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力水神と秘密の修行(私がコーラを飲めない理由)

犬の散歩をしていると、久しぶりに自販機で「力水」を見つけた。

「力水」とはキリンビバレッジから発売されている炭酸飲料であり、1994年の発売当時、頭がよくなる成分として注目されていたDHAを配合したことで話題を集めた。

「力水」は毎年のように名前が変わり、95年に「超力水」、96年に「最強力水」へと進化をとげると、98年の再々リニューアルにむけて、前年に新しい名前を募集していた。

当時、中学生だった私はこれに応募した。「超」「最強」ときたらつぎは「神」しかないだろうと、自信満々で「降臨!力水神」とハガキに書いて送った。

ところが、選ばれたのは「今世紀最後の力水」だった。2019年に「平成最後の」ブームがあったが、この時代からすでに「○○最後の」をやっていたのである。

とはいえ、『ドラゴンボール』のことを考えると、「力水神」など選ばれなくて正解だった。

『ドラゴンボール』では宇宙を統治する存在として、「神様」の上位に「界王」を置いてしまったがために、「神様」のハイパーインフレにおちいった。
物語が進展するごとに、「界王」→「大界王」→「界王神」→「大界王神」→「全王」と、より上位の存在が必要となり、現在まで苦闘はつづいている。

「力水」は「超」「最強」の段階で、しなやかに「今世紀最後の」へとかじを切ったことで、ロングセラー商品になった。

名前のとおり、「今世紀最後の力水」は20世紀いっぱい持ちこたえ、その後、これまでの力強いパッケージから一新、脱力系の子供を描いた「チビ力水」(2001)にイメチェンし、それから「試験にでる力水」(2003)、「続・試験にでる力水」(2004)という変遷へんせんをたどった。
2011年に製造終了となったが、今ではシンプルに「力水」として復活をとげている。

一周まわって発売当初の名前にもどってこられたのも、「今世紀最後の力水」で方針転換できたからである。
仮に私の「降臨!力水神」が採用されていたら、最終的に「天孫降臨!!!史上最強アルティメット力水大明神」とかになり、令和の壁は超えられなかっただろう。

――と、ここまで熱っぽく「力水」について語ってきたが、じつは私は中学時代、炭酸が苦手だった。にもかかわらず「力水」に応募したのは、Fくんに誘われたからである。

Fくんは炭酸が大好きで、ことあるごとにコーラを買っていた。いつも「きりり」だった私は、炭酸を飲めるなんて〝大人〟だと、ひそかにあこがれていた。

そんなFくんが応募した名前は「力水さん」だった。当時の私は「くそダサッ! こいつセンスのかけらもねえわ」と思っていた。

だが、いま思うに「超」「最強」ときて、「力水さん」を持ってくるセンスはなかなかのものであり、なによりその後の「チビ力水」といった脱力系を先取りしている。

さらに彼によれば、この「さん」は3番目の名前、つまり「3」とのダブルミーニングだという。
これは「ウィンドウズ」の展開、「95」「98」「2000」「Me」「XP」「Vista」ときて、「7」「8」「8.1」「10」「11」とつづくネーミングをも先取りするものである。

私は脱帽しかけたが、数えなおしてみると「3」でなく「4」である。やはり、おっちょこちょいなのか。

Fくんは髪の毛の色がすこし茶色く、「俺、アメリカの血が入っとるんで」と公言していた。

ここでいう「アメリカの血」とは白人のことだろうが、彼は一見すると目が細く平べったい顔の「純日本人」である。

荻上チキ・内田良編著『ブラック校則』の調査によれば、日本人の約8パーセントが生まれつきの茶髪であり、「日本人なら黒髪」というのは偏見である。

生まれつき茶髪の人のおよそ1割が中学生のころ「黒染め指導」を経験しており(高校では約2割)、ドラッグストアの登場で染髪剤が普及したことにより、その割合は年を追うごとに増加しているという。
Fくんも現代であれば「黒染め指導」を受けていたかもしれない。

だが、牧歌的な時代に育った私は、Fくんの自然な茶髪に憧れていた。Fくんがコーラが好きなのもきっと「アメリカの血」のせいだろう、と思っていた。

ある日、Fくんの家に遊びにいったとき、私は偶然、浴室で風呂おけに置かれたコーラの缶を発見した。
かねてよりうわさは耳にしていた。コーラで髪を洗うと茶髪にすることができると。

「アメリカの血」じゃないじゃないか! 私はだまされたと思ってFくんにつめ寄った。

「これは……修行じゃい」

焦りを隠せないFくん。

「修行? なんの修行や?」

「コーラに浸けてチ○コをきたえる修行……」

彼は恥ずかしそうに打ち明けた。『ホットドッグプレス』かなにかに書いてあったらしい。

私は大学デビューとともに茶髪に染め、ビールを覚えると炭酸も飲めるようになった。
だが、いまだに彼のおかげでコーラを飲むことができない。

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