カレー彼女
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
(星の数でこの記事のオススメ度を
5段階で評価しています)
2016年春
大学1回生になった僕は、
少しの不安と
大きな期待を抱きながら
小さな一人暮らしの家で
大学の授業が始まるのを
静かに待っていた。
明日はプレエントランスデイだ。
(よく覚えていないが
そんな感じの名前だった)
プレエントランスデイとは
授業が始まる前に
一旦、同じ学部の人達が数人
学校に集まり
様々なオリエンテーションを
通して、交流を深める行事である。
(名前合ってるか不安だが、
とりあえずこのまま使い続けることにする。)
この行事で少しは友達ができるだろう。
ほぼ内部進学のような形で
大学に入った僕は
高校からの友人が
何人かいたので
友達作りに関しては
そこまで不安はなかった。
次の日
僕はプレエントランスデイの
プログラムに組み込まれていた
校内見学で
グループが一緒だった
Y君と沢山話をした。
結局この日、
4年以上経った今でも
連絡を取り合うような友達は
Y君しかできなかった。
同じ学部で出身も一緒ということもあり、
Y君とはすぐに仲良くなり、
昼ご飯を週に2回ほど
一緒に摂っていた。
何もわからない僕たちは
腹ごしらえの為に
まず学食に行った。
僕は自分の大学名を
いろいろな場所で言っているので
あまりハッキリ言いたくないが
うちの学食の味は
正直、口に合わなすぎた。
どうしても
行かなくてはいけない状況の時は
うどんやカレーライスなど
当たり障りのないものを頼んでいた。
結局、
学食に行くのが嫌になり
僕達は、大学周辺の
安くてボリュームのある定食屋に
手を出すことにした。
まず初めに行ったのが
パスタやハンバーグなど洋風のメニューを
中心に取り揃えた
Aという定食屋だった。
店内に入ると
壁はコンクリートに囲まれており
地下駐車場のようだった。
店員は中年女性2人
僕はミートハンバーグという
ミートソースのスパゲッティー
の上にハンバーグが乗った
夢みたいな料理を頼んだ。
料理が運ばれてくる。
麺とソース、ハンバーグとが
完全にごちゃ混ぜになった
「それ」を一口食べる。
めちゃくちゃ美味かった。
盛り付けなど
全てが雑なのだが
古びた喫茶店のランチのような
その素朴な味が
新天地にやってきた僕の身に染みた。
お会計をし、
店を出る。
良い店を見つけた。
僕たちはウキウキだった。
ただ一つ引っかかったのは
やはり店員の態度だった。
注文をとる時も
待機中も常に
椅子に座ってタバコを吸いながら
僕たちの話を聞いていた。
でも味は美味い。
ボリュームもある。
正直、それだけで十分だ。
僕は大学生活の中で
あの店に何度も行くようになるんだろうなぁ
などと考えながら
午後の授業に向かった。
数日後
僕とY君は
また違う定食屋に向かった。
そこは一言では
表現しにくいが
喫茶店のようでもあり
定食屋のようでもある
少し古い華やかさを備えた
Pという名前の
カレー屋さんだった。
後々わかることだが
僕はここに入り浸るようになる。
店に入り注文をする。
店員は僕の母よりも少し年上と思われる
エプロンを着けた女性が4人ほど
僕が頼んだのは
カツカレーと
アイスコーヒーのセット
数分後
運ばれてきた料理を一口食べた僕は衝撃を受けた。
美味い
こんだけ美味いもん周りにあるんやったら
誰も学食なんか行かへんがな
とにかく夢中で食べ続けた。
食べ終わるか終わらないかという
ちょうど良いタイミングで
訳わからんくらいキンキンに冷えた
アイスコーヒーが運ばれてきた。
「これ置いとくね」
女性店員の1人が優しい笑顔で
シロップとミルクを持ってきてくれた。
なんていい店なんだ。
僕は完全にPの虜になっていた。
数日後
また同じカレー屋さんを訪れた僕たち
僕ってこんなにカレーが好きだったっけ
僕の実家は
なぜか毎週金曜日は必ずカレーだった。
なぜ海軍と同じシステムになったのかは
よくわからない。
大量に作るので
もちろん土曜日もカレーは残っている。
そのせいなのか僕はカレーに飽きてしまい
外食する時
頼むことはほとんどなかった。
そんな僕がこんなにしょっちゅうカレーを
食べに来るようになるとは
人とは変わるものだ。
今回僕は
コロッケカレーと
アイスコーヒーのセットを頼んだ。
料理が運ばれる。
僕のnoteを
よく読んでくださっている方たちは
知っているだろうが
僕はコロッケが好きだ。
我慢できず、カレーを置いてけぼりにして
コロッケを一口食べる。
ん?
何か食べたことのある味というか
匂いというか
これは悪口でも何でもないが、
そのコロッケは
某有名ファーストフードチェーン
の料理と同じ味がした。
この事実は僕の中で
ただただ謎だった。
まあ美味しいから良いけど
ちょうど
食べ終わるかどうかというタイミングで
アイスコーヒーが出てくる。
ちゃんとどのお客さんが
どのくらい食べているか
把握しているのだろう
「ねえねえ、この間も来てくれてたよね?
お名前教えてくれない?」
1人の女性店員に尋ねられた。
僕たちはそれぞれの名前を答えた。
何かにメモっている。
食事を済ませお会計をしにレジまで行くと
「ポイントカード作っといたよ〜。
名前もちゃんと書いてあるからぁ〜」
なんという周到さだろう
僕たちは完全に心を掴まれていた。
それから僕は
週2、3回のペースでこの店に通うことになった。
完全に常連だ。
Y君とつるむ機会は少し減り
サークルの同期や先輩と
よく来るようになった。
僕がいつ誰と店に行っても
名前を尋ねてくれた
女性が話しかけてくれる
「今日も授業頑張ってね。」
「今日も
新しい友達連れてきてくれたんやね」
「サークルは楽しい?」
他の店員さんとも喋るようになったが
その店員さんとは圧倒的に会話量が多かった。
ちょうどその頃だろうか
僕はその女性の名前を知った。
Yさん
(同じ話に同じアルファベット
の人物出てくるのややこしい)
Yさんはおそらく僕の母よりも歳上だ。
しかし年齢を感じさせないような
なにか柔らかい
何か優しい
何かこちらを癒してくれるような
そんな魅力を持った女性だった。
1年後
僕は2回生になり
後輩ができた。
もちろん今度は
後輩を連れてこの店に
通うことになる。
先輩後輩含め8人ほどの大人数で
行くこともあった。
春学期も中程を過ぎたある日
そのカレー屋さんで食事を摂ったあと、後輩からこう聞かれた。
「壱歩さんって、
あの人と付き合ってるんですか?」
あの人とはYさんの事だった。
付き合ってる?
そんなわけがない。
僕たちのあまりの距離の近さ、
普通ではありえない仲の良さに
後輩が軽くいじってきたのだろう。
「おいおい、みんなにバレるからあんまり大きい声で言うなって」
その時僕は否定せずにそう返した。
その後も何人かに聞かれた。
「お前あの人と付き合ってんの?」
「んー、もうちょっとで半年ですかねぇ」
聞かれる度に僕は適当にボケていた。
交際を否定した事は一度も無かった。
そんな事が何度かあったある日、
カレー屋さんに行くと
いつものようにYさんがいた。
いつものように
注文をとりに来てくれる。
全てがいつも通りだった。
いつも通りのはずだった。
それなのに
なぜだろう
その時、
僕はYさんと
うまく目を合わせる事ができなかった。
なんなんだこの気持ちは。
学生時代、友達に
「隣のクラスの〇〇が
お前のこと気になるって言うてたでー」
みたいなことを言われて
今まで全く気にしていなかったのに
そう言われたことによって
その人を意識してしまう
あの現象に似ていた。
『好き』に限りなく近いのに
角度を変えれば全く違うような感情を抱えて
カレーを食べると僕はそそくさと店を出た。
その後も
そのカレー屋さんとは
サークルぐるみで仲良くさせてもらい
僕が所属していた落語研究会の公演に
何度も足を運んでくれた。
見に来てくれるたび、
何か気恥ずかしく
何か緊張した。
それからまた数ヶ月が経った。
夏
僕はその日
居酒屋でアルバイトをしていた。
祇園祭の時期
僕が働いている店は最盛期を迎える。
やるべき仕事が次々とやってくる。
体力的にはしんどいが
1年で最も活気のあるこの時期のバイトが
僕は好きだった。
皆が元気に声を出している姿
そして京都で生きていることを実感させてくれるこの行事全体が好きだった。
祇園祭の時期は通常営業と並行して
屋台のような形で店頭販売も行っており、
知り合いが来てくれたりもする。
僕も数人の友達が来てくれた。
その中で
僕が最も驚いたのがある人物だった。
「いっぽー!知り合いきてるぞー」
店長に言われ、
僕は自分の持ち場から離れて
カウンター席へと向かった。
そこにいたのはあのYさんだった。
え
確かに働いている場所は伝えていたけど
わざわざ来てくれたのか
通常ではあり得ないことだろう
僕がバイトをしている店に
僕が働いている時間を狙って
わざわざ来てくださった
少し戸惑って挨拶をする。
「これ、主人です」
隣に座っていたのは
Yさんの旦那さんだった。
というかYさんのYは
もともとYさんの旦那さんのYだ。
「はじめまして」
そうか
Yさんには旦那さんがいるのか。
当然のことだ。
Yさんは僕の母よりも歳上だ
子供がいてもおかしくないだろう
その子供も、もしかしたら僕より大きいかもしれない。
それは本来、容易に受け入れられる事実だった。
ただ何か
居てもたっても居られなくなり
僕はすぐにその場を立ち去った。
持ち場に戻り
ただただ流れ作業のように皿を洗う。
なんなんだろうこの気持ちは
その時の僕の気持ちは
嫉妬と呼ぶにはあまりにも非現実的で
傷心と呼ぶにはあまりにも原因不明で
失恋と呼ぶにはあまりにも自分勝手だった。
僕の人生で
こんな体験をすることは
もう二度とないだろう
皿を洗う手には
いつもより少し力がこもっていた。
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