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【桑原あいINTERVIEW】ソロを録音するのが夢だった~今しか弾けない純度100% の桑原あいを表出

4/20発刊号intoxicateにて桑原あいさんに取材させていただきました。本誌には収まらなかったロングヴァージョンのインタヴュー記事をnote限定公開します!

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アーティスト写真 大  (C)垂水佳菜

©️垂水佳菜

ソロを録音するのが夢だった~今しか弾けない純度100% の桑原あいを表出

interview&text:佐藤英輔

 ジャズ・ピアニストの桑原あいの新作は通算10作目となり、20代最後のアルバムだ。そして、その『Opera』は初のソロ・ピアノによる作品となる。とはいえ、一方では“ソロ”というその生理的に重いハードルを下げようとするかのように、様々な作者による曲が収められている。しかも、うち11曲中5曲は他者からのリクエスト曲を弾くという、ある種ゲームのようなこともしている。はたして、彼女は節目ともなるアルバムをなぜソロで作ることにし、どのような意図のもと有名曲群と対峙したのだろう。

——昨年の初春以降、どんな感じだったのでしょう。
「落ち込んでました。1ヶ月ぐらいピアノを弾かない時期もありましたね。作曲もする気にもならなくて、4、5月ぐらいが一番気持ちが落ちていたかなと思います。知り合いの脚本家からこれに曲つけてとか、こういう企画があるからやってほしいとか、そういうお声がけをいただいてちょっとずつ復活していったという感じです」


——新作は、ソロ・ピアノのアルバムです。いつ頃から、その話は出たのでしょう?
「次はソロを録りますというのは、1年前ほど前からありました。私も20歳の頃から、30歳までにソロで録りたいと思っていたんです。やっぱりハードルがどうしても高くなってしまって、大変なので、ソロ・ピアノでCDを出す方はそんなに多くないんですよね。私はもともとエレクトーンをやってからピアニストになったので、コンプレックスのようなものがあったんです。だから、ソロ・ピアノを弾けるピアニストになるというのが目標としてありまして、30歳までに1度はソロ・ピアノ作を出せるぐらいにピアノを鳴らすことができるようになるのが目標でした。そろそろソロかなと自分でも思っているタイミングで、ユニバーサルさんからの次はソロで行きませんかという話がうまく重なりました」

——では、ずっと前から自分がソロによるアルバムを作るなら、どういうもにしよかというアイデアは頭の中にあったんですね。
「ずっとありました。そして、いざ蓋を開けてみれば、ユニバーサルさんが他の人に選曲してもらうのはどうですかとアイデアを出してくださったんです。やったことない曲を弾くというのは面白いなと思い、(昨年の)8月ぐらいに曲を決めていって、曲はほぼカヴァーになりました」

——やはりご自身の中では、ソロ・ピアノのアルバムを出さないと真のジャズ・ピアニストと言えないぞという気持ちはあったのでしょうか。
「そう。私の中でのピアニストはソロを弾ける人なので。2、3年前の私だったら、これを作るのは無理だったと思います」

——ちなみに、これは好きだなというソロ・ピアノのアルバムは?
「皆そう言うと思いますが、キース(・ジェレット)の『ケルン・コンサート』(ECM、1975年)です。録音してくれたエンジニアの方にも『ケルン・コンサート』みたいに録ってほしいとお願いしました。残響とかを全部使ってほしいと。だから、一切EQもかけていないんです」

——そのため、スタジオではなくホールで録音されているんですね。
「そうです。オペラシティで2、3回コンサートをしたこともあって、オペラシティのピアノと自分の相性が良かったんです。スタインウェイとベーゼン(ドルファー)を選べるのですが、ベーゼンを選ぶ人の方が多いらしいんです。でも、私は圧倒的にスタインウェイだと迷わず思いました」

——では、そのうち『ケルン・コンサート』のように、即興でだあーと弾いていくようなアルバムも作りたいですか。
「ああなりたいです。それは、もう憧れの一つです」

——シャイ・マエストロにECMに移籍したときに取材したら、一瞬ソロ・ピアノ作にしようかと思ったそうなんです。でも、やっぱり敷居が高いと思い、トリオで録ったと言っていました。やはり、ソロで録るのは勇気がいるようですね。
「あのシャイがそうですか。彼とは東京ジャズ(2017年)の一環で、デュエット公演をしたんですよ。ばりばりソロを弾くような、そんな感じに見えましたね。やはり勇気がいりますよね。私も今回は今までより腹を決めて録音しました。やはり、録っている間は孤独でした。バンド・メンバーから勇気をもらえるわけではないし、そこから奇跡が起こることもありますが、ソロは自分1人だけですから。自分とピアノの対話をどういうふうに高めていくか、ですね」

——では、本当に自分を掘り下げてしまった、とか。
「一瞬弾けなくなったりした曲もあって、休憩も取りました。弾いている時間より休憩の時間の方が長かったかもしれない。めちゃ、疲れました」

——それで、収録曲の5曲が他者(シシド・カフカ、山崎育三郎、他)の選曲によるものです。
「ボン・ジョビやGReeeeNさんの曲だったりして、楽曲を見るだけだと誰のアルバムか分からないですよね(笑い)。ジャズだとは思いませんよね。ある程度の曲の構成は、レコーディングする前に一通り決めていました」


——自分の中では、どう弾くかとかというシミュレーションはできていたわけですね。
「そうですね」

——実際レコーディングに入ると、事前にあった青写真+で録ったのでしょうか。それとも、弾いているうちに事前に描いていたものからかなり変わっていったのでしょうか。
「それは、曲によりますね。《ロロ》(自選による、エグベルト・ジスモンチ曲)とかはああいうふうになるとは思っていなかった。歌ものの場合は歌詞があり、意味も調べたりもしていますので、わりと忠実に弾いたりもしていますが。エンニオ・モリコーネが大好きなのですが、彼の《ニュー・シネマ・パラダイス》なんて皆が知っている曲だろう、原曲の壁を超えられないだろうという葛藤がすごくあって、シミュレーションしたものと実際弾いたものは全然違うものになりました。一度は弾くのやめようかとも思うくらい、原曲に圧倒されて自分のプレイができなかったのですが、休憩をもらい、映画を見て感動した時の気持ちを思い出したり、視野を変えてみたんです。私が弾く意味はどこにあるのか考えたんです。原曲に向き合いすぎると、原曲の素晴らしさに負けてしまうことがあるんです。だけど、その原曲を聞いて、映画を見て感動した自分自身を掘り下げると、自分と原曲のつながりが見えてくるんです。そういう意識の変化はいろいろありましたね」

——『ニュー・シネマ・パラダイス』を見た時の自分を探ったりとか、自分の人生と言うと大げさになってしまうかもしれないですが、それを反芻する作業でもありました?
「はい。めちゃめちゃ、振り返りました(笑い)」

——曲を選んでくれた5人方々にどのような感じで選曲してもらったのでしょう。
「選曲してくださった皆様には3曲ずつ候補を出していただきました。その中からチャレンジしたい曲、今回のアルバムにふさわしい1曲を考えて、選びました」

——たとえば、ビル・エヴァンスの《ワルツ・フォー・デビィ》はあまりに有名なジャズ曲で、言われなきゃ弾かないですよね?
「言われないと、弾かないですね」

——勇気がいりますよね。
「録音しなかったと思います」

——GReeeeNの「星影のエール」は今回初めて聴いたんですが、いい曲ですよね。結構、変えているんですか。
「変えていないです。ほぼほぼ原曲のまま進んでいます。ただ、原曲のグルーヴのままピアノで弾くと、ピアノと相性が悪く上手くハマらなかったので、ハチロク(8分の6拍子)に落とし込みました。あとはほぼ原曲通りにやってます。最後に転調させたりしていますが。元々がいい曲なので、それを壊したくなかったですね」

——それは、多くの曲に共通することですか?
「やっぱり、原曲に対するリスペクトは間違いなくあるので、それはどの曲に対してもですね」

——他者に選んでもらった曲は、自分では絶対に選ばない曲であったということで、それはチャレンジでもあったわけですよね。
「そうですね」

——そして、残りの6曲は自分で選んだわけですね。そのなかには忌野清志郎が取り上げた《デイドリーム・ビリーヴァー》もあります。
「それは絶対録りたいと思いました。清志郎さんの歌のメロディ・ラインで録りたかったんです」

——そして、自分の曲は《ザ・バック》(2017年作『Somehow,Someday,Somewhere』が初出)を1曲だけ入れました。
「セルフ・カヴァーですね。1曲入れようかとなった時に、やっぱり《ザ・バック》しかないんじゃないかと思いました。(クインシー・ジョーンズとの邂逅があり)クインシーのために書いたということもあるので、他のオリジナル曲よりも思い入れの強さがずば抜けてあったので、入れるしかないとなりました」

——3日間のレコーディングは、かなり張り詰めた感じだったんですか。
「全然。私自身は張り詰めている感じはありましたが、基本的にはゆったりとしていました。どれも、テイク3ぐらいで終わっていますね。これ以上弾けないわという所まで行っちゃうと駄目なので、ゆったりと録りました」

——それぞれ曲調が違うから、その切り替えは大変じゃなかったですか?
「だから、休憩をとったんです。その曲のモードにするまでの時間がすごい大切でした」

——新作を聴いてまず思ったのは、それぞれの曲がすごく多彩な表情を持つということです。ちゃんとクラシックも知っている人と感じさせるものから、すごいポップなくだけた感じの演奏まで、両端に手を伸ばしています。かといって、同じ人間が弾き、その軸がしっかりあるので、散っていても全然おかしくはないです。
「うれしいですね」

——幅広い自分を出そうとかは考えました?
「それはないですね。その曲が持つ部分に自分がどう関わっていくか、ということだけを考えたら、結果的にこうなりました」

——また、ソロ・ピアノに対する自分の思いと、選曲の妙がうまくかみ合っているとも思いました。
「今までだったら曲順やら何から何まで結構口出しをしていたんす。でも、今回は選曲からスタッフの皆の意見も聞きながら決めていきました。今回はソロピアのですし、自分だけの世界になりすぎると危険な気がしたので、周りの皆さんの力をおかりしました。そのおかげで視野が広くなったと思います。自分の中で、今まで弾かなかったという曲がたくさんあります。これまで手を伸ばせなかった部分に、手を伸ばせたと思いますね」


——たとえば、例をあげるとするなら……。
「ルーファス・ウェインライト。好きなんですけど、この人の曲をピアノで弾こうと思わなかった、しかも、アメリカ人目線のアメリカに対するような曲で、そんなメッセージ性の強い曲を日本人の私が弾こうとは思わない。録音の時もなかなかに緊張しました。
この曲はマネージャーが絶対合うからと、激推ししたんです。それでリハをやってみたら、『あ、弾けるかも』って思いました。そういう発見はいろいろありましたね」

——ところで、『Opera』と名付けた理由は?
「オペラシティで録ったから。あと、オーパス(作品)の複数形なんですよ。作品がいっぱい入っているという意味も含めて『Opera』にしました。とにかく、ソロ・ピアノじゃないと出せない部分は出ているとは思います。メンタルな部分、曲に対して向き合う純度や集中力は、これまでになく高かったのかなあと思います。邪念があると、特にソロ・ピアノは弾けなくなってしまうんです。強すぎるエゴが出てくると、音楽から遠ざかってしまう。今回はそういうのは本当にいらないと思い、今しか弾けない純度100%の桑原あいを出したかっただけですね。格好いいこと、綺麗なことはどうでもよく、いい音を鳴らす、ピアノを良く響かせることだけに集中したかった。そういう意味では、頑張ったかなあと思います」


桑原あい_Opera_ジャケット写真

『Opera』
桑原あい(p)
[ユニバーサルミュージック UCCJ-2189]

LIVE INFORMATION
Ai Kuwabara Tour 2021 “Opera, Solo & Trio”

○6/13(日) 東京・ブルーノート東京(Solo & Trio)
○6/15(火) 名古屋・BLcafe(Solo & Trio)
○6/16(水) 大阪・ビルボードライブ大阪(Solo & Trio)
○6/25(金) 東京・東京オペラシティ リサイタルホール(Solo Piano)
【出演】Ai Kuwabara the Project:桑原あい(p)鳥越啓介(b)千住宗臣(ds)(13日、15日、16日)桑原あい(25日)
aikuwabara.com/


【掲載号】

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2021.4.20号


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