑顔と
ねっとりとまとわりつくような口調で
遠藤が話しかけてきた。

「すまん。昨日眠れなくてな」

「また奥さんのこと思い出してたんですか?」

こいつの喋り方は
どうにかならないのだろうか。
この話し方自体も
彼の強すぎる
霊感から来るものなのだろうか。
ほとんどの同僚とは気が合うが
どうしてもこいつとは仲良くなれない。

「まあ、そんなとこだ」

「それなら大丈夫ですよ。ちゃんと僕たちがサポートしますから。」

思ってもないことを口にする。
慎一は遠藤を無視してパソコンを立ち上げた。


ずっと使っているパソコンだからだろうか

起動が遅く、また貧乏ゆすりが激しくなる。


「そんなに気にするなら多崎さんも食べてもらえばいいのに」

遠藤は
意味のわからない言葉を残して席に戻った。

なんであんなやつの成績がいいんだ?

慎一はまたしても苛ついていた。

あいつが
あんなにも検挙数を上げているのには
何か理由があるはずだ。
きっと何かをしているに違いない。

その日は全く仕事が手につかなかった。


しばらく時間が過ぎる。
深夜2時
今日はほとんど電話が鳴らない。

「お疲れ様でーす。」

あくびをしながら遠藤が帰ってきた。

何かがおかしい。
誰も出動していないのに
こいつだけが外にいた。

遠藤はそのまま真っ直ぐに進み
所長のところまで来た。
報告をしているのだろう。

慎一は液晶パネルを見る。

遠藤の横の丸が1個増えた。
検挙数69人。異常な数だ。

「遠藤は本当に優秀だなぁ。」

周りにも聞こえるように大声で
所長が言った。

いくら検挙数が
あまり関係ないと言えども
ここまで差がつくと
さすがにこちらがサボっていると
思われかねない。

しかし慎一は
自らの仕事論に誇りを持っていた。
一番大切なのは市民の安全。
検挙数などただの数字に過ぎない。

液晶パネルを再び見つめた。
数字というのは残酷なものだ。
これが署内にあるせいで
仕事がしづらくなることだけは確かだ。

「じゃあ僕はお先に」

遠藤が最後までねちっこい喋り方で署を後にした。

何かが引っかかる。
昨日遠藤は一体なにをしていたんだ?
そして今日は一体

次の瞬間
電話が鳴った。


こんな時に出動か?

「はいもしもし、幽霊警察野方署、多崎です。」

「多崎さん!多崎さんですか?
昨日通報した岡田です。」

またあの女性か。

「あのね、岡田さん、何もしてこないでしょ?耐えられないなら引っ越してください。」

「そうじゃないんです。多崎さん!幽霊が消えたんですよ。居なくなったんです。」

「え?」

「多崎さん!ありがとうございます。もうなんとお礼したらいいか…」

何が起こっているんだ?

慎一は受話器を乱暴に置くと

「ちょっとパトロール行ってきます」

所長に少し強引にそう言って
外に出た。

遠藤が車に乗り込む姿が見える。

何かあるはずだ。
何か秘密が

慎一は
遠藤が言った
「そんなに気にするなら多崎さんも食べてもらえばいいのに」
という台詞を思い出した。

遠藤に見つからないように
慎一も車に乗り込むと
遠藤の車が駐車場を出たのを確認してから
ゆっくりと後ろをつけていく。

幸いにも遠藤は真一の姿に気がついていないようだ。

しばらく進むと遠藤は路肩に車を止めた。

慎一も気づかれないように
車間距離をあけながらゆっくりと停車する。

運転席から遠藤が出てきた。

しばらく立ち尽くしているように見えたが
後部座席の扉を開けるとすぐに閉めた。
まるで誰かを
車に乗せているかのようだった。

また普通に走り出す。

慎一は決して気づかれないよう
静かに慎重に後をつける。

遠藤は自宅のマンションに着くと
駐車場に入っていった。

なるほど
遠藤はここに住んでいるのか。
これ以上は入れない。

慎一はマンション付近に車を止めると
しばらくその場所で監視を続けることにした。

見失わないように目で追う。

一瞬、エレベーターに乗ったせいで
少し居場所がわからなくなったが
4階の角部屋の扉を開ける遠藤の姿を
しっかりと捉えた。

部屋までわかった。

ここまで来て
自分が少し非常識な行動を
しているのではないかと疑ったが
しょうがない。

怪しいのは遠藤だ。

しばらく同じ場所にいたが
このまま張り込んでいても
今日の夜の出勤までなんの動きもないだろう。

諦めかけたその瞬間、
遠藤の部屋の扉が開いた。

よく観察する。

遠藤がはじめに部屋から出て
そのあと女性が出てきた。

慎一はあんぐりと口を開き
しばらく閉じることができなかった。

信じられない、

あれは幽霊だ。

遠藤と共に出てきた女性は霊感の弱い慎一の目からしても確実に幽霊だった。

エレベーターに乗り込む。

慎一は急いで車のエンジンを切り
ドアを開けてマンション1階のエントランスへと走った。

ちょうど遠藤と霊を乗せたエレベーターが降りてきてチンと音が鳴った。

扉が開く。

慎一の姿を見つけた遠藤が
しまったという顔をした。

「おい、遠藤!
これはどういうことなんだ、
説明してもらおうか!」

遠藤は何も話さずあたふたしている。

「おい!なんか言ったらどうなんだ、」

慎一がそう言った瞬間
遠藤はエレベーターのボタンを連打し
扉を閉めようとする。

「おい待て!」

慎一はエレベーターの扉に
肩をねじ込み間一髪、中に入り込んだ。

「さあ、部屋に行って説明してもらおうか」

遠藤の顔が少し青ざめているのがわかる。

「ほ、本当にいいのか?」

「は?何を言ってるんだお前は!」

「お、俺の部屋を見るんだな?ほん、本当にいいんだな!」

「はやく連れてけって言ってんだよ!」

慎一が怒鳴るとチンという音とともに
エレベーターの扉が開く。

遠藤の首根っこを掴み
部屋の前へと連れてくる。

「開けろ!」

さらに怒鳴ると
遠藤は震えながら鍵を差し入れ扉を開ける。



扉の中には
想像を絶する世界が広がっていた。

そこら中に霊がいる。
実体を持たない
夥しい量の死霊生霊が犇きあっている。

霊感の弱い慎一でもこれだけ見えているのだから本当はもっといるのだろう。

「な?見ない方が良かっただろ?」

遠藤には先ほどとは違い余裕が戻っていた。

「な、なんなんだこれは!」

「幽霊だよ、俺が育ててるんだ」

「育ててるだと?何をふざけたことを言ってるんだ」

「ふざけてなんかないさ。ここにいるのはみんな俺が何処かから連れてきた幽霊だ」

慎一は状況がうまく把握できなかった。
これらをみな遠藤が連れてきたのだというのか

「お前の検挙数が多かった理由が分かったよ。ここにいる幽霊を検挙してたんだな。
さっき急に後部座席のドアを開けて車に乗せてたのも幽霊だろ。まあ、俺は霊感が弱くて見えなかったがな。」

「ご名答。
まあこれ見りゃさすがにわかるよな。
明日からももっと連れてくるよ。」

「ふざけるな!
お前、自分が何してるのかわかってんのか!そんなことしても何にもならないだろう」

「はー?
なーに
わけわかんないこと言っちゃってんのー?
幽霊ってさ、捕まえたらお金になるんだよ?特別手当ての話、あんたも知ってるでしょ?」

「それなら普通に検挙すればいいだろ!
なんでお前んちにわざわざ連れてくる必要があるんだ?」

「わーかんないっかなー。
さっきも言ったけど俺はね、
幽霊を育ててるんだよ。
ここで幽霊を増やしてるんだ」


幽霊を増やすだと?
そんなことが可能なのか?

「あれ?もしかして知らなかったの?
幽霊もちゃんと子供産むんだよ?
知らなかった感じ?」

幽霊が恋愛をすることは
去年の妻の事件で知っていた。
人間に恋することも
人間が恋することも知っていた。
しかし子供を産むなんて話は
一度も聞いたことがない。
慎一は耳障りな遠藤の言葉を
遮るようにして言葉を絞り出した。

「あのな、
俺たちは市民の安全を守るために
この仕事をやってるんだぞ!
自分が何をしてるのかわかってるのか!」

「ねえねえ多崎さーん
こんな話聞いたことない?
昔さ、外国のある村に毒蛇が出たんだよ。
たくさんの毒蛇がさ。
そして沢山の村人が蛇に噛まれたんだよ。
困った村はどうしたと思う?
蛇を捕まえたやつに報奨金を出したんだよ。
そしたらどうなったと思う?
みんなが寄ってたかって蛇を捕まえ出したんだよ。
金が貰えると聞いた途端これだよ。無様だよな?
でも賢いやつはどうしたと思う?
蛇を飼育したんだよ。
捕まえて育てて増やしてそれを役場に持っていったんだ。
その方がずーーっとお金になるからね」

「それがどうしたんだ!」

「この話とさ、
今俺がやってること何が違うわけ?
幽霊警察に霊を育てちゃダメなんて
決まりないよね?何がダメなの?」

「無差別に霊を増やしたら
市民に危害が及ぶかもしれないだろ!
お前クビになるぞ!
増やすなんて…
自分がしたことをわかってんのか!」

「へぇー、霊を増やしちゃダメなんだ。
そっか。
じゃあさ、多崎さん
こいつ見覚えない?」

遠藤は1人の霊を指差した。



それは見覚えのある男性の霊だった。

昨日慎一が訪れたアパートの、
階段にいた霊だ。

「なんで、なんでそいつがここにいるんだ!」

「あれ?やっぱり知ってる?昨日さ俺が捕まえたんだぁ。」

「なに言ってんだ!俺が…俺が…」

「なになに?捕まえたって言おうとしたの?
そっかぁ。でも言えないよね?
多崎さん捕まえてないもんねぇ。
多崎さんて全然検挙しないもんね。
でもさ、
多崎さんがよく言う
その市民の安全とやらのためにはさ
検挙した方がいいんじゃないの?」

「それは…
その霊は他人に
危害を加えるようなやつじゃないだろ!
安全だ。無闇に検挙する必要はない!」

「そっかそっかー。なるほどね。
安全な奴は検挙しなくていいんだ?
じゃあさ、多崎さんこいつ、見覚えある?」

遠藤がまた指を差す。



犯人だ。
あの時の犯人だ。
見間違えるはずがない。
あの時の記憶は今でも鮮明に覚えている。

そこには妻を殺した犯人の霊がいた。

「あーやっぱり覚えてるかー。
奥さん殺されちゃったもんねー。
そりゃ覚えてるよね。」

慎一の心の中は様々な感情で揺れていた。
なぜこいつがここにいるのか。
なぜ遠藤が飼育しているのか。

「こいつ、なんで霊になったかわかる?
なんでだろーねー多崎さん!」

頭が真っ白になった。
なんで
なんでこいつが
なんでこいつがここにいるんだ
こいつが妻を殺した

「ねえねえ多崎さん!
あんたさっき霊を増やすなって
たしか、そう言ってたよね?」

慎一に構わず遠藤が捲し立てる。

「あんたも増やしたんでしょう?」

慎一は何も言い返せないでいた。
怒りに震え、言葉が出ない。

違う違う
俺が増やしたんじゃない
こいつが勝手に死んだんだ

やっと見つけた
こいつだ
こいつのせいだ
こいつのせいで俺は毎日眠れない

「ねえねえ、多崎さん
幽霊って何食べるか知ってる?」

頭の中が混乱して言葉が何も出てこない。

「幽霊や人間の遺恨とか後悔だよ。
知らなかったでしょ?
食べられた者はその感情忘れちゃうんだってさ。
こいつら人間の負の感情を食べてるんだよ。ほんと醜いよねー。
でも食べられた人間は
忘れられるからいっか?
Win-Winみたいな?」

慎一はまた遠藤の
「そんなに気にするなら多崎さんも食べてもらえばいいのに」
という言葉を思い出した。
あれはそういうことだったのか。

ただただ唇を噛み締めることしかできない。

「あ、そうだ!
いいこと思いついちゃった!
多崎さんも食べてもらいなよ。
奥さんが殺された時の記憶。
後悔してるでしょ?
忘れたいでしょ?
死んだ時の様子食べてもらいなよ!
ねえねえ
ほら!食べてもらいなよ!さあ!ほら!」

「やめろ!やめてくれ!やめろ」



数ヶ月後

仏壇の前に座った慎一は
魂が抜けたように肩を落とし
一点を見つめていた。

妻が亡くなって1年以上が経っていた。

あの後、
遠藤の家を後にした慎一は
すぐに署に戻った。


遠藤は、幽霊警察をクビになった。

仏壇の中の妻の写真を見つめる。
写真の中の妻はいつも笑顔だ。

しかし何かが引っかかる。
何かを忘れているような気がする。



妻が死んだ理由
それだけがなぜか思い出せない。

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