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五十六話 チョークポイント

 アメリカを出る朝、ペルーから派遣で同行し、世界LGBT王者のセコンドにまで出世したガイドが、「このままフロリダに残る。ついの棲家にする」と言い出した。
 笑みを浮かべている表情から、フロリダをすっかり気に入っているようだ。さらに、祖国の総合酋長=黄金卿エルドラードについて、「彼はこすい。実は皆に嫌われている」と臆面もなく爆弾発言した。
 葛西と松井が驚くと、受けたと思って笑っている。最早ペルーに戻る気は毛頭ないようだった。
 
 この申し出に、葛西と松井は顔を見合わせ即了承する。葛西らとて、ガイドを日本に連れて帰ったところで意味がなく、このまま残ってくれれば、またアメリカで試合や商売する際、付き人として使えるだろう。正直、向こうから言って来てくれ、手間が省けて助かった。
 
 一方、ペルーのガイドも思惑があった。葛西らにクビにされるのは、断じてプライドが許さなかったのだ。そのため、明らかフロリダを気に入った素振そぶりを見せ、クビにされる前にこちらから切った。インカ帝国の末裔だけあって、プライドだけは異様に高かった。
 
 船着き場で別れのあいさつをする。
 「お前は俺に入門した」
 葛西が言った。
 ペルー人ガイドはそれに答えず、苦い笑顔を見せた。
 
 フロリダを出港し、パナマ運河に向かう。
 コロンビアに接するパナマ共和国は、一五〇一年スペイン人の到来、約三百年に渡ってスペイン領だった。その後、アメリカの画策を受け、また一時はコロンビアの支配を受けるも、一九〇三年に独立。しかし、新憲法で「運河地帯の幅16kmの主権は永遠にアメリカに属する」と規定されたため、以降アメリカに支配される。また、これにより、アメリカがパナマ運河を建設し、一九一四年に開通した。

 なお、パナマ運河建造の主な目的は、アメリカ海軍に太平洋と大西洋を行き来させるためだったが、運河の門の幅が33.5mであるため、船幅はそれ以下でないと通れない。戦艦通過の際は、運河の両側から機関車で牽引するため、幅約32.3m以内、長さ約274m以内でなければならない。主力艦が搭載する主砲の口径は、設計上、戦艦の長さと幅によって大きさが決まるため、主砲も口径41cm未満のものに限られた。
 こうしたことより、日本海軍は、アメリカが口径41cm以上の主砲を持つ戦艦を造らないと判断。46cm主砲(最大射程約42km)を三基九門搭載した大和級戦艦の建造に至る。相手の届かない距離から砲撃するアウトレンジ戦法で戦い、砲弾の威力でも圧倒する算段だった。

 無論、葛西と松井が乗る船などだ。
 幅一桁メートルゆえ、余裕綽々しゃくしゃく。大手を振って南西へ、全長約80kmに及ぶパナマ運河をスイスイ通過する。
 また、想像以上に警備ガードも甘く、世界の要衝、チョークポイントの割には、ゆるゆるだった。

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