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百十九話 肉刺と纏足

 この頃、浅井は、足の裏の肉刺まめに苦しんでいた。
 足裏全体に出来た肉刺まめは、血肉化し、やがて肉饅頭のようになる。終いには、足の甲の方まで肉刺まめが出来、分厚い靴下が血にまみれた。
 
 浅井は、稀に時短の小休止を授かると、速攻血塗れの靴下を脱ぎ、足裏を宙に浮かして外気に晒す。気休め程度に足裏を冷やすのだ。
 但し、後発のため、すぐ出発の号令がかかる。さすれば慌てて靴下を履かなければならない。そして、再び軍靴を履いて、第一歩を踏み出す時の痛さと言ったら、まさに死んだ方がいいと思うほど。足首から下を斬ってしまいたいくらいだった。

 しかし、そんな地獄の苦しみさえ忘れる出来事が二つあった。
 一つは戦闘だ。戦闘が起これば、徒競走のような行軍も一時的に止まる。そのため、前進を阻む敵を待ちわびた。現れる敵は、頑強であればあるほどいい。その分、前方部隊の戦闘が長引き、後方は休めるからだ。
 もう一つは、占領した市街地での掃討。日本軍の突然の来襲に、多くの村民は近くの山などに隠れる。しかし、血気はやる若者は、他國の軍隊になすがままにされるのを拒み、家の中から攻撃して来ると思われた。従って、無人の村落の中、不気味に静まり返る家々の窓から、いつ何時なんどき狙撃されるかと思うと、足裏の痛みも忘れるのである。

 市街を占領してしばらくすると、日本軍の戦時憲兵が現れる。占領地の治安を回復させるためだ。
 なお、占領して憲兵が来るまでは、歩兵たちの徴発タイムである。
 この徴発タイムにおいて、浅井はもっぱら食糧専門だった。街や村の人間は、日本軍が来ると知って逃げている。年長者の兵の中には、貴金属店に入って奪った物を隠し持つ者もいた。

 浅井は、店の看板を見上げながら歩いた。飯店と書かれた店を探すも、日本人が漢字を読めるので、外しているのだろうか。なかなか見当たらない。やむなくそれらしき店に入ると逃げ遅れた老婆がいた。足元を見ると纏足である。足手纏いになるので家族に置き去りにされているのだ。
 (支那には、女性を性奴隷にするため、纏足という因習がある聞いていたが、実際目の当たりにすることになろうとは・・・)
 何という気の毒さ。足の肉刺まめの痛みどころではない気がする。
 兎にも角にも、言葉が通じない浅井は、危害を加えないことだけを苦労して伝えた。

 通りに戻って飲食店を探し歩く。ある店から湯気が出ていた。入ってみるとビンゴ!奥に蒸籠セイロンが十段くらい積み上げられている。
 (湯気を上げている上の方四、五段目までがちょうど食べ頃だ)
 浅井は抱えて集合場所に戻り、一班の皆で食べ、喜ばれた。

 この他、浅井は、結婚披露宴の途中だったのか、食事がまったく片付けられていない状態で残っているのを見つけたことがある。あまりに出来すぎているので、毒でも入っているんじゃないかと思ったほどだ。なお、この時は、独りで食べた。
 
 河南作戦の四十日間、食での苦労は少なかった。但し、戦闘と行軍続きの毎日で、二時間続けて寝れたのはわずかに一回だけだった。

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