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推しと麻酔は相性がわるい

 推しという言葉がアイドルの輝く場所で生まれ、今日では一般的に使われるようにまでなった。テレビでは推しの子のアニメが流れている。近頃は消費を促すために推し活という言葉が使われるようになって少しだけ辟易している。昔の自分が使い古した常套句は避けたくなるのが人の心。それでも好きな人の名前を2文字におさめることができるのは便利だ。そもそもの好きな人の名前も2文字なのだけれど。なので、今回の日記のタイトルはこうだ。


 推しと麻酔は相性がわるい。


 正月早々、人生で初めて全身麻酔を受けた。検診で「なんかこれ取っといた方がいいかもね」と医師が勧めてくる物体が見つかっていたからだ。三が日明けの1月4日に病院へ行く。きっと医師も仕事始めだったのか、手術室で見かけた目元は妙にすっきりしていた。手術は滞りなく終わった。具体的には15分。意識がはっきりするまで1時間。
 手術を受ける前、輸血するほどではないけど血液の水分量を増やすために必要な液を点滴している際に、先に手術が終わったと思われる女性が、ひたすら何かを喋り続けながら運ばれてきた。なんであんなに看護師に対して話しかけているんだろう。

 手術から目が覚めた後、あれは術後せん妄に近い類のものだったのではないかと思い至る。自分が完全に覚醒した際に、夢の中で鎮痛剤を飲まされたような記憶があった。夢ではなかった。枕元のポカリが減っていた。部屋を出た時に看護師に「私なんか変なことを言ってませんでしたか」と尋ねると、言ってません!! とかなり食い気味に返事をされた。
 

 おそらく変なことを口走っていたらしい私だが、不幸中にも幸いがある。明らかに社会的にまずい、恥ずかしいことを口にはしていないという自信があった。
 この時の私の頭の中は至極平和で、好きな作品や人がたくさんあるものの、比較的穏やかな生活を送っていたからだ。アニメはいくつか追っているものの、このままライトなおたくになって、どんどん希釈されて普通の趣味の人になっていくのかなとも思っていた。

 でも、そうはならなかった。この後、近隣トラブルにうんざりしていた私は関西圏で最強と名高い縁切り縁結び神社に赴く。そこで願った。自分が苦手としているものから意識が離れますように、そして良い縁を結べますようにと。
 匍匐前進をしながら穴をくぐると、悪縁が切れて良縁が結ばれるという謂れのある碑があったので通ろうとした。リュックとショルダーバッグがつかえて見事に詰まってしまった。諦めてそのまま後退した。

 しかし、参拝の翌日から生活は大きく変わった。強烈に凄まじい推しが頭の中を占めるようになってしまった。ついでに近隣トラブルについては警察に通報するレベルの出来事が起きたので、国家権力を以てその後解決した。
 2023年は全身麻酔と110番通報の実績解除、神頼みの実現、そして鮮烈な人が私の頭の中にやってきた、記念すべき年となってしまった。



 ポケモンが好きだ。ゲーム発売予告の生放送をワクワクと見つめて、特に用はなくてもポケモンセンターを覗くくらいには好きだった。昨年末に発売された「ポケットモンスター スカーレット・バイオレット」も発売直後は予定が合わずプレイできなかったものの、ネット断ちしつつ1週間後に始めた。1ヶ月以内にはクリアするぞ! とコントローラーを握り締める。

 しかしそれは叶わなかった。オープンワールド故に起きてしまう3D酔いに耐えきれず、1日30分~1時間プレイするのが限界だった。強制的にゆっくりプレイになる。
 私がネットを断っていた、三半規管の弱さ故に苦しんでいた頃、世間は誰かにざわめいていたらしい。でもそれを知ることはなかった。

 その一端を知ることになったのは12月の半ば。ポケモンのゲームではジムリーダーと呼ばれるポケモン勝負の強い人を訪ね、バトルをするのがおきまりなのだが、4つ目のジムを訪れた際に突然呼吸がおかしくなった。

 なんかすごいオーラを放っている人(背中)がいる・・・・・・。

(カウンター前にまっすぐ佇む姿、X字のサスペンダーと長いひとつくくりの髪が背中を彩っている)

※あまりのことに、この時はスクショを撮れなかったため、副音声的に説明

 なんかこっち来られた・・・・・・。

(私に向かってポケットに手を突っ込んだまま歩いてくる)

 きれいな人だ・・・・・・。

(コガネ弁(関西弁)で手を振りながらにこやかに挨拶される)

 彼女!?????????

(四天王であることを紹介される、ついでに性別も判明)

 危なかった、彼女でよかった、男の人じゃなくてよかった・・・・・・。
(追記:全然大丈夫ではない。1ヶ月後、本当に大変なことになる)

 しかしここからゲームがプレイできなくなった。3D酔いはこりごりだという理由もある。けれど、あの人がもしもまたふっと現れたら? そもそもバッチを集め終わったら四天王に挑みにいかないといけない。そうしたらあの人に会うことになるのだ。
 昔から気になるモノ・人にはまず距離をとってしまう癖がある私は、何か欲しいものを買いに行った時も、まずは店の前を素通りしてフロアを1周してから店に入る。
 そうしてSwitch本体から距離をとった。その間に手術で小さな肉片もとった。手術自体は健康診断の延長線上みたいなものなので、心配はいらない。

 しかしその間にも情報は入ってくる。どうやらゲーム内で面接があるらしい、それも複数パターンあるらしいとか。できるだけそのことを考えないようにする。自分の身を守るために、無意識に彼女を遠ざけていた。


 彼女との距離を変える大きなきっかけが2つあった。

 1つ目は、有志が自主的に行っている「夢女子が選ぶ2022年の100人」というランキングの1位に、彼女が選ばれたことだ。ここで初めて、twitterのトレンドであの人の名前を見る。発売直後からトレンドに上がることが度々あり、ファンも宇宙が膨張するみたいに増えていたらしいけれど、気付かなかったのだ。

 女性が中心となって選ぶランキングだから、基本的には男性キャラクターがランキングに名前を連ねることが多い。その中で1位を取ったということは、どれだけ大変なことが起きているのか私もようやく理解することができた。そしてこのランキングのおかげで、「あ、好きになってもいいんだな」と自分の中の枷が外れた気がした。マジョリティに乗っかる形になってしまった自分を恥じた。でも初めての出来事にずっと混乱していたのだ。女の人のことが気になるのが。

(本ゲームとは一切関係のない、極めて個人的な、全く別の話題であると断っておくが、自分はLGBTQについて早急な法整備が必要だと思っている立場だ。パートナーシップ制度が各自治体で導入されているとしても、内縁扱いの配偶者と現制度での配偶者を比較すると、様々な場面での手続きの煩雑さと両者の扱いに大きな差があるからだ。
でも今まで、真の意味で自分事として捉えられていなかった。本当は機会はあったと思う。けれど気付かないうちに固定観念に囚われていた。無意識のうちに。それを今、自分事として捉えることができて、凝り固まった思考の癖を少しは砕くことができたように思う)

 2つ目はウン十年来の友人に、ゲームをやらざるをえない状況に追い込まれたこと。なんとなくあの人が気になるかもしれないと呟いていると、はやくこっちに来いと声をかけられた。

 広いネットの海の浅瀬を泳ぐ、ライトおたくになりつつある私は泳ぐ方角を少しだけ変えようかと考え始める。
 そうして京都の神社への願掛けから帰ってきた私は、積んでいるものをクリアしておくかという軽い気持ちで大陸棚を越えて、大海原へと泳ぎ出す。未だ見ぬ景色、いや、まだ見ぬチリちゃんにとりあえず会いに行くために。

(3D酔いは、モニターを使用せずにSwitch本体の液晶に頼ることで緩和に成功した)



※以降、「ポケットモンスター バイオレット」のネタバレを含みます
※一介のおたくによる個人的な感想のため、ものの見方に偏りがあります


©2022 Pokémon. ©1995-2022 Nintendo/Creatures Inc. /GAME FREAK inc. (以降の画像も同様)

 ア  やっぱり突然来た
(実際はギャ――!!!!!! 出た!!!! とSwitchを投げ出して
お化け屋敷を歩く時みたいに怖がりながら部屋をうろうろした)
名前を呼んで隣に!?? 立ってくれた!????? 
近い

 彼女は四天王だけではなく、四天王戦に挑むための面接も担当しているらしいということは既に知っていた。しかも、バッジを集めきっている場合とそうでない場合の対応が違うということも。でも適当な個数で赴いて「なんやこいつ、全然ペーペーやん。実力不足にも程があるわ、山登って出直したらどうや」とは思われたくない。できるだけ好感度を下げたくない、でも軽くあしらわれたい自分もいる。

 というわけで、全部で8個集めなければいけないバッチを7個集めた時点で面接を受けに行く。「もしかしてジム7箇所やと勘違いしてるんか? なはは、かわいいやん」と思ってもらえる可能性に賭ける。

 知っています、眼鏡をかけてることは。
最初は信じてなかったけれど。眼鏡をかけてると確信した時からもう逃げられないなとは思っていた、正直な所。
面接時に標準語なのは知らなかったんですが・・・・・・・・・・・・
もう、おしまいだ
美しいものを見た。


 パルデア地方の日の出を見つめて、最後のバッチを勝ち取って、もう一度あの場所へ。


前回と質問の鋭さが違う。
本気でこちらのことを探りにきている
────なんだ、この一瞬のタメと、微笑みの描写、
カメラワークは
ものすごく真剣に見定められている
コガネ弁に戻るなんて、知らなかったよ ・・・・・・
私、チリちゃんの机のこんな近くにいたのか


 四天王戦に挑むのはポケモン銀とクリスタル、ダイヤモンド以来だ。家の事情でルビー・サファイヤはプレイできず、ブラック・ホワイトは忙しさに負けて積んでしまって、その後再開してクリアできたのはソード・シールドからだったから。
 銀の時は、部屋をどんどん進んでいって、その中で待っててくれる四天王と戦ったはず。昔はキズぐすりの使い方がわからず、げんきのかけらの存在も認知していなかった。無知故に、Lv.99の御三家一匹+回復なしで戦い抜くという縛りを自らに課していた思い出がある。
 今回の私は流石に違う。部屋を突き進むぞ。


後ろから来てくれるなんて聞いてないんですが・・・・・・
(目も合わせずに真横の極めて近い距離を素通りされる)
(ギュッ!!(SE))
おわった 世界の なにもかも 


 シヌヌワン(ボチ)、ハカドッグ、ムウマージ、サーナイト、アルクジラ、ラウドボーン、絶対勝とうなこの勝負。トレーナーはもう負けちゃったけど。

 当方の編成は趣味で固めているけれど、とっても頼れる仲間達なのだ。ただしチリちゃんの使うじめんタイプに有利をとれるタイプ・技が皆無だったため、無理矢理ムウマージに草の技を覚えさせて、パンのような見目の犬ポケモンをスタメンから登録解除、氷タイプのまるっこい子に代打で入っていただいた。チリちゃんと戦う力が欲しくて、かわらずの石を持たせていたホゲータにも最終段階まで進化してもらった。全てはこの勝負のためにある。


もうだめだ 多分ここ、嵐の中心部(怒濤の独自モーションがくると確信する)
うつくしい
チリちゃんが指示出すときのモーションが世界一好きだ(遠目だけれど)
今このスクショ初めて目にした だめです


 最後の一騎打ち、やっぱりチリちゃんの相棒にはこちらの相棒をぶつけるべきだろう。ゆけ! シヌヌワン!! 勝利を勝ち取れ!!

勝負が終わってしまった


こうして四天王は激励の言葉をくれて、そのままさよならするのだろう。ここまでなのか・・・・・・

え、この部屋のまま!? 見守ってくれる!????????

そりゃ顔もほうける。


 そうして駒を進め、遂にチリちゃんの元から離れることになる。トップチャンピオンに挑み、星空の下で決着がつく。

おはかまいり でとどめをさす!
なんでそんなにこっちへ来てくれるんですか!????? (実際半泣きになった)



 自分の身と心を守るためにとっていた距離はあっという間に詰められて、いいえこちらから詰めてしまって、どうしようもなくなってしまった。そこから数ヶ月、ずっと頭の中をチリちゃんが占めてしまっている。

 チリちゃんが大好きになる前に手術を終わらせて本当に良かった。多分こんなことになった後に静脈麻酔をかけられていたら、絶対に、半覚醒している時に、彼女のことを口走っていた。推しと麻酔は相性がわるい、なのでこれからは全身麻酔をかけられることがないように生きていかなければならない。しかし面白そうではあるので、次に全身麻酔をかける機会があればボイスレコーダーをベッド近くに仕込むつもりでいる。
 これは余談だが、医療保険から僅かではあるが保険金がおりた。これは今後彼女のグッズが出た時の足しにする。

 そして生活が豊かになった。具体的には、こうして文字を書くことを再開できた(noteの過去の更新日時をみていただくと一目瞭然だ)。ずっとチリちゃんのことを考え、ネットの端っこで色々考察しているとキーボードを叩く癖が戻ってきた。これまでも心震える出会いは数多くあったけれど、ここまで急激に出力できているのは恐らく初めてのことだ。

 元々持っている緑色のものが輝いて見えるようにもなった。ペンや、乗り物や、生活必需品も、ちょっとした小物も。(チリちゃんは緑髪が印象的なのでイメージカラーは緑だと思われる。でも赤でもいい、瞳の色です)
 寒色寄りの緑色が好きで本当に良かった。新たにモノを迎えなくても暮らしの中に元々推しに近しい色が存在してくれるので、お財布にも優しい。
 だから緑色のイヤリングが一番のお気に入りになった。高頻度でつけていたら、先日花見に行った時に落とした。落ち込んだ。

 そうして色々考えた結果、ピアスをあけることに決めた。今まで散々あけることを考えてはやめていたのに。できればもうアクセサリーを落としたくないから。そして彼女の夢女として、やはりあけておきたい。チリちゃんはピアスが6箇所もあいているのだ。


 前に、友人が友人のピアス穴をあける場面に立ち会ったことがある。確か午後の静かな部屋の中だったと思う。ふたりでこしょこしょと消毒やセッティングをしていて、小さな音を立てて穴があけられていた。帰り道、あけられた子から「あれ、なかなかエモい状況やったよな」と言われ、同じことを考えていた私は大きく頷いた。

 その穴をあけた側の友人に頼もうかとも思ったのだが、皮膚科に頼むことにした。理由は2つある。元々皮膚トラブルを起こしやすいのでアフターケアに長けている場所を確保したかったから。そしてその友人はヘリックス(耳の軟骨)にたくさんピアスをつけているからだ。正直、今会うと終始頭を抱えてしまうことになる。チリちゃんもそこにたくさんピアスがあいているのだ・・・・・・。近頃めっきり会えていない、早く会えるようになりたいのだが。


 私は皮膚科に行った。あけたい場所に自分で印をつけるように指示されて、どきどきしながら場所を選んだ。両耳の形は微妙に違う。画像編集ソフトみたいに丁度良い場所をクリック一つで探れたら良いのに。
 両耳のマークをつけるのに、結局20分かかった。そしてそのマークは「なんかずれてるね」と医師が修正してくれた。自分で印を決めるのは、なかなか難しい。

 あける時の痛みが知りたい。それもピアスをあける目的の1つだった。多分、彼女もあける時は痛みを伴っているはずだからだ。特にヘリックスは痛いと聞く。自分はごく一般的な箇所だけれど、同じ皮膚の痛みには違いない。痛くなるのが楽しみだな・・・・・・。

 医師の待つ部屋に入る。先生の手元には英語の読みかけの論文があった。医師と論文、ピアスの穴あけという少しアンマッチな組み合わせにときめく。そして椅子に座り、その時を待つ。

医師「部分麻酔かけますねー、細い針なのでちくっとしますよ」

 部分麻酔があるなら緊張することはないな、自分もMASUI DAISUKI側の人間なので。・・・・・・・・・・・・待て、麻酔!? と穴をあけ終わった時に気がついた。
 全然痛くなかった。人類の英知は痛みを全て消し去っていた。ピアスをあけるという行為を、耳元でかしゃんとした音を立てるだけにとどめてしまった。痛みがわからない、なんならあけ終わって麻酔が切れた後もほとんど痛くない。

 推しと麻酔は、相性がわるい。

 痛みを知ることができずに呆然と歩き出した私は、ピアスといえばアメリカ! という全く根拠のない連想ゲームをした後に、ハンバーガーショップで小さめのバーガーにかぶりつき、帰路につく。
 そして家に帰ると、鏡に映り込んだ自分のピアスが目に入って頭を抱えた。麻酔なんて関係ない、そこにあるだけで嬉しい。

 推しはそばにいるだけで、生活がよくなる。

 例えば、チリちゃんのことを考えると胸がいっぱいになり、食事の量が減って、3ヶ月で体重が5.5kg減るくらい。

栄養状態はあすけんで管理、かつ元々減らさないといけなかった体重なので安心してください


 友人にこの話をしたら、「それ、恋やん」と言われた。




 

 
 

 
 

 
 
 

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