六十一話 再戦
「カメハメハ大王を見たいです!」
同胞の青少年の問いを無下に扱うわけにはいかない・・・そう思った日系観光ガイドは、一連の布哇の歴史を含め、カメハメハや布哇王国は、すでにこの世に存在しないことを教えた。
布哇の歴史など1mmたりとも知らなかった葛西と松井は大きなショックを受ける。
「カメハメハどころか国自体乗っ取られていたとは・・・」
雲一つないホノルルの陽気な雰囲気と相反する表情を見せる二人。そんな二人を慰めんと、日系ガイドは祖国日本の偉大さを説く。
「一八四三年、この港に英吉利が攻め入り、布哇はその時点一回やられている。これに対し、六三年、薩摩は錦江湾に攻め入った英吉利艦隊と互角以上に戦った。にもかかわらず、全面的に負けたと思い、以後意識改革に励んで、日本自体の改革を促し、実践した。祖国はやっぱ凄いよ」
「本当ですね。日本はやはり強い」
「カメハメハ大王個人の力だけではどうしようもないですね」
二人は口々に答えた。まだ語彙が少なく、うまく言い表せないもの、気持ちだけは伝えたかった。
葛西と松井の反応に満足したガイドが小便に行くと、トムらLGBTの一行が現れた。フロリダ州タンパでの一戦で、LGBTシングル王者のタイトルを奪還したトムは、嬉しさのあまり、タッグ王者のベルトを取り返すのを忘れていたのだ。そのため、慌てて、別便で船に乗り込み、船中八策、布哇興行を組んだ。
便所でたまたま日系ガイドを見つけたトムは、葛西・松井の手書きの似顔絵を見せ、再会に漕ぎ着ける。
「頼むから負けて欲しい」
開口一番、トムは謂った。タンパであれだけイキッていた人物とは思えない豹変ぶりだ。
周りの同僚たちも下手に出て、お伺いを立てて居る。
「マネーも出す」
「金なんかいらねぇ」
「なら何が欲しい?!」
「ガチンコならいい」
この繰り返しが四、五回続き、結果渋々トムが折れた。
試合形式は、王者葛西・松井組vs挑戦者トム・ベン組によるLGBTQ世界ヘビー級タッグマッチ60分一本勝負。ワイキキの即席リングで、ヴァリトゥード・ルールでの再戦となる。
数時間後に始まった試合は、トムの最も望んでいない激戦となった。ガチのセメントを仕掛けてくる松井に、開始早々トムとベンは流血する。ワイキキビーチに似つかわしくない光景が繰り広げられるも、白人が一人の亜細亜人にぶちのめされる様子に、先住布哇人は熱狂した。
歓声に勢いづいた葛西・松井組には相談の上、カメハメハ大王、もといプリンス・カメハメに因んだ大技を仕掛けることに。まず、松井が葛西を肩車し、その上で葛西がトムにキン肉バスターを、松井がベンにキン肉ドライバーを同時に掛けた。前代未聞の一体技をまともに喰らい、下のベンは首の骨を、上のトムは腰の骨を折る。
マットに叩きつけられた両者を見て、葛西は、団体の頭であるトムに照準を定めた。すぐにフォールしてもよかったが、外人に日本の強さを見せつけるため、さらに工夫を凝らす。耳打ちし、松井の両肩の上で立つ。ビーチで拾ったゴーグルを着装したのち、天皇陛下に敬礼。トム目掛けて、一気に飛び降りた。
「1,2・・・」
白人客にレフリーが忖度し、若干間があくも、やむえずカウント3を入れる。
爆発する観客。新必殺技”パールハーバー・スプラッシュ”が見事に決まった瞬間だった。
積年の憂さが晴れ、先住布哇人は涙を浮かべている。葛西と松井はLGBTQ世界ヘビー級タッグ王者のタイトルを防衛し、プリンス・カメハメとして接待を受けるはずだった。
が、何故か試合終了を告げるゴングが鳴らない。共和国政府からレフリーに紙が渡される。
「勝者、ニューチャンピオン、トム&ベン!」
意味不明の判定に場内は騒然。先住布哇人及び日系人の怒号が鳴り響く。
次いで流れたアナウンスによると、試合序盤、コーナーへよじ登ろうとしたベンのレスリングショーツに葛西が手を掛け、意図せずズラして尻が見えたことが反則になったとのこと。
さらに、葛西らに不運が重なった。夜九時に出港するはずだった船が、南方からの台風接近により、夕方出ることになったのだ。時間を見るとあと三十分もない。ベルトは共和国コミッショナーが持ち逃げし、どこかに隠している。
出航の時間が迫る。葛西と松井は、ベルトを諦め、船に乗ることを優先した。
ワイキキ・ビーチを去り際、葛西は会場を見回した。
あきこがいない。葛西の頬が自然に緩んだ。
「あきこは伝説の瞬間を見逃した。写真撮ってねー」
もし、あきこが来てたら、写真撮って「#あきこカメラ」付けてツイートし、いいね500、インプレッション万は超えて、高みに浸ってただろう。自分が身体張って、汗水血を流して、それで美味しいところだけ、あきこにもっていかれては目も当てられない。それならまだトムに負けた方がいい。それは松井ですらそう感じており、そう思うとベルトは諦め尽いた。
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