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創作メモ(2020/7/24):クズエルフ山脈シリーズ(一:葛廻流風山脈への路(一))

(これまでのあらすじ)

***

「緑とも黒とも茶褐色ともつかない、鬱蒼と木々の生い茂る山だった。

 葛廻流風山脈(くずえるふさんみゃく)。

 広域地方自治体、葛城地区(かつらぎちく)に広がる、あの有名なあれだ。
 近世短歌(はいかい)にもよく出てくるだろう。
 そうそう、
「葛城や 葛廻流風(くずえるふ)らが 夢の跡」
 とかさ。

 たまたま今年は、民俗学研究室に、割と多めの予算が来たんだよ。
 だから、俺と和羅先輩(かずらせんぱい)は、前々から計画だけはしていた調査を、ようやく実施出来る様になったんだな。

 で?
 まあ、聞いているだろう。
 先輩は死んだ。あの山で。

 俺は見ての通りの腑抜けさ。
 毎日、研究室の片隅に籠って、同じ民俗学者と喋っていれば、少しは立ち直るのも早いかと思ってたんだが、まあそんな甘い話はないんだよな。
 未だに、頭も、心も、使い物にならねえ。困ったもんだ。

 え?
 何があった、って?

 あんまり喋る気になれなかったんだが、今日はちょっと色々あってな。
 お前も、たまたま昨日、万武廻流風(ばんぶえるふ)の調査から帰ってきたんだろう。
 廻流風つながりということで、これも何かの巡り合わせなんだろうな。
 たった今、ちょっとだけなら、話してやろうか、って気分になってるんだよな。
 運が良かったな、お前。

***

 案内役は、変なやつだった。

 あれは、ある種の、甲(よろい)だった。
 後で本人から聞いたんだが、藤(ふじ)の蔓(つる)を編んで作ったものなのだそうだ。
 葛廻流風山脈では、葛や藤は本当にあちこちに生えている。だから、取ろうと思えば、いくらでもたくさん取れるわけだ。葛廻流風たちの大事な資源だ。
 これを、油に浸けて、日に晒して、また浸ける。その繰り返しで、刀も槍も矢も石も通さない、水にも浮く、身軽で強靭な甲になるとのことだ。

 下には襤褸(ぼろ)を着ていた。これがどうも木綿(もめん)なんだそうだ。
 麓の木綿農家から綿織物や綿実油(めんじつゆ)を交易で得ているとの話でな。

 驚いたことに、これがちゃんと合意に基づく取引なんだという。
 知っての通り、彼らは何でもかんでも誰彼構わず「借りる」んだが、まとまった量のものを得るには、やはりそういうわけにはいかないんだとよ。
 そういう話は他の廻流風(えるふ)でもあるらしいが、本人たちからの証言が得られたのは大きかったな。

 たくさんの紐(ひも)を肩に巻いて、大きな葛籠(つづら)を背負って、小さな袋をいくつか縄で腰に結え付けていた。
 行商人(ぎょうしょうにん)の仕事をする時に、確かに葛籠や袋があると便利だろう。彼らは、それを、葛で作っているんだ。
 木箱をわざわざ使わないらしい。使うとしたら、買うか「借りる」かだし、じゃあ自前で作った方が後腐れない、という理屈のようだ。
 これを、雨に濡れても保つように、綿実油に浸けて、やはり日干しするようだ。
 綿実油は本来は食用に使うものだから、それをあえて流用してまで作るとなると、まあちょっとした贅沢な奢侈品(しゃしひん)だ。

 ああ、そうなんだよ。葛籠とは比べ物にならないほど大きい、つまりはかなり大量の綿実油で作られる、藤の甲、藤甲(とうこう)そのものが、彼らにとっては大層な奢侈品だ、ということだ。
 ということで、これを着られるのは、長老たちか、彼のような行商人たちか、あるいは戦士たちだけなんだそうだ。
 案内役というのは、行商人たちにとっても、そこそこ人気のある役どころらしい。ただ、かなり頭と人当たりが良くなければ出来ない。それはそうだろうな。

 あいつは、さらに、顔も良かった。廻流風にはしばしばあることだがな。陣笠(じんがさ)の下からでも分かるほどの、大層涼しげな顔の、葛廻流風の若い男前だった。
 細身ながらも、意外と筋肉を感じさせる、そんなすらりとしたしなやかな体だった。山で動き回るだけはある訳だ。
 「紐男(ひもお)」と名乗るその男は、かなり流暢だが、どこか微妙にくだけたところのある、再統一国家標準語(ひのもとことば)を、確かに喋った。
 これは聞き間違えじゃあない。他所は知らんが、ここの案内役は、上手い下手はあるが、皆、標準語を喋る、のだそうだ。

「ええ、と。
 今日のお客様方は、御嬢様方でも御役人方でもなくて、ナントカ学者の先生方、ということで御座いましたね。
 あんまり楽しいことはないかもしれませんが、ともかく、御案内致しますよ」

 やる気があまりなく、何より本人がちっとも楽しそうでもないのを、一応は形の上だけ押し隠したような、綺麗な笑みを貼り付けて。
 幇間(たいこもち)めいてへつらいを浮かべた、それでいてどことなく油断のならないところのある目つきで、紐男は我々をひらひらと手招いた。

「と、いう訳で。ようこそ、葛廻流風山脈へ」

 と。」

(続く)

(お詫び:当初、5話連載予定の旨アナウンスしておりましたが、分量がザッと見ても倍を軽く越えたので、話数が増えます。よろしくお願い申し上げます。)

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