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映画(2023/10/18):『君たちはどう生きるか』ネタバレ感想_3.『下の世界』から『上の世界』への話(前半)


6.『下の世界』の真実

6.1.『下の世界』を創った大叔父と、そのパワーソースたる隕石

さて、大叔父とは何者なのか。

眞人は大叔父のいる特殊な空間に招かれます。
大叔父は、謎の小振りの石の崩れそうな積み木を、うまく突付くことでバランスを整える老人でした。
この積み木が『下の世界』の本体であり、これをバランスよく整えることで、『下の世界』は崩壊を免れている。
とはいえ一突きにより一日しか保たない。危うい。
若い血族にこれを託したい。継いでくれないか。それが大叔父の願いでした。

塔の本質。それは、小さな世界を創れるだけの力を秘めた、不思議な巨大隕石でした。
大叔父は隕石の力を見抜き、隕石を包むように塔を建て、己の目的のため塔に籠もり、ある日完全に姿を現さなくなりました。
その後、世界中から、特殊な条件を満たした石を掻き集め、適格であるか吟味し、積み木をうまく積んだり差し込んだりすることで『下の世界』を増強し、そうしてここまで来たのでした。

大叔父『下の世界』の創造主であり維持者でもあった。正にこの世界の神とも言える存在でした。
しかし、『下の世界』は、突き詰めれば隕石と石に由来する固有の理で動いているのであり、あくまで大叔父に出来ることは加工と采配に過ぎないのも確かです。
そして、大叔父の加工と采配を以てしても、『下の世界』は何かあると崩れそうになっています。困った。

6.2.隕石にしてみれば久子も眞人も夏子もお腹の子も全員大叔父の後継者候補である

大叔父は後継者に『下の世界』を継承したい。
隕石は大叔父と契約を結んでいるらしく、その隕石による後継者の要件は「大叔父の血族であること」とのことでした。

ヒミ、幼き日の久子も。
眞人も。
夏子も。お腹の子も。
全員、大叔父の後継者候補に他なりません。

***

ヒミは『下の世界』に適応して無双しています。
夏子とお腹の子も、『下の世界』に保護されて、立入禁止の聖域にいます。
そして眞人は、大叔父に候補として注目されています。

たぶん、ヒミは大叔父に敬愛を持ち、『下の世界』に順応しつつも、別段後継者となる意図はなかったのでしょう。
夏子も『下の世界』の継承など考えもしなかったはずです。何なら、お腹の子まで巻き込まれたくない、と拒んだかもしれません(窺い知ることしか出来ませんが)。
しかし、隕石、『下の世界』は、その彼ら己等の後継力ずくで余儀なくさせようとしている。
大叔父としては、ヒミ夏子お腹の子も、『下の世界』を継ぎたくなさそうなのを、「それはそうだろうな。しょうがない」と思って許容していた節があります。
そして、隕石が夏子たちに『下の世界』の後継を力ずくで余儀なくさせていることは、大叔父の価値観には合わなかったように見えます。

その上で、大叔父としては、時系列的に最後に来た眞人に、賭けるところがあったのかもしれません。

7.『下の世界』での選択

7.1.神の如き大叔父と、王たるインコ大王の、世界の責任についての対話

『下の世界』の、おそらくは一番マシな暮らしをしている住民、インコたち。
彼らのリーダー、インコ大王
は、神の如き大叔父に、さらなる地位向上のため、ヒミを人質にして取引材料にしようとします。
大叔父は無慈悲ではなく、むしろ他者の要望はなるべく傾聴する慈悲深い性格であったため、インコ大王と肩を並べて会話します。

大叔父は『下の世界』の本質を整え、滅ばないようにしており、世界に責任がある。
インコ大王としては、『下の世界』の住民であり、しかも己の民であるインコたちの福利厚生は当然の責務と考えており、そういう意味で世界に責任がある。
その神の如き1人と、王たる1羽の、世界の責任についての話が交わされます。

ヒミの犯した罪、聖域への立入は、インコ大王でも大叔父でもなく、『下の世界』そのものが禁忌にしている、世界に対する罪だ。
大叔父の特権でも無しに出来るものではない。

それでも、全く融通が利かないレベルではないらしい。
大叔父にしてみれば「まずかったな」程度のものでした。

結局、「どう落とし前をつけるかについては、もう少し待ってくれないか」というところで、この話は妥結になります。

大叔父にとっては、もし眞人が継いでくれれば、隕石、『下の世界』としては、夏子もお腹の子もこだわるべきポイントではなくなるので手放すだろうし、ヒミについても今更とやかく言わなくなるだろう、という目論見があったのかもしれません。

もちろんそれは、眞人が継いでくれれば、の話です。

7.2.賢明な大叔父でも、理想世界を創ることは叶わなかった

大叔父の目指した世界は、人間のもたらす戦争等の災禍等の忌まわしさのない世界であったようなのです。

「大叔父はなんで何でそんなにもエージェントの鳥たちに人間を食わせようとするのか」

大叔父は、人間のもたらす戦争等の災禍が、そしてそうした災禍をもたらすような在り方をしている人間という存在自体が、どうしようもなく嫌になっていたのではないか。
人間の極力いない、平穏な世界が良い。
人間は在ってしまうものなので、なるだけ摘む。
そういう話らしいのです。

***

正直、ペリカンやインコを見ている限り、その営み自体が既に、相当忌まわしく見えます。
それに、そんな風にして創った世界は、明日にも滅びる、どうもなんか無理そうな代物なのです。
大叔父が創り、そして滅ばないよう維持している『下の世界』は、果たしてこんなもので本当に良かったのか?

良くはないが、『上の世界』よりはマシであると、大叔父は言うかもしれない。
でも、それ、大叔父はそうでも、他人はそう思ってくれるだろうか? たとえば、眞人が果たして理解を示してくれるものなのだろうか?

***

あと、率直な感想として、大叔父本人が子を成して跡目を継がせる、というのは考えてなかったのかな、という疑問もあります。
が、
閉じた世界での親子関係による継承だと、自由意志への束縛が強すぎるので、大叔父の価値観に反する
ということだったのかもしれません。

もちろんそれは、子でも何でもない親戚の自由意志によって
「『下の世界』の継承、お断りします」
と言われる可能性が高まる、ということでもあるのです。

たとえそうだとしても、大叔父は
「もらいたくなさそうに見える世界なら、その子には合わないのだし、無理に受け継がせなくて良い。
これをよしとしてくれる別の血族をずっと待って、もしそんな子がこの世界の継承を受け入れてくれれば、有り難いと思おう」

くらいに思っていたのかもしれません。
血族であるだけでなく、合意がなければダメ、という。

***

また、これについて、大叔父は眞人相手に、夏子とお腹の子の自由を取引材料にすることもありませんでした。
隕石は夏子たちを必要としており、確保している。隕石にとって必要な存在としては、眞人もそうであり、眞人が残るなら夏子たちは返されるかもしれない。そんな話を、やろうと思えばできたはずです。
でも、しなかった。それは、眞人の自由意志による決定を歪めるからです。そしてそれは大叔父の価値観に反するのでしょう。

***

このように、大叔父は、自分の願いは願いとして、血族とはいえ他人である眞人に対し、極力一線を守ろうとしているように見えます。

何かさせたいのなら、その過程ですべきことは説得である。
そしてそこに詐欺や脅迫があったら、それは手続きとして無効である。
適正手続の原則を揺るがせにするような、だらしなく穢らしくうざったく邪悪でしかない、詐欺や脅迫の類いを、決して己に許すことはない。
それくらいの誠実さで、眞人にお願いをしているように見えます。

***

正直、泣けてしまいそうになります。

この大叔父は、人間や人間のもたらす災禍を、神の如き力であらかじめ摘むし、そのために鳥たちをエージェントとして勝手に巻き込む、そんな途方もなく迷惑な老人ではあるのです。

しかし。
人間と人間のもたらす災禍に思い悩めるだけの視座。
自分の営為と、その産物たちへの責任感。
エージェントたちの不服従を撥ね付けずに受け止める度量。
たとえ親戚であろうとも他人は他人であり、たとえ他人に要求しても、絶対に強要にならないように尊重し配慮する高潔さ。
傑物であることは痛いほど分かるのです。

こういう状況でなければ、その話をずっと聞いていたい。
きっと深く価値ある、一期一会、一世一代の、得難いひとときであろう。
私は縁もゆかりもないただの観客ですが、心からそう思います。

8.『下の世界』から『上の世界』への継承

8.1.適性のない人に渡す財産は、ふつう負債である

そして。

当たり前ですが、以上の話は大叔父の側の事情であり態度であるに過ぎません。

眞人にしてみれば、
「そんなことは、知ったことではないし、どうでもいい」
というのが、一番自然な反応になるのではないでしょうか。

結果的には、眞人は継承を断ることになります。

***

大叔父は、眞人がこの世界を引き継ぐと、どのように「良い」のか、ということについては、実は何も説明していません。
おそらく大叔父の価値観では、『下の世界』を体験させて、その上で『下の世界』を引き継ぐに値すると感じてもらえるかどうかだけが、眞人に示して良い判断基準の全てなのであり、それ以上のダメ押しの話で眞人に訴えかけるのは、ごまかしなのでしょう。
(つくづく、この大叔父、妙なところで潔癖ですね)

そして、眞人にとっては、『下の世界』は、少なくとも「この自分が何としても引き継ぐものである」とは思えなかった。

もちろん、そんなことにメリットを見出せなかったから、と言えばそこまでなのです。

が、実際には、眞人はもう少し考えて喋っています。

***

大叔父は『下の世界』の積み木の材料として、「悪意のない石」とやらを、追加で眞人に差し出します。
おそらくは、人間や人間のもたらす災禍に汚染されていない、そして小さな世界の素材となりうる何かなのでしょう。

この時点で大叔父は、自分の世界が、頑張ったがダメなものに過ぎなかったことを、百も承知である訳です。
だから、眞人による継承のみならず、変革までも託している訳です。

これも途方もないことです。マイナーチェンジだろうがなんだろうが、自分の時から変えることを一切許さない人が多いのだから。
そして大叔父は、自分の『下の世界』が、ほっとくと一日で崩れる脆弱なものであることを身を以て知っていました。
だから、そんな小賢しいこだわりよりも、世界の安定の方が圧倒的に大事だったのでしょう。

***

そして。

眞人はこの石を、そして石の積み木全体を、自分の持つべきものではない、と評するのです。

***

なぜか。

自分も、人間であり、人間のもたらす災禍をこの手で行うものである。
拒み、争い、自らを傷付け、憎み、武器を作り、取引し、決闘する、そういった働きかけをする、悪意を為して成す者である。
それでは、この石たちとは相容れまい。
そんなことを、自ら付けた頭の傷を示しつつ、語るのでした。

大叔父は、人間と人間のもたらす災禍を忌み、『下の世界』を通じて『上の世界』を馴らそうとする。
しかし、眞人は、たとえどんなに嫌だろうがなんだろうが、『上の世界』の、悪意ある人間なのである。
『下の世界』の基準
からすれば、眞人相容れない。
それを、誇らしげでも、忌々しげでもなく、非難する体でもなく、申し訳なさげでもなく、ただただ事実を説明するように、語るのでした。

大叔父の理念や、仕事の偉さについては、どうこう評することはなく。
単に、向き不向きの話として、眞人には適性がない。

眞人はそう言って、大叔父の願いを、眞人の自由意志によって、丁重に断るのです。
個人的には、ここは本当に立派な姿勢だと思います。
きっぱりと断れる人はまあいるが、丁重に断れる人はそれほど多くない。
でも、これが出来るかどうかが、「断ったことを相手に受け入れさせる」という、「断る」プロセスの最後の決め手に関わってくるのです。
(ここで撥ね付けるように断って、大きなトラブルになって、事態の収集が付かなくなって、
「己は悪くない、こじれたのは相手の狭量さのせいだ」
といった趣旨の捨て台詞を吐く
ケースがあまりにも多いのです。
何なんでしょうね。甘い、としか言えないんですよ。そんなのは)

8.2.眞人が断ったら、大叔父は配慮の人なんで、引き下がっちゃうんだよな

そうです。
大叔父は、眞人の拒絶を、なんと受け入れてしまうのです。

***

大叔父にしてみれば、ここは一番大事な、出来ることなら心の底から絶対に譲歩したくないポイントだったはずです。

それでも、
「他人の感性なのだから、自分の仕事が、評価されないこともありうる」
「他人の自由意志の選択なのだから、自分の産物が、不要のものとして、受け取られないこともありうる」

という当然の話を突き詰めれば、これは
「適正手続を重ねようが、それはそれとして、裏目は、出ることがある」
ということに過ぎません。

そして、大叔父は、そうなった時の覚悟など、とっくの昔に済ませていたのでしょう。
だから、呆気なく眞人の拒絶を受け入れたのです。

***

大叔父は悪意のないように丁寧に身を処して来た人です。
これを、
「人間の生、悪なりとして、否定して削減しようとしている時点で、生きる人間としての覇気が足りない。
こいつの言っている悪意こそが生きると言うことであり、それを嫌うこいつはモヤシにすぎない」
と鼻で笑いたくなる人もいるでしょう。
そこも私は否定しません。

だが、人が生きることを単にそのまま全肯定したら、大叔父の見抜いていた通り、皆奪い、殺し、憎み、世界は閉じて詰んでいつか滅ぶだけです。
大叔父の立場からしたら、
「悪意のない石ではなく、悪意そのものを積み重ねて、綱渡り的に調整して、ともかく明日生き残ろうとして、そんなことで本当に安定した存続への道が保証されると思うか? 自分はそれを到底信じてやれないのだが…」
と、自分の石の積み木を整えながら言うことでしょう。

実際の世界はその後
「奪い合って殺し合って憎み合って閉じて詰んで、明日にも滅びそうだった世界が、あちこち瓦解することで、暴力的に開く。
その結果、また世界は火薬庫みたいに危険になり、それでも何とかする。
そうして世界を動かすのは、全て、人間の生きる性、悪意である」
ということをひたすらやって行くことになります。
今我々があるのも、かなりきわどい綱渡りの果ての、たまたまのことです。滅んでいた可能性も大いにあった。

***

人間の生きる性が、そのまま自由に発動したら、人間にも人間世界にも破壊的にはたらく。
だから、それに抗うために、大叔父のような配慮が練り上げられるのです。

「配慮、モヤシのすること」
というのは、ある程度その通りでしょう。
ですが、配慮の出来ない人間が自滅行為をするのに抗うために、配慮の出来る人がモヤシみたいな顔で配慮をしているのです。
世界が動くのは覇気のある人間の手によるものですが、彼らによって世界が滅ぼされていないのは、配慮をしているモヤシのおかげでしょう。
見方を変えれば(しかも断固として現実の話なのですが)、覇気のある人間は尻を拭ってもらうことしかできないし、モヤシは万人の滅びを避けるために、内心どう思おうが、とにかく覇気のある人間の尻を拭っているのです。

***

大叔父はおそらく、『上の世界』と、覇気のある人間と、その尻拭いにうんざりし、悪意を組み込まないで作った『下の世界』から『上の世界』にはたらきかけ、ある意味で弱めて飼い馴らすことを目論んだのでした。

が、大叔父の配慮は、本来は悪意ある『上の世界』においてこそなされなければならなかったのでしょう。
恐ろしいことに、配慮ある人間は、しばしば政治家になります。人のためを突き詰めた人は、民のため、公共のためという発想に到達するからです。
それでも上手く行くことはむしろ珍しく、『上の世界』が滅びに向かうことはふつうに多々あるから、そこがなお恐ろしいのです。

例えば、『上の世界』でも、何かしらの配慮を反映した法と秩序が構築されたりはした訳です。
だが、そういった法と秩序も、人間の悪意は大前提として組み込んでなければならなかった。
そうでないものは、どんなに見かけ上清らかで美しくても、決して期待通りに機能したりはしなかった。
無残に崩壊し、配慮というものに対する大きな失望と、開き直った悪意の蔓延をもたらすことになった。
大叔父の生きていた時代で言うと、国際連盟体勢崩壊しかり、第二次世界大戦しかり、です。

大叔父はそもそもそういうことをやっていた訳ではなかった。
こんな迂遠な方法を取っていた。
もちろん、人間が嫌いなんだから、そもそも『上の世界』に直接触らないようにしているのは、百歩譲って理解できなくはない。
だが、
「そんなことして、何になる?」
とは正直訊きたくはなりますよ。

***

さて、こうして眞人は、大叔父の『下の世界』の継承を、丁重に拒否したのでした。
しかし、それで万事が済まされる訳ではありませんでした。
どういうことか?

その話については、次回行います。

(続く)


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