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「さようなら」君の言葉は白かった。

冬の寒い日のことだった。アメリカに留学したぼくを追いかけるように、半年後、彼女がアメリカにやってきた。そして、半年ぶりに会った彼女に別れを告げられた。眼前に広がる彼女の言葉が、確かに見えたような気がした。

「さようなら」君の言葉は白かった。

ぼくが彼女に初めて会ったのは、大学でゼミが始まる前日の懇親会だった。彼女は小柄で、お酒はあまり飲まないような雰囲気の子だった。

「乾杯!」

誰だかわからないけど、明らかに陽キャな雰囲気の男子が声を張り上げ、懇親会が始まった。人見知りなぼくは、初めましての人とは、あまり会話をすることもなくその日を終えた。

外の空気がなんだか新鮮に感じられて、大きく息を吸い込んだ。横からひょこっと出てきた彼女も同じように、大きく息を吸い込み、息を吐いて笑った。彼女を好きになるには、それだけ十分だった。吐いた息が空を白く湿らせていた。

それからはよくある話のように、彼女と一緒に授業を受たり、放課後を一緒に過ごしていくうちに、ぼくたちは恋に落ちていった。

恋の類の話になると「恋なんて、愛なんて、んなもんわかるかい」と言っていたぼくも、彼女ができてわかった気がした。恋はするもので、愛は感じるものだった。これまでの人生では感じたことがないくらいの愛を、彼女からはもらったように思う。毎日が幸せで、まるでドラマの主人公になったようだった。

部活をしていたぼくは、忙しい上にお金もなく、できるだけ彼女との時間を大切にしたくて、何もない日は、ほとんど終電まで一緒に時間を過ごしていたように思う。何をするわけでもなく、ただただ一緒にいただけだった。時には人気のないところで唇を重ね、たまに遠出をした際には、ホテルで体を重ねることもあった。

好きな人と過ごす時間がこんなにも愛おしいものだと、彼女と過ごした時間が全てを物語っていた。

付き合って半年ほどして、ぼくのアメリカ留学が決まった。ぼくのしたいことをして欲しいと、彼女は留学を応援してくれた。留学に行くまでの時間を大切に、大切にしたいと思った。

ディズニー好きの彼女のために、チケットをプレゼントして、一緒にディズニーに行った。もともと人混みが苦手なぼくでも、何年ぶりかのディズニーはすごく楽しくて、一日中笑顔が絶えない彼女を見ていたら、留学に行くのが少し惜しくなっている自分がいた。また、日本に帰ってきたら一緒に来たいなと切実に思った。

その夜、彼女にそのことを伝えると

「日本でずっと待ってるから、頑張って行ってきて!」

と彼女らしいポジティブな返事が返ってきた。言葉とは裏腹に、彼女の目には涙が溜まっていた。ぼくの前で初めてポロポロと泣いていた。

「いってきます...」

と彼女を抱き寄せ、彼女の涙が肩を濡らした。ぼくも同じように彼女の肩に涙を落とした。

それから数日後、フライトの日がやってきた。

「一年なんてすぐだから、一生懸命勉強して、たくさん友達を作って、いっぱい遊んで、元気に帰ってきてね!」

満面の笑顔でぼくをアメリカに送り出してくれた。ぼくも彼女に負けない満面の笑顔で、彼女に手を振った。

彼女の声援に応えようと、自分なりに頑張って、英語もなんとなくわかってきた頃だった。彼女の留学が決まって、アメリカで会えることがわかった。まさかアメリカで会えるなんて思っても見なかった。ぼくはとてつもない喜びを感じていた。

待ちに待った半年ぶりの再会。彼女は相変わらず可愛くて、ぼくの顔はアメリカに来てから一番にやけていたと思う。

少しそっけない彼女に違和感を感じながらも、きっと半年ぶりだから照れてるのかな、なんて勝手に解釈をし、一緒に夜ご飯を食べた。

それでも彼女の様子が変だったので、ぼくは単刀直入に聞いてみることにした。この後どんな返事が返ってくるとも知らずに。

「どうしたの?久しぶりに会ったのに元気ないじゃん。なんかあるなら話してよ?」

少し目を合わせ沈黙が流れた後、彼女はこう言った。

「冷めちゃった。嫌いになったとか、そういうのじゃなくて、ひとりで色々夢とか、これからのことを考えていたら、気持ちがだんだん冷めてきちゃった…ごめん。」

そこからはとにかく泣いてしまった。

この二泊三日が最後なんだ。もう会えないんだ。そんなことを考えていたら、これまでの思い出が走馬灯のように蘇ってきて、ひたすら涙が流れた。

ホテルに行くまでのバスの中、街を一緒に歩いている時、とにかく何をしていても彼女との思い出が蘇ってきては、全てが涙となって頬を流れていった。

そんなぼくを見るたび彼女は

「ごめんね。泣かないで、ね?」

優しく涙を拭いてくれたり、少し微笑んで慰めてくれたりした。

彼女の優しさがますます涙を誘発させた。とにかくこれから別れるという現実に向かっていくことに対して、泣くことだけが、ぼくに残された選択だった。

最終日、ついにお別れの時がやって来た。二泊三日泣きに泣いたぼくも、さすがに涙が枯れてきたみたいだった。

テレビでもよく出てくるロサンゼルスの大きなターミナル駅から、ぼくは電車に乗って帰る。最後の時間、ふたりで駅のホームで電車を待った。たわいもなことを話して、この時間が永遠と続けば良いなんて、よくあることを思ってしまった。

電車がやってきて、たくさんの人が電車から降りてきては、乗っていく。お別れのハグ、お別れのキス。アメリカにいることを目の当たりにして、勢いに任せて彼女に最後のキスをした。

「じゃあね、またね…」

”また”がないことを理解しながら、そんな言葉が口をついてしまった。

「またね…」

彼女もそう言った。

電車のドアが閉まり、彼女の口元が微小に動いた。

「さようなら」

言葉と共に出た息は空気を白く湿らせ、まるで彼女の言葉が視覚的に見えたようだった。

ひとり帰りの電車の中で涙を流し、目を瞑った。

「さようなら」君の言葉は白かった。

#2000字のドラマ

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